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幼馴染の女の子を奴隷にして可愛がる魔女の私【百合×拷問】

作者: 八澤

「いやだぁ……いやだいやだいやだぁ……」


 あーん、と幼い子どもが愚図るように、情けない声で私は泣いていた。


「あらあら、泣かないの。でも仕方ないでしょう。失敗したら”罰”を与えると二人で約束したじゃない」


 ニコニコと上品な笑みを浮かべながら、右手を持ち上げた。

 指先に、紫色の閃光が集まり始める。

 その色や音を聞くだけで、全身を掻き毟るような恐怖を覚えた。ぞわっと鳥肌が立ち、汗が全身から吹き出ている。ドクンドクン! と心臓が破裂するほど震えた。逃げたいと思うはずなのに、足がすくんで、逃げ出すこともできない。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「え……あら~、ねぇそれはなぁに?」


 顎で指され、自分の足元を見つめると水たまりができていた。恐怖で、私は失禁したのだ。せっかく貰った可愛らしいドレスを汚してしまった……。17歳にもなって人前で漏らした事実よりも、お仕置きが積み重なったことの方が恐怖だった。カチカチと歯が音を立てて震える。べっとりと汗がにじみ出る。


「この前新調した床敷まで汚れてるじゃない。あらあら、これは……お仕置きしないといけないわね」

「あ、あ、あ……ごめん、なさい、ごめんなさい……これ以上は、おかしく……なる、お願いします、許してください!」


 涙を零しながら懇願するけど、クスクス微笑みながら首を横に振る。

 満面の笑みだった。

 どうして、そんな顔できるの?

 嗚呼、許してくれない……。

 なぜなら、これは罰ではなく、躾でもなく、ただただ彼女が楽しむためなのだから──。


☆★☆★

幼馴染の女の子を奴隷にして可愛がる魔女の私

☆★☆★


 ──1ヶ月前。


 雇い主が裏切った、と噂が流れてきた。

 何でも敵軍に「雷撃の魔女」の軍勢がつき、それを聞いて尻尾を巻いて逃げ出した、らしい。


 雷撃の魔女。

 この辺りで戦に巻き込まれる者なら、誰もが一度は耳にする名前だ。雷の術式を操り、辺り一帯を破壊し尽くす姿からそう呼ばれている。私は出会ったことが無いけど、その戦いぶりを見かけた者から話を聞くに眉唾ではないらしい。


 ため息をつく。

 私は、傭兵として戦火の中で生活を送っていた。領地の小競り合いや国同士の戦などに雇われて参加し、日々の食い扶持を稼ぐ。女性なので男性の腕力には程遠いが、人並み以上に剣を扱えるし、魔術も多少は操れたので重宝された。数多の戦を切り抜けてきたので生き残る術は備えている。けど、流石に雷撃の魔女が率いる軍勢には歯が立たないだろう。


 ──爆発音が聞こえた。

 全身をはたくような振動の波が伝わってくる。

 私は剣を掴み、はぁ……ともう一度ため息をついた。


☆★☆★


 紫色の光の線が、まるで空を覆うように広がった。

 綺麗……。

 花が咲くような光景に、一瞬目を奪われる。

 惚けた瞬間、その光は螺旋を描き、空を滑るように流れながら私に襲いかかる。

 私の防御壁は容易く破られ、その衝撃が胸から背中まで貫く──。

 倒れ込み、震えながら顔を上げた。

 ゆっくりと歩む、純白の軍服を纏う女性の姿が映る。

 あれが……雷撃の魔女。

 折れた剣を抱きかかえるようにして、目を瞑る。


 意識が途切れる寸前に、幼い頃の記憶がふわっと脳裏に流れた。

 ……孤児の私は、小さな村の小さな教会に引き取られた。そこでは戦いとは無縁の生活を送っていた。小さな村で慎ましく長閑で穏やかな一生を終えるはずだった。だが、ある日盗賊に村が襲われた。仲良しだった親友と別れてしまったけど、どうにか逃げ切り、それから泥水をすするようにして、今日まで剣を振るって必死に生きてきた。

 でも、そんな生活も今日でおしまい……。


☆★☆★


「気が付いた?」


 声をかけられた。

 生きている?

 ここは、どこ?

 私は……死んだはず?


「ねぇ……ホリー」


 私の名前だった。

 懐かしい声色にはっと体を起こすと、そこには──「雷撃の……魔女」がいた。

 ブロンドの髪が窓から差し込む陽光を灯し、宝石のように煌めいた。

 見麗しく整った顔立ち。

 私の記憶に焼き付くように残る、純白の軍服を身に纏っている。

 魔女、と呼ばれているので女性と知ってはいるが、こうして目の前に現れると魔女特有の禍々しさを排除したような凛然とした姿に面食らう。

 

 雷撃の魔女は、私を見つめている。

 私も負けじと目をあわせる。どうやら雷撃の魔女に助けられたらしい。なぜ? 私は攻撃を受けて、そこで……意識を失った。助ける理由は思い当たらない。

 色々と考えていると、雷撃の魔女の大きな淡い水色の瞳に、光の膜が覆った。


「え?」


 突然ポロポロと雷撃の魔女は泣き始めた。

 大粒の涙が溢れ出る。


「あ、あの……」

「やっと……会えた……。もぅ…、あなたは……し、死んでしまったと……思って……うぅぅっ」


 そう呟きながら雷撃の魔女は再び私を見つめる。涙を流しながら。でも溢れる喜びを抑えきれずに笑みを浮かべた。笑窪の印象的な眩しい笑顔を見て、そこでやっと私は気づいた。幼い頃、あの小さな教会でまるで姉妹のように一緒に生活した私の親友の──「ルナ……」


☆★☆★


「5年ぶりね」

「うん……。村が盗賊に襲われて、離れ離れになってから……」


 ルナは美しい装飾の施されたティーカップを口元に近づけながら、当時の記憶に思いを馳せるようにして言う。


 ──あの日、盗賊に襲われた私たちは、密かに包囲された村から脱出して森の中を彷徨ったけど、盗賊は魔獣を駆使して私たちを追跡してきた。呆気なく捕まってしまい、ルナとは別の馬車に放り込まれた。そこから行方知らず。


「ルナは……あの後──」

「私は、盗賊に売られていたところを、偶然司教様に救っていただいたの。そこで魔術の勉強をして、気がつけば……まぁ、その……皆が口にする──」

「雷撃の魔女」

「その渾名、物騒じゃない? もっと可愛らしい渾名をつけてほしいわ」

「まさか、ルナが雷撃の魔女だったなんて思いもしなかったよ」

「ホリーは、傭兵?」

「うん。渾名もつかない普通の傭兵。拐われた後、馬車がまた別の盗賊に襲われて、その隙に逃げた。それからは訪れた町の剣術学校に紛れ込んで剣の使い方を学んでさ、魔術は独学で……」


 そこではっと気づいた。

 私とルナは、もう以前の友達と呼べるような関係性ではなくなっていることに。

 私が野犬だったら、ルナは貴族のご令嬢。

 ボロボロに擦れた衣服を身に着ける私と、染み一つもない豪奢な軍服に袖を通すルナ、それだけでも私たちの身分の差をはっきりと示すようだった。


 同じ村出身、同い年の仲良しの友達だったのに、私たちの関係性は大きく変わってしまった。途端になんか恥ずかしくなる。これ以上、ルナの下でやっかいになるわけにもいかない。ルナには迷惑だろうし。


「あの……私、そろそろここから離れるよ。ありがとう、助けてくれて」


 イスから立ち上がり、ルナから離れようとした。

 だが、ルナはくすっと微笑んだ後、私に近づいた。

 ──ルナを見上げる。

 初めての感覚だった。その大きな瞳は爛々と輝きながら、私と同じくルナも一瞬戸惑うように私を見つめていた。

 不意に、ルナが腕を伸ばす。え? と思った瞬間、その腕が腰に回る。

 ぎゅっと抱きしめられた。

 ……いい匂い。

 今まで嗅いだことのない甘い香りにクラクラする。柔らかいルナの四肢に埋もれるような抱擁にまるで温かい羽毛に包まれるような安心感を覚えた。


「な、なに?」

「もう私の下から……逃さない。絶対に──」まるで自分自身に声をかけるようにルナは呟いた。

「私はルナと戦ったんだよ。身分も違うし……。ここには居られない」

「隣国の貴族や軍に所属する兵士ならともかく、ただの傭兵なら問題ないわ。それはホリーが雇われていただけでしょう。あなたの雇い主は降伏してどこかに消えてしまったわ。──何より、今は、私のモノなの」

「え?」

「えぇ。ホリーには悪いけど、あなたが眠っている間に”主従の契”をあなたと私に施している。ごめんなさい、これしか今のあなたを私の下につなぎとめる術がなかったの──」


 私の首筋に手を当てて戦慄する。

 何かが描かれた痕がある。

 机の中央に置かれた磨き上げられた花瓶に、私が写っていた。その首には、まるで首輪をかけられたかのように、奴隷の紋章が刻まれていた。


☆★☆★


 ──初めは驚いた。けど、確かにルナの言う通り、傭兵ではあるが、敵軍に加担していた兵士なので、私に対して快く思わない住人も多い。でも主従関係を結んで”奴隷の身分”となることで、その罪が幾分か軽くなる、と思われるようになり、私の身の安全は保障された。


「……ルナ、様」

「二人きりの時は今まで通りルナでいいわよ。ただ、外を出歩く時は、そうね……言い方に気をつけた方が安全かもしれないわね」

「でも、本当にここで一緒に暮らしてもいいの?」

「えぇ。もちろん。また二人で……一緒に暮らしましょう。他に行く宛もないのでしょう?」

「まぁないけどさ」


 ルナは瞳を潤ませながら喜んだ。

 私の記憶に残る、私よりも頭半分小さくて小動物のような可愛いルナはもういない。身長差は逆転してしまった。誰もが振り向くような美しい女性の姿に成長を遂げていた。ただ、ちんちくりんで子ども特有の丸みを帯びた愛らしさは薄れているけど、嬉しさを滲ませる時のふわっとした笑みは、当時のルナと全く同じなので微笑ましい。まぁ、顔が整いすぎて、真正面から見つめられてニコリと微笑みかけられると、同性の私でも胸が痛む。


 上流貴族のように整った雰囲気にどうしても威圧感を覚える。丁寧に編み込みの入った髪型、豪奢な装飾の施された衣服やブーツなど、頭の上から足の先まで自身を煌めかせるのに隙が無い。そういえば、幼い頃に、一度村で見かけた貴族のドレス姿にぽけーっとした顔で見惚れていたことがある。将来は大きなお屋敷に住んで、毎日舞踏会を開いて、キラキラ光る可愛いドレスを着るの! と息巻いていたのを思い出す。軍服に思えた服装は、ルナが特別に作らせた物らしい。身長の高いルナにはよく似合っているけど少し派手かも。派手好きの貴族からは不評らしいけど、ルナの実力に慄いて表立って批判はしない。


 当時の記憶を懐かしんでいると、ルナがじっと私を見つめていることに気づいた。

 というか、近い。

 思わず後ずさると、ルナは微笑みながら迫ってくる──。


 ルナのふかふかした柔らかいベッドに腰をかけていると、ルナは結いた髪を指で弄りながら、私の隣に座る。

 ルナはそのまま距離を詰めて、また私を抱きしめる。

 一日に何度も……。

 私の感触や匂いなどを確かめるように、ぎゅっと強く抱擁してくる。傭兵の頃、私が女だからってヘラヘラ笑いながら触ってくる野郎には、その首に剣を突き立てて追い払った。でも、ルナに対しては無抵抗で弄られる。


「また……」

「はぁ……」

「ねぇ、飽きない?」

「だってホリーが、以前よりも小さくて可愛くなっているんですもの! はぁぁ我慢できないわ……」

「小さくなってない。ルナがでかくなったんだよ」

「あの頃はホリーを見上げていたのに、今は私の胸の中に収まっているのだからなんだか不思議ね。ふふふっ」


 ──主従の契を結んでいる。

 術式が施されたことで、たとえ剣を握ったとしても、ルナに斬りつけようと考えた瞬間、床に落としてしまうだろう。主従の契には、奴隷が主人に対して攻撃できないよう強固な組み込みが施されている。以前、とある街で奴隷の紋章を見かけたが、それは商人に鞭で打たれる屈強な奴隷の姿だった。あれだけにはなりたくないな、と思った。


 抵抗することはできないため、こうしてルナが満足するまで抱擁され続けることになる。

 私の腰やお腹、胸を丹念に指で弄り、私の匂いをくんくんと嗅いでいる。

 恐怖や羞恥心よりも、この子は何をやっているの? と呆れと戸惑いが勝る。

 やめてよ、と腕を抑える程度はできるはず。けど、巨大な犬にじゃれつかる感じでそんなに不快に感じることはないので、好きにさせている……。


「はぁ……」

「あの、そろそろ離れて。苦しい」

「無理よ」

「なんで?」

「だって、またどこかに消えてしまいそうで、怖いの」


 私の耳元で囁いた。

 ぞくっと背筋が冷たくなる。

 私の知らないルナの姿、声色、気配──。

 心臓を鷲掴みにされるような恐怖を覚えた。

 雷撃の魔女として、相手を屠る時に覗かせる冷酷な表情を浮かべているのかもしれない。

 トクン……トクン……とルナの心音をかき消すように、私の心臓は緊張で強く脈を打った。ルナの優雅な佇まいは自信の現れでもある。引っ込み思案で常に私の背中に隠れていたルナはもう存在しない。この小さな国が他国にも口を挟めるのは、ルナが存在するからだ。それほどの能力を秘めている。

 一度敗北している。もう一度やっても勝てない。傭兵で培った危機感が強い警告を鳴らす。

 緊張で震えていると、ルナはそんな私を解すように髪を指で梳きながら静かに語り始める。


「私はずっと……ずぅぅっとホリーを探していたの。まるで出口の見えない深い迷宮を彷徨っているかのように心細くて寂しい日々だったわ。それでも、私が生きていれば絶対に再会できる、と信じていたの。そう信じないと挫けてしまいそうで……」

「……うん」

「でね、私はただ流されるだけじゃない、私一人でも困難に自ら立ち向かい、一人だけの力で解決できるように強くなる! と考えるようにもなったわ。盗賊に襲われた時、私は何もできず……ただ逃げ惑うだけの私が本当に情けなくて悔しかったの。あの時、私にホリーを守る力があれば、捕まることもなく、ホリーを失うこともなかった、と何度も何度も私を責めた──。それからがむしゃらに勉強して、幸運にも司祭様は私が魔術を学べるよう色々便宜を図ってくださり、戦場に赴いて戦果を上げることで貴族やこの国の権力者の方々に頼られるようになり……」

「気がついたら雷撃の魔女になっていた、と」

「みんなに怖がられるのは、誤算だったわね」

「ルナ……ごめん、私はもうルナに再会することを……諦めていた。私も、ルナのことを探したよ。けど、ルナの手がかりは何一つ掴めなかった。それに、私にはルナみたいな才能なんかなかったから、毎日生きるだけで精一杯だった。ごめん……ルナは信じくれたのに、私は裏切って──」


 だから私には、ルナと再び一緒に生活する資格は無いと思っていた。


「ううん、気にしてないわ。だってこうして再び出会えたんだもの。それだけで十分……。他には何もいらない──」


 再び私を抱きしめる。

 私を抱きしめる力の強さに、ルナの想いがじわりと滲むようだった。

 私は目を閉じて、その抱擁を受ける。

 暖かい……。

 けど、流石に苦しくなってきた……。


「わ、わかったから……。そろそろ拘束をといてよ」

「まだ足りないわ」

「息ができない……。はぁ、また誰かさんに殺されそう」

「あ、非道い。でも安心して、また手加減するから殺しはしないわよ」


☆★☆★


 ルナの下で生活を初めてから一ヶ月が経過した。

 当初は街の住人から猜疑の目を向けられていた私も、剣技と魔術を扱える従者を一人手元に置きたいや彼女は元傭兵なだけで隣国の怪しい人間ではない、とルナが根気よく触れ回り、どうにか街の住人も警戒を解き始めた。


 ある日、ルナは不機嫌になった。

 普段はニコニコと愛らしい笑みを浮かべ、のんびりした雰囲気で優しく私に声をかけてくれるのに、なんだか刺々しい雰囲気があった。


「ホリー。あの子と何か話していたようだけど、一体何を語り合っていたの?」

「あの子?」

「ほら、図書院の……」


 ルナのお使いで図書院を訪れ、魔術などの術式が記された本を借りた。その時に、図書院で同い年くらいの男の子に声をかけられた。


「あぁ、あれね。なんか私みたいな傭兵上がりが珍しいみたいで、傭兵時代について質問を受けたから話しただけだよ」

「そう……」

「ルナ?」

「余計なお節介なのかもしれないけど、ホリーは元傭兵という話を広めているの。もしも過去をつい口に出してしまった時に、怪しまれてしまうこともあるわ。だから……その、彼とは……ううん、彼だけじゃなくて、街の住人と話す時は口が滑らないよう注意してね」

「ご、ごめん。探していた本はすぐに見つかって、時間が空いていたからつい……。わかった、気をつけるよ。会話もなるべく控える」


 ──ルナは、それっぽい理由を並べただけで、本心は何か別のところにある。

 ルナの笑顔の仮面の裏で蠢く何かを感じ取りながら、私は慎重に謝罪した。


 ただ、それから数日後、その男の子と街でばったりと出くわしてしまった。

 整った身なりから平民ではないことは理解していたけど、名家の嫡男だった。私みたいな身分の人間が気軽に会話できるわけがない。ただ、ルナというこの街、いやこの国で一目置かれる魔女の従者、という立場が災いした。かの魔女の従者ではないか! としつこく迫ってくる。──後になってわかるが、彼は常に監視の下で生活を強いられ、図書院なら安全と、幽閉されるかのように退屈な日々を過ごしていた。締め付けられた反動なのか、外の世界に興味があった。そんな折、傭兵として戦火を生で体験したことのある私は、彼の好奇心を擽ってしまったのだ。


 無下に彼との会話を打ち切るわけにはいかない。彼が満足するよう適当に言葉を並べながら、もしもこの現場をルナに目撃されていたら……と恐怖を抱いた。


「どうして私の言うことを聞いてくれないの?」


 帰宅すると、ルナが腕を組み、その美しい表情が崩れるほど眉間に皺を寄せて私を睨む。

 果たせるかな、ルナは会話する私たちの姿を目撃していたのだ。


「会話を途中で無理やり切り上げるわけにもいかないし、それにあっちから話しかけてきたから……」

「相手は貴族なのよ。ホリーが気に入られて、従者としてほしい……と望まれたりでもしたら、私でもどうにかできる相手じゃないのよ」

「私を従者に? まさかありえないよ。それに、もう服従関係はルナと結んでいる」


 従者の契が結ばれた奴隷を、許可なしで他人に譲渡することはできない。

 それほど強固で複雑な術式が組み込まれている。

 最早、呪いだった。


 すると、ルナは何かに気づいたように目を開いた。

 私を上から下までじろりと品定めするかのように視線を走らせる。


「そうね……そうよね、私の奴隷なのよ、私には絶対に逆らえない──」


 ルナはくすっと微笑みながら、片手を持ち上げた。

 親指に嵌められた鉛色の細い指輪が、青白く光った。

 ……パチ、

 パチパチパチ!! とまるで拍手するような音が、ルナの指先から響いた。続いて、紫色の電撃がまるで踊り狂うかのように広がり始める。


「ルナ……な、何をする気?」

「今からホリーの体に教えてあげるわ。痛みを伴えば、私の命令に従うはずよね」

「痛みって……うそ、でしょ──」

「本気よ」

「ルナ?」


 ルナと目が合う。

 いつものような──幼い頃の子どもっぽい愛くるしい雰囲気を漂わせて笑う。だから、私の体は反応できなかった。


「【いかつちせせらぎ】」


 そうルナが呟いた。

 手のひらの上に広がる光の渦に一瞬だけ赤色の光が混じる。

 小さく収縮すると、次の瞬間に放たれた。

 術式で体を保護する時間もなかった。

 私の足元から這い上がるように電撃は襲いかかる。


「ひぎゃっ……あ、……な、何をし……たの?」

「怯えなくても大丈夫。これは私が考案して組み上げた、対象者に苦痛を与えるだけの術式なの。多くの戦場で人に対して術式を試す中でね、人体への構造から術式を発動した時の影響などを色々調べていくうちにたどり着いた術式なのよ。体に傷はできず、跡は残らないし、死ぬこともないわ」

「え? あっ、はぐぅっ……あっ……ふっ……あぁ、ぐぁぁぁぁああああっ!!!」


 あ、あぁぁ……。

 なに、これ……あっ、ひぃっ、がっ!? 意識が乱れて……頭から、ミシミシと音が……あ、あ……っ。

 気持ち……悪い──。


 肋骨の上から肺をすり潰されるような感覚に息ができない。立つこともままならず、私は膝をついて床の上でのたうち回る。

 息ができない中で、今度は体内をまるで大蛇がうねりながら突き進むような異物感が広がった。みちみちと体全体の血管が膨張する……破裂する……あ、死ぬ、死ぬ!! と思ったところでその感覚はすっと消えた。

 寒気を伴う不快感の後、肌の内側を高温で炙られるような苦痛が響き渡る。

 終わらない。

 痛みの連鎖が私の中で繰り返し発生する。


 あ、あ、くっ……痛い痛い痛いっ!!!!


 刃で体を切り裂かれるのとは全然違う、内側から無理やり裂かれる感覚。

 絶叫して僅かでもその苦痛から逃れたいのに、声の出し方も忘れるような激痛に全身を震わせながら悶えることしかできない。

 助けて、

 助けて……ルナ!!!!


「う…うぇぇぇぇっ! …はぁ、あぁぁ……ルナ、……たすけ……ああぁぁっ」

「ホリーが悪いのよ。また私の下から消えようとするから……」

「ごめ…ん……ぁ、ぎゃぁぁあっ!!!」

「もう二度と、私の忠告を無視しないように、その体に刻みつけてあげるわ」


 ルナは声を震わせながら、悶え苦しむ私を見つめていた。

 冷静じゃなかった。

 震えている。

 緊張と自分が犯したことに対して恐怖を抱いている、そう思った。

 でも、実際は違っていた。

 その瞳は、とても綺麗にキラキラと輝いていた。笑っている。


☆★☆★


「ごめんなさい、許してくださいっ! ルナ様!」


 ルナから依頼を受けた案件で些細などうでもいいようなミスを犯した。ごめんなさい、次は気をつける、と頭を下げれば許されるような話。

 でも、ルナは許してくれなかった。

 ううん、それを理由にして、また……。


「いやだぁ……いやだいやだいやだぁ……」


 あーん、と幼い子どもが愚図るように、情けない声で私は泣いていた。


「あらあら、泣かないの。でも仕方ないでしょう。失敗したら”罰”を与えると二人で約束したじゃない」


 ニコニコと上品な笑みを浮かべながら、右手を持ち上げた。

 指先に、紫色の閃光が集まり始める。

 その色や音を聞くだけで、全身を掻き毟るような恐怖を覚えた。ぞわっと鳥肌が立ち、汗が全身から吹き出ている。ドクンドクン! と心臓が破裂するほど震えた。逃げたいと思うはずなのに、足がすくんで、逃げ出すこともできない。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「え……。あら~、ねぇそれはなぁに?」


 顎で指され、自分の足元を見つめると水たまりができていた。恐怖で、私は失禁したのだ。せっかく貰った可愛らしいドレスを汚してしまった……。17歳にもなって人前で漏らした事実よりも、お仕置きが積み重なったことの方が恐怖だった。カチカチと歯が音を立てて震える。べっとりと汗がにじみ出る。


「この前新調した床敷まで汚れてるじゃない。あらあら、これは……お仕置きしないといけないわね」

「あ、あ、あ……ごめんさい、ごめんなさい……これ以上は、おかしく……なる、お願いします、許してください!」


 涙を零しながら懇願するけど、クスクス微笑みながら首を横に振る。

 満面の笑みだった。

 どうして、そんな顔できるの?

 嗚呼、許してくれない……。

 なぜなら、これは罰ではなく、躾でもなく、ただただ彼女が楽しむためなのだから──。


 ──あれから、もう何度もルナに罰を──いや拷問を受けていた。

 単純な痛みの暴力に私の理性は乱れ、だらしなく涙と涎を撒き散らしながら叫んでいた。今まで築き上げた人間性は、いとも容易く打ち砕かれ、雷撃を浴びるたびに赤ん坊のように泣いてルナに助けを求めていた。


 眩い紫色の閃光が襲いかかる。

 体の内側から苦痛で舐られるような感覚に、ガクガクと体を震わせて悶えた。

 この拷問術の恐ろしいところは、意識が途絶えないこと。喘ぎ悶え悲鳴を上げても、意識ははっきりと鮮明だった。苦しみで気絶することも許されない。助けを求め、許しを請いても私の瞳に鮮明に映り込む、恍惚とした表情を浮かべるルナ──。


「ぐぎゃっ……あぁぁ…あぁぁぁああ!! ……はぁ………はぁ、はぁっ、はぁっ」

「せっかくホリーに似合うドレスを見つけてきたのに困ったわね。……とりあえず、洗濯しないと。下着も……。さぁ、脱がしてあげるから……ね、足を閉じないの」

「うぅぅ……うん……」


 ルナは私に近寄ると、ぐったりとへたり込む私を抱き寄せる。汚れたドレスと下着を剥ぎ取ると乾いた布で拭った。恥ずかしさと情けなさで胸がいっぱいになり、隠れるようにルナにしがみついて息を整える。今最も距離を置くべき存在なのに、ルナに縋ることしかできなかった。


「はぁぁ……はぁ……はぁ……」

「それじゃあ、次は──お漏らしをして、床を汚した罰を与えるわね」

「どうして!? そ、それは……今受けました……」

「あらあら何を勘違いしているの? 今のは、ホリーが大切なお客様からの依頼文を読み間違えたことに対しての罰でしょう。で、今度は17歳にもなって人前で尿を垂れ流して、奴隷なのにご主人様に片付けさせた、罰」

「だ、だって……私は文字をまだ上手く読めません……」


 ある程度は読めるよう訓練はしたけど、微妙な言い換えや長文はまだ難しい。

 無論、ルナは知っている。

 ──だから、ルナは文章を読ませる作業を私に押し付ける。


「すぐ言い訳を口にするわね。困った子……。そうだ、何か言い訳を言うたびに、罰を与えるようにしましょうか?」


 クスクスと微笑みながら、恐ろしいことを嬉々として述べる。

 ぞわっと背筋が冷たくなる。

 冗談とは思えない。

 その恐ろしい未来を思い浮かべて、体の芯から絶望感が響き渡る。

 私はガタガタとか細く震えながら、ルナに許しを請う。


「ごめんなさい。次は、間違えません……。ドレスも汚してしまい、誠に申し訳ございません。せっかく、ルナ様が選んでくださったのに……」

「そうね~。しっかりと反省できているわ。偉いわ。でも……罰は罰──。ふふっ、それじゃあいくわよ!」


 バチバチバチ! と万雷の拍手のような音が、私の眼前に響き渡る。

 再び襲い来る激痛を思うと、恐怖で全身が縮み上がり、恐怖で涙が零れ落ちる。

 ルナの胸に抱かれ、震えながら迫りくる電撃に怯えていた。


「うぅ……ひぅっ……ぐずっ…うぅぅ……」

「あらあら、傭兵だったのよね? この程度で可愛く泣いたら戦場で生き残れないわよ」


 私を抱きしめながら、もう片方の腕に再び紫色の光が集中する。

 逃げようと体がもがくけど、力が全く入らないのでルナに軽く抑え込まれてしまう。

 床に転がる私を、ルナは真上から覗き込んでいた。

 獅子に追い詰められた獲物の気分だった。いや、獲物だったら喰われることで絶命し、苦痛から逃れることはできる。けど、私は……。

 どろっと瞳から涙が溢れる。

 あんなに優しかったのに……。どうして? 狂ってしまった? それとも昔からルナは私のことを──憎んでいた?


「あ、あぁぁ、ルナ様。申し訳ありません。……あの……村で、きっと……そうだよね、私が……ルナのこと、ずっと非道い扱いをしていたから、怒ってるんだよね?」

「え、どうしたの急に?」

「私が、ルナの気持ちなんか考えずに、ルナが素直に後ろからついてくるのをいいことに、ルナを雑に扱った。だからルナは私に恨みを抱いたんだよね? 私が勝手に友人だと思っていた……。私がルナを探さず諦めたことも本当は辛かったんだよね? ごめんなさい、ごめんなさい。今更謝ってどうにかなることじゃないけど、本当にごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

「たったの一度も、ホリーに対して負の感情を抱いたことはないわ。物心ついた頃から、私はずっとホリーのことが好き、大好きだったわ。いつも物陰に隠れるようなか弱い私を外の世界に連れ出し、私の知らないことや本の中だけの物語を私に教えてくれた。背が高くて、村の男の子たちにも果敢に挑むところは、嗚呼なんて勇ましいの、と胸が熱くなるほど惚れ惚れしたし、そんなホリーを見るたびに、私はずっとホリーに憧れていたのよ。盗賊に襲われて真っ暗な森を二人で逃げている時だって、ホリーも怖くて堪らないはずなのに何度も私を励ましてくれた──。……そうね、諦めたことに関しては寂しいと思ったけど、ホリーが生きていればそれで十分と言ったじゃない。だからね、私のホリーに対する気持ちは、今も昔も何一つ変わらない。むしろ、こ~んなに小さくて可愛くなって、更に愛が深まるのを感じるわ」

「……だったら、どうして? え……あ、あ、ぎゃぁあああああああああああああああ!!!!」

「その顔……はぁぁ……。ホリーの笑顔や、つんと澄ました顔、不安げに私を見やる顔、すべての表情が大好き……なのだけど、一番魅力的なのは──その悲痛を帯びて絶望しながら泣き叫ぶ顔だったの。それも、私の胸の中で、私に怯えながら、私に許しを請い、でもどうにもできずに私にしがみつき、そして泣き叫ぶ姿が言葉では言い表せないほど愛くるしい。ほらもっと見せて、見せなさい! また浴びせるよわ、ほら……ほらほらほらっ!!! ……あぁ、ふふふっ、あぁ……可愛い、きゃ~~~~~っ! あっ、はははははぁ、……好きよ、愛してる」

「はぁぁ……はぁぁ…………はぁ、はぁ……。やだ……もぉ…狂う……ルナ……許して……。私も、ルナのこと大好きだから。ルナの望むこと、何でもするから──」


 好き、と言葉を放ったのは決してでまかせやこの場しのぎの嘘じゃない。

 私もルナのことを愛している。

 苦痛によって私の中がこじ開けられ、その中から産声を上げるように形を作った本心だった。


「え、本当? 何でもするって言ったわよね? それじゃあ……一緒に試したい薬があるの。実は私、この前エルフ化の薬を手に入れたの」

「エルフ化……」


 人間とエルフを混ぜ合わせたことで生み出された薬。

 それを飲むことで、エルフと同等の力を得る。

 禁忌の術によって生み出された薬──よく話しにあがるが、実際にそんなモノは存在しないと一笑に付される。


「そうよ、聞いたことないかしら?」

「……ある、けど、それ……は噂だけの話で、そんなもの……存在しない、って……」

「それが存在したのよ。先日国を殲滅しに行ったじゃない。そこの宝物庫を確認している時に怪しい薬を見つけて、こっそり頂戴したの。知り合いの信頼できるエルフにも確認してもらったところ、エルフ化の薬で間違いないと断言したわ。これを飲むことで、エルフのように数百年の寿命を得ることができるの。ねぇホリー、人間の50年程度の人生は、物足りないじゃない。それに……嗚呼、こんなお人形のように可愛いホリーが、よぼよぼのおばあちゃんになってしまうなんて、私は絶対に耐えられない。でもエルフに生まれ変わることで、美しい姿のまま数百年を二人で共有できる──。さぁ、エルフになりましょう。……その目、不満なのかしら? あらあら、この期に及んで拒否するつもり? 何でもするって言ってくれたのに、また口先だけ?」


☆★☆★


 ──数百年後。


 私はルナの膝の上に座り、いつものように拷問を受けていた。

 エルフ化したことで、私たちは外見上老いずに数百年を過ごしている。もちろん、全く老けないのは周りの人間に怪しまれるので、定期的に住処を変えたり、山に籠もったりした。


 エルフ化以外にも、私の体は変化していた。ルナが集めた怪しい薬の一つを飲まされたところ、体が12歳くらいまで若返ってしまったのだ。ルナ曰く、当時の私が一番可愛いとのこと。エルフ化の効力も合わさり、私は12歳くらいの姿に固定されてしまった。


 数百年経っても苦痛は、慣れなかった。

 痛みが脳裏に広がるたびに、新鮮な恐怖を味わう。

 ただ、その激痛を浴びてる最中にルナは私を抱きしめ、そして唇を重ねようとする。もちろん逆らえない。むしろ、そのキスに私は唯一の希望に感じた。私を蹂躙する恐怖の中で味わう刹那の快楽が、とても好きだった。



// ハッピーエンド


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