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後輩に告白された

作者: 紅204

「先輩、付き合ってほしいっす」


 頬をかすかに赤らめ、愛衣が俺に向かって告げた。


「な、なんでいまさらそんなこと言うんだよ」

「だ、駄目っすか……?」


 潤んだ瞳でこちらを見てくる。ため息を吐く。


「ここはどこだ?」

「先輩の部屋ですね」

「なんでおまえはここにいる?」

「先輩がなかなか起きてこないから起こしにきたんすよ」


 愛衣は「感謝してください」 とか戯れ言をほざいている。


「今日は何の日だ?」

「結婚式ですよ。寝ぼけてるんですか?」


 呆れたような顔でこちらを見てくる。

 クッソ。後で一発引っ叩いてやる……!


「で、それは誰と誰の結婚式だ?」

「私と先輩の結婚式じゃないっすか。何当たり前のことを聞いてきているんですか?」


 大きく息を吐く。


「今日結婚すんのに、なんでいまさら付き合ってほしいとか言ってくるんだよ!」


 俺は愛衣の頭に手刀を入れる。




「DVっすよ、DV。なにも叩かなくてもいいじゃないっすか」

「うっせえ。いいから早く食べろ」


 ご飯を食べながら愛衣に注意する。

 ほんとなんで今更あんなこと言ってきたんだか。


「先輩のバカ」


 無視する。


「アホ。トーヘンボク。変態。分からず屋」


 うるせえな。

 無視を続ける。


「えーと……。バーカバーカ、バーカバーカ」


 ご飯を口に運ぶ手を止める。


「バーカ。アホー。マヌケー。夜ばっかり優しくするDV男ー」

「うるっせえな! なんだよ、そんな悪口言いやがって!」

「きゃー、先輩が怒ったー」


 俺が怒ると、愛衣は半笑いで怯えるような仕草をした。

 ほんとコイツは……!


「はあ」


 ため息をつく。

 こんなんでも可愛いって思ってしまうってほんと重症だな。


「せ、先輩? どうしました?」

「いやなんでもねえよ。で、なにが言いたいんだよ。朝っぱらからあんなこと言って」

「えっとですね……」


 愛衣は少し目を上に向ける。


「私これまで誰かと付き合ったことないんですよ」

「へえ、意外だな」


 愛衣は客観的に見ても可愛い方だろう。

 肌や髪の手入れに気を遣っているのはよく見てきた。その上、誰と話すときでも楽しそうで、クラスで一番とは言わないまでも、人気があっただろうと思う。


「なんでだと思いますか?」

「さあ?」


 告白してきたやつがタイプじゃなかったとかじゃないのか、どうせ。


「昔から先輩とよく一緒に居たじゃないっすか。そのせいで付き合っていると思われていたらしいんですよ」


 あー、そうか。中学生の頃から何かと絡んできてたもんな。周りから勘違いされてたのか。


「つまり、付き合ったことがないのは先輩のせいなんすから、付き合ってくださいよ」

「なるほど、お前の言い分はわかった」

「じゃあ……!」

「でもさ、大学生の頃から同棲してただろ? 二人で遊びに行ったことだってあるし、ほぼほぼ付き合ってたみたいなもんじゃねえか」


 高校生くらいからか、確か。こいつに誘われてゲーセンに行ったり、買い物に付き合わされたこともあるし、実質付き合ってたみたいなもんだろ。


「いやでも……」


 愛衣はまだ不満そうだ。


「何かまだあんのか?」

「それは……」


 愛衣の頬が紅潮してきた。


「今さらなに恥ずかしがってんだよ」

「じゃあ言いますけど!」


 愛衣は机に手を置いて立ち上がった。


「私先輩から好きとか言われたことないんですけど!」

「あー、そうだっけ?」

「そうですよ! 一緒に住み始めた時も、初めての時も、結婚することを決めた時も、一言もそんなこと言ってくれなかったじゃないっすか!」


 後ろめたい気持ちが芽生えてきた。


「……言わなくても通じ合う仲っていいよな」

「私は言葉にしてほしいっす!」

「そうだよな」


 でも今さら言うのもちょっと恥ずかしいし……。

 愛衣が椅子に座りなおすと、うつむきながらまた話しだした。


「……いっつも私ばっかり言ってて、ほんとに先輩が私のこと好きなのか不安になるんです。先輩にとって都合がいいから、今の関係でいれてるんじゃないかって」

「そんなこと――」

「わかってます。先輩にそんなつもりがないことは。でも、態度だけだと不安になっちゃうんです」


 愛衣は脚を椅子に乗せて、膝を抱えた。その様子は、怯えている小動物のように見えた。


「ごめんなさい、めんどくさいですよね。今さらこんなこと言い出して」


 愛衣の手に力が入る。

 なんと言えばいいんだろうか。今さら言っただけで元気付けられるのか?無理して言っているとか思われないか?


「ごめんなさい。大丈夫です。結婚前でちょっと不安になっただけなので」


 愛衣は顔を上げると、笑顔をこちらに向けた。しかし、それはどこか痛々しいように感じさせる。


「さあ、早くご飯を食べて家を出ましょうか」


 愛衣は箸と茶碗を手にとる。


「愛衣」


 愛衣がこちらを向く。

 ここでちゃんと伝えないと、あとで駄目になりそうだ。


「ごめん。今さら言わなくてもいいだろって愛衣に甘えてた」

「そんな、別に大丈夫ですって」

「いや、不安にさせたのは俺だろ。だから謝らせてくれ」


 一度深呼吸をする。


「俺は、愛衣のことが好きだ。最初は後輩としか見ていなかったけど、一緒に遊んでいるうちにお前のことが好きになってたんだ」


 愛衣の頬が赤くなりだした。


「大学で再会できて、また一緒にいれて嬉しかった。もっと長く一緒にいたいと思って、思わず家に誘ってしまった。ちゃんと言葉にする前にそんなことをしてしまったせいで、不安にさせて悪かった」


 愛衣の目が潤む。


「これからはちゃんと言葉にする。不安にさせることが無いようにする。だから、お前も何かあったら遠慮なく言ってくれ」

「いいんすか? スマホを見せろとか言ったとしても?」


 したいのか?


「別にそのぐらいいいけど。お前に隠したいことなんかないしな」


 愛衣の目から涙がこぼれ落ちる。


「だ、大丈夫か?」

「だいじょぶっす。こんなに言ってくれるなんて思ってなかったから、嬉しくて……」


 愛衣は泣きながら笑っていた。さっきまでとは違った、本当に嬉しそうな顔で。


「お前が喜ぶなら、何度でも言ってやるよ」

「先輩……」


 愛衣が何かをねだるような目でこちらを見る。


「愛衣、好きだ」


 俺が愛衣の頬に触れると、愛衣は目を閉じる。顔を近づける。


 ピリリピリリ、ピリリピリリ。


 あと数センチのところでアラームの音が聞こえた。スマホを手に取る。時間は八時半になっていた。九時には家を出る予定だ。


「やっべ、早く食べて準備するぞ」

「はーい」


 慌ててご飯を口にかき込む。愛衣が作ってくれたのに味わえないのはもったいないけど、仕方ないか。




「先輩、忘れ物は無いですよね?」

「一緒に何回も確認しただろ」


 靴を履きながらそんな会話をする。


「じゃあ行きましょうか」


 愛衣は俺の左腕に自分の腕をからませる。


「先輩?」


 俺が動かないから、愛衣が不思議そうにこちらを見てくる。


「なあ、結婚するんだし敬語とかやめないか?」

「あー、そうですねえ」


 愛衣は考えこむ。

 敬語もいいけど、タメ口の方が愛衣にとって楽なんじゃないかな?


「先輩、タメ口を使われたいんですか?」

「そ、そんなんじゃねえよ! ただ、お前がそっちの方が楽なんじゃないかと思っただけだよ!」

「本当ですかあ?」


 愛衣はニヤニヤと笑っていた。


「そ、それに! 結婚するんだから敬語使ってるのもおかしいだろ?」

「別に敬語を結婚しても使ってる人いると思いますけど?」


 元気になったかと思ったら、調子に乗りやがって……!


「まあ、先輩がどうしてもっていうなら変えてもいいですけど?」


 うっぜえ……!


「直人、どっちがいい?」


 耳元で囁かれた。思わず耳を抑えて、後ろに下がった。


「あはは。なんでそんな反応するんですか?」

「……ウザかわいいってこういうことを言うのか」

「か、かわ……! な、なにそれ!」


 愛衣の顔が赤くなっていった。眉を吊り上げた愛衣が、俺の腕をパシパシと叩く。


「もう! 先輩のバーカ、バーカ!」

「痛い痛い、やめてくれ」

「棒読みで言われても馬鹿にされている気しかしないんですけど!」


 愛衣の手を受け止めて、握りしめる。


「ほら、早く出るぞ」

「分かりましたよ」


 まだ少し不満げな愛衣が、外に足を向ける。


「あ、忘れてた」


 愛衣がこちらを振り向いた。


「なんだ?」


 愛衣が俺の襟をつかむと、背を伸ばして俺に口づけをしてきた。


 愛衣はこちらに満面の笑みを向けた。


「私も好きだよ、直人」

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