光の楽園
「うお、寒っ!!」
全身に鳥肌が駆け巡った。
冷たい風は無慈悲にも、電車を降りた俺と麗羽の体に吹き付ける。
こんな寒さの中を歩かなければいけない。
遠くに見えてきたイルミネーションの光は幻想的で、確かに綺麗だった。
しかし、この凍えるような寒さは、想定外だった。
家に引き籠りがちな俺は、本格的な冬の寒さを見誤っていたようだ。
「寒いからくっ付こう!」
「うお、麗羽の体も冷たっ!?」
トレンチコートを着て、赤いマフラーを巻いた麗羽は、俺の腕にしがみついた。
「あ、ごめん。私、幽霊だから体が冷たいよ。でも、利亜夢の体、あったかい……」
彼女の体は、寒さも相まってか、氷のように冷たかった。
……麗羽の胸元の柔らかさと心臓の鼓動が伝わってくる。
俺の体は、心臓の高鳴りともに温かくなった。
周囲には、他にも男女のカップルが数組いるので、まだ恥ずかしさはマシだけれど。
しかし、麗羽が冷たい体を寄せるほど、また体が冷えてしまった……
「寒い……凍え死ぬ……」
冷たい風と、麗羽の冷たい体に挟まれながら、俺はイルミネーションが飾られる光の楽園へと足を踏み入れた。
♦♢♦
「すごい……」
「すごいな、これ」
隅々までイルミネーションが張り巡らされた道を歩く。
俺たちは、白い光に包まれている。
とても幻想的だ。
俺と麗羽は、あまりの美しさに言葉を奪われてしまった。
快晴の夜空には、白い半月。
そこはまさに、日常から隔絶された光の楽園だった。
「寒さも忘れられ……ないわ。やっぱり、動いてるのに寒いよぉぉぉ~」
麗羽が体をブルブルと震わせている。
「電気代すごそうだな。採算とれるのかな……?」
「利亜夢は、そういう目線で見てるのか」
「俺、一応社会系の学科生だからね」
知識は日常を彩ってくれる。
勉強をしっかりしていると、物事を様々な視点で考えることができるから楽しい。
さて、そんなイルミネーションの電気代事情の話は置いておいて、今は、光の演出を存分に楽しませてもらおう。
「利亜夢、どっかで写真撮ろう」
「どこで撮る?」
「あの藤の花のイルミネーションの下はどう?」
「でも、混んでるよ」
「キレイだから混んでるんでしょ。せっかく来たんだから、映えスポットはおさえておきたいじゃん」
「よし、行くか」
俺は、スマホをしっかり持って、藤の花を模した紫色に輝くイルミネーションの下へ。
カメラの光調整の機能で、自分の顔がよく映るように調整する。
「よし、撮るぞ」
「ピースピース♪」
「まだ早いよ」
自撮りの形を取る。
麗羽は、俺に肩を寄せた。
しかし、ここで予期せぬ事態が。
「あ……」
「あ……」
俺と麗羽の声が揃う。
なんと、カメラに麗羽の姿が映らなかったのである。
「私、幽霊だから映らないんだ……忘れてた」
カメラ越しの景色……俺の隣には、誰も居ないように見える。
それどころか、人々が麗羽の体をすり抜けて歩くではないか。
「マジか……麗羽と写真撮れないじゃん」
「私が撮ってあげようか?」
「自分だけ映った写真撮っても虚しいだけだわ」
諦めて、スマホをしまう。
「大丈夫。写真には残らなくても、思い出として、記憶には残るでしょ?」
「そーだな」
気持ちを切り替えて、イルミネーションと人の波に体を預けた。
♦♢♦
二時間ぐらい、イルミネーションの光を見て歩き回ったか。
「イタタタタ……運動不足だからか、足裏が痛い」
「幽霊も足が痛くなるんだ」
「家帰ったら揉んで」
「え、いいんですか?俺が麗羽さんの足を揉ませてもらっても……?」
「揉んで♥」
麗羽の口から、聞いたことのない低い声が出てきた。
エロい……
そんな声が出せるのか、麗羽ッッ!!
「もう一回言って。耳が心地よかった」
「やだ。キモイ」
「態度一変した……」
俺と麗羽は、そんなやり取りを通してゲラゲラと笑った(笑いのツボまで一緒)
好きな人と時間を共有するだけで、こんなに楽しいなんて。
生涯独りぼっちのつもりだった俺は、麗羽の隣を歩いて、ただただ幸せに浸っていた。
「キレイな景色見てると、心が落ち着くな~」
麗羽は、終始、笑っていた。
そんな彼女の愛らしく綺麗な横顔を見て、ふと思った。
麗羽と手を繋いでみたい、と。
付き合って二か月だし、そろそろ潮時だよな……?
「……」
ダメだ、言葉が喉に詰まる。
【手を繋いでもいい?】のたった一言が口から出てこない。
俺の勇気は、こんなものなのだろうか。
「……」
「ん、どうしたの?さっきからソワソワしてるみたいだけど……」
「いや、なんでもないよ」
「首ばっかり掻いてるし、耳真っ赤だし。何か隠してるでしょ?それとも、何か言いたいことがあるの?」
「ば、バレたか」
「女のコって、仕草とか、クセとか、細かいところまで見てるから、分かるものなんだよね」
麗羽に図星を突かれて、目線が泳ぐ。
地図案内を開いているスマホを持つ手の震えが止まらなかった。
「あのさ、麗羽……」
「なに?もしかして、愛の告白か!?」
「ああ、ごめん。そんな大そうなものじゃないんだけど……」
予想よりも大きなものを期待されてしまった。
けれど、少ない勇気を振り絞って、気持ちを伝える。
「――手、繋いでいい?」
「え、いいよ。というか、手を繋ぐことぐらい、わざわざ聞かなくても良かったのに」
「いや、麗羽を不快にさせたらいけないと思って……」
「気にしすぎだって。だって私たち、恋人同士でしょ?さ、繋ぐぞー」
そう言った麗羽は、俺の左手をぎゅっと握ってくれた(やっぱり冷たい)
麗羽が俺の手を握って、隣を歩いている……
恥ずかしさで眩暈がする。
血が沸騰するように頬が、耳が、顔全体が熱くなった。
吹き付ける風は凍えるように冷たかったが、俺の背中は噴き出した汗でびっしょり濡れた。
「手汗がヤバい……ドキドキし過ぎて、体調悪くなってきたかも……」
「だ、大丈夫?あっちのベンチ空いてるから、あそこで休む?」
「そうしてもらえると助かります、うぅ……」
情けない。
俺は、麗羽に手を引かれて、小高い丘の上のベンチへ。
「なんで?私と利亜夢って、同じ屋根の下で過ごして、一緒のベットで寝た仲だよね?今さら、手を繋いだだけでビビってるの?」
「なんか、こういう恋人同士っぽいことを人前でするのは、初めてだったから、緊張しちゃって……」
「アハハッ、ほんと、利亜夢って純粋だよね~」
麗羽は、俺の情けなさに寄り添いながら、それを笑ってくれた。
そのお陰か、心のざわめきは治まった。
「ちょっと小腹が減ったから、何か食べたいなー……あ、あそこの焼きそば買ってきてもいい?食べたい」
麗羽が俺の顔を覗き込んで尋ねる。
俺は、こくりと小さく頷いた。
麗羽は、露店で販売されていた焼きそばを1パックと、自販機で温かいミルクティーを買って、俺が意気消沈するベンチに戻ってきた。
麗羽は隣に座って「いただきまーす。ゴチです、利亜夢♪」と言って、割りばしを割る。
そして、焼きそばを食べ始めた。
濃厚なソースの香りが漂う。
俺の腹の虫が「ぐぅ」と鳴いた。
「んー、おいしい!利亜夢も食べる?」
麗羽が焼きそばを頬張りながら訊く。
「おう……」
「どうぞ」
俺は、麗羽から焼きそばの盛られた容器と割りばしを受け取る。
……これ、麗羽が口を付けた割りばしだ。
しかし、新しい割りばしを持ってくるのは麗羽に失礼な気がするし、麗羽が使った箸なのに使ってもいいのか訊くのも、気持ち悪い気がする。
「い、いただきます」
「うん。いっぱいお食べ」
「俺の金で買ったんだから、そりゃ、たくさん頂くに決まってる」
俺は、麗羽から受け取った割りばしで、ソース焼きそばを食らった。
「うまい……美味すぎる……」
涙が出るほどおいしかった。
焼きそばも二人で食べ終えて、温かいミルクティーを飲んで、体はほどよく温まった。
麗羽は、俺の隣に座りながら、たくさん手を繋いでいてくれた。
「利亜夢、こっち寄って」
「なんだ……?お、」
麗羽は、巻いていた赤いマフラーを俺の首にも回してくれた。
俺と麗羽の距離は、極限にまで近くなった。
麗羽の手と体は冷たく、吹き付ける風は強くなる。
体は冷えるばかり。
でも、心の奥底は温かかった。
「すっごく幸せじゃない?」
「ああ。めっちゃ幸せだよ。麗羽と一緒にいられるって、幸せだわ」
「私、死んで幽霊になったけど、幸せだよ。利亜夢と出会えたから」
「そりゃよかった」
「明日は何する?」
「明日はバイトある。すまんな」
「じゃあ、利亜夢くんが帰ってきたら、一緒に映画でも見てゴロゴロしよ」
「ポテチ買い足してくるか」
「そうしてもらえるとありがたい!」
イルミネーションデートは、思い出深いものになった。
麗羽と並んで写真を撮れなかったのは、残念だけど。




