何気ない日常が思い出
大学3年生……
そろそろ本格的に就職について考えねば。
ということで、春休みの今日は、資格の勉強をしてきました。
俺、えらい!
疲れた~
「ただいま……」
資格勉強の疲れから、少し弱った声をしていた。
平日なので、母と父は仕事で留守。
家にいるのは、相変わらず居候している幽霊カノジョの麗羽。
「ん、何の匂いだ……?チョコレートか?」
リビングへの扉を前に、かすかな匂いを察知。
甘い香りが漂っていた。
たぶん、チョコレートの匂い。
「あ、おかえり、利亜夢」
軽快なJポップ音楽を流しながら、キッチンに立っている麗羽。
彼女の手には、銀色のボウルとへらが握られている。
彼女が混ぜていたのは、やはり、チョコレートだった。
「見て~チョコシフォンケーキ作ったの!」
「おお、俺が居ない間に、こんなものを作っていたとは……どうりで甘い匂いがしたわけだ」
トレーの上には、既に完成しているチョコシフォンケーキが。
ケーキ屋さんで売られているケーキに見劣りしない出来栄えだった。形は整っているし、オシャレを意識したのか、ミント?らしき葉っぱも乗っている。
これは、イ〇スタ映え確実。
麗羽、意外と手先が器用だな。
「美味そう」
「これ食べながら、映画でも見ない?」
「おー、いいね。究極の贅沢だ」
俺はカバンを部屋に置きに行こうとした。
しかし……
「麗羽、これ、母さんと父さんが帰ってくるまでに片づけないと、マズくないか……?」
「あ、ヤベ……そこまで考えてなかった……」
麗羽の顔が引きつる。
仕方ないので、完成したチョコシフォンケーキを冷蔵庫にしまっておいて、俺と麗羽の二人がかりで、洗い物を済ませた。
ついでに、余っていたチョコを二人で分け合って食べた。
甘くておいしい。
「危ねぇ……誰もいないはずの家で、勝手にチョコとケーキが完成しているところを見られるところだった」
「利亜夢の親御さんから見たら、怪現象にしか見えないのか……」
「幽霊ってのも、楽じゃないね」
「そうねー。見えないのに、意外と人の目を気にしなくちゃいけないから」
そんなことを話しながら、麗羽が作ってくれたチョコシフォンケーキを持って、俺の部屋へあがる。
さあ、羽を伸ばして、全力でくつろぐぞ!
♦♢♦
「何観ようかな~」
麗羽は、俺のタブレット端末で、ドラマやアニメを選んでいる。
チョコシフォンケーキを食べるお供にするのだ。
「恋愛のドラマは?」
俺が提案する。
「見飽きたかも」
「じゃあ、新作のアニメとか?」
「今は、アニメの気分じゃないかも」
「韓流ドラマは?最近流行ってるやつ」
「興味ないな、韓流ドラマは」
「絶対観てないであろう、戦争ドキュメンタリーとか?」
「うーん・・・それも、あんまり興味ない」
「俺はけっこう観るんだけど、歴史ものは?」
「そもそも、歴史に興味ないかも」
「うーん、えーと、あとは……」
俺のオススメは、ことごとく、麗羽のお気に召さなかった模様。
麗羽は、幽霊だから、疲れ知らず。
平気に5,6時間、ぶっ続けでアニメやドラマ鑑賞しているときもある。
食べなくとも、働かなくとも、時間にとらわれず、ただ自由に過ごせる幽霊、羨ましい……
「ぐぬぬ、なら、ホラーはどうだ?」
「あ、それ観るか。洋の映画も、たまにはいいかも」
多数のジャンルを挙げた末、やっと、観るジャンルが決まった。
有名な某ゾンビ映画を鑑賞することにした。
映画の冒頭から、さっそく、麗羽が作ってくれたチョコシフォンケーキをいただく。
フォークを使わず、指でつまんで、一切れを頬張る。
「ん、麗羽が作ってくれたケーキ、生地がしっとりしてて美味しいな」
俺がそう評すると、麗羽は微笑みをこぼした。
「わーい、利亜夢に喜んでもらえた~うれしい」
麗羽がニコッと笑う。無邪気な笑顔だった。
「バレンタインデー近いし、その日に、またチョコケーキ作ってあげるからね」
「え、バレンタインの日も作ってくれるの?俺が初めて女子から貰うチョコ、楽しみだな~」
「私が利亜夢の本命チョコ一番乗り~♪楽しみにしてて」
やけに麗羽のテンションが高い。
彼女は体を左右に揺らしながら、自分の分のチョコシフォンケーキを食らう。
そして、口の中が甘くなったところに、さらに、甘いイチオレを流し込むという、なんという贅沢か。
幽霊だから、体重が増えることも、糖尿病も、虫歯も気にする必要がない。
「ん~甘いものに囲まれて、幸せ……」
「麗羽って、甘いもの大好きだよね」
「甘いものだけじゃないよ。しょっぱいもの……例えば、ポテチも好きだし、お煎餅も好きだし……とにかく、食べることが大好き!いっぱい美味しいものが食べられたなら、なお幸せ!」
麗羽は、うっとりとした表情を浮かべた。
「典型的なおデブ理論じゃん」
「私は幽霊だから、体重も増えないし、お腹が出ることもないよ~」
「人間だった頃は、太ってたりして」
「そんなことなかったよ。むしろ、平均より痩せてた。食べた分、部活で動いてたかもしれないけど」
「摂取カロリーと運動量が釣り合ってたってことか」
「もともと、私って少食だったんだよ。よく食べるようになったのは、大学生になってからかも」
「俺も、量はそこまで食べられない性質だな」
映画の内容そっちのけで、俺と麗羽は、チョコシフォンケーキを食べながら、【食べること】に関する話題を喋り尽くす。
麗羽は、そんな時間を楽しんでいるようだった。
現に、俺も楽しかった。
そんな俺たちの笑みは、映画のストーリーの雲行きが怪しくなるとともに、引きつっていく。
「……」
「恐い……」
俺も麗羽も黙って、映画の世界に没入する。
「うわっ!!びっくりした!!」
ゾンビが背後から飛び掛かってきたシーンを見て、俺は驚き仰け反った。
「驚きすぎだよ」
「やべぇ……けっこう怖いんだな……トイレ、付いて来てくれない?」
「なんでだよ、一人で行ってよ」
「陽が暮れて、廊下が暗いから、恐い……」
「ガキかよ」
「ガキですまんな!」
麗羽は、あんまり怖がっていない様子。
映画を観ながら、ケーキを食べるという、穏やかで平穏な時間が流れる。
何気ない日常だ。
麗羽がこの家に来る前は、記憶からも消え去ってしまうような日だった。
しかし、麗羽がいると、なぜだか、そんな日常の一日一日が、すごく特別に感じられた。
「はぁ、面白かった~」
ゾンビ映画を最後まで視聴した。
ストーリーはシリアスな展開が続き、重厚で見応えがあった。
「けっこうおもしろかったね。次のシリーズも見ない?」
麗羽に、続けての鑑賞を誘われる。
しかし、長時間座っていたのでお尻や腰が痛くて、目も疲れた。
「疲れたから、風呂入ってくるわ」
「ん、いってらっしゃーい。次は何見る?」
「あー……ラブコメもののアニメとか」
「いいね。夜は長いよ。ワンクール一気見しちゃおう!」
「いや、さすがに一気見は……4時間ぐらいあるだろ」
「あっという間でしょ、4時間とか」
「まあ、今日ぐらいはいいか」
「よーし、そう来なくっちゃ!」
麗羽はノリノリで、次に観るアニメを漁り出した。
俺は、風呂に入るためのタオルの準備、着替えの準備をする。
ふと、思う。
――麗羽と、ずっと一緒にいたいな、と。
俺が大学を卒業しても、俺が社会人として働き始めても、俺が人生の壁にぶつかったときも、俺が年老いたときも、俺が病床の上で死ぬときも……
いつだって、俺の隣で笑っていてほしい。
いつだって、下らない話で笑い合っていたい。
いつの間にか、俺の麗羽に対する気持ちは、恋心を越えて、胸を焼き焦がす病理となっていた。
こんな気持ちをカノジョに抱くのは、【重い】でしょうか。




