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3.勇者様と聖女様の邂逅

 先代勇者と魔王の戦いは、勇者が勝利を収めた。

 魔族は西大陸に引き返し、それからしばらくの年月が経っている。

 中央大陸でも西側に近い国々は今も戦闘準備を欠かしていないが、長らく戦いらしいものは起きていない。

 モンスターの危機こそあれど、魔族の侵攻は受けていないというのが現状だ。

 平和な日々によって、華やぐ王都。


「違う……絶対違うよ……っ」


 早足で王城にやって来たアーリィは、勇者の宝珠が置かれた部屋へ。

 それは古き時代の聖女が女神より与えられたという、勇者発見器。

 今では新たな勇者が見つかった際に、確認のために使われるアイテムだ。


「わたしは、勇者なんかじゃない……っ」


 何度も周りを確かめながら、宝珠の間に踏み込んでいくアーリィ。


「キノコ狩りのついでに目覚める勇者なんて、いるはずないっ」


 一歩一歩、確かめるようにして進んで行く。


「そうだよ、いるはずがないっ」


 じゅうたん敷きの部屋の最奥。

 アーリィは恐る恐る、台座に固定された勇者の宝珠に手を伸ばす。


「勇者じゃない勇者じゃない勇者じゃない……」


 それから覚悟を決めるように大きく息を吸い、そーっとふれてみる。


「勇者じゃ……ないっ!」


 ギュッと強く閉じた目を、ゆっくり開いていく。

 宝珠に変化なし。


「……光ってない」


 勇者の宝珠は、輝きを灯していない。


「それってつまり……そういうことだよね!? そういうことなんだよねっ!?」


 そう言ってアーリィが勢いよく、バンザイをした瞬間。


「ッ!!」


 まばゆい黄金の輝きが、辺りを照らし出した。


「…………」


 言葉もなく、宝珠から離れるアーリィ。

 輝きが消える。


「…………」


 近づくアーリィ、光が点く。

 離れる、消える。

 近づく、点く。

 離れる、消える。


「最初ちょっと点かなかったのは何だったのさーっ!」


 勇者、確定。


「もうもうっ」と宝珠をバシバシ叩くと、またもアーリィはフラフラの足で王城をあとにする。

 その先には、アルトレーネが誇る聖女様の姿があった。


「それでは、占わせていただきますっ!」

「おねがいします……っ」


 セレーネが手を胸元に置いて『占術』を発動すると、金色の光があふれ出す。


「……現状の精進を継続すれば、近々に光明あり……遠くないうちに認めてもらえそうですよ!」


「本当ですか!? ありがとうございます、聖女さま!」

「いえいえっ。皆さんが少しでも毎日を楽しく過ごせるように、私もがんばりますよっ!」


 両手をグッとにぎって、セレーネは力強く笑ってみせる。

 聖女の能力である『占術』は『未来視』ほど明確ではないが、近い未来を言い当てる能力だ。

 また未来視のような突発性はなく、自分の裁量で発動することができる。

 こうして今日も聖女様は、悩める人たちを分け隔てなく助けて回っていた。


「……それでは緊急会議の調整、よろしくお願いしますね」

「はいっ! 貴族の皆さんにはしっかりと声をかけておきます!」


 笑顔で駆けていく王城メイドに、セレーネは大きく手を振る。


「……あれ? アーリィ?」

「ッ!!」


 見慣れた姿を見つけて声をかけると、アーリィはビクッと身体を大きく振るわせた。


「アーリィー!」


 セレーネはうれしそうに、アーリィのもとに駆け寄っていく。

 そしてそのまま、真正面から抱き着いた。


「あれ、どうしたの?」


 いつもと違う雰囲気に気づいたセレーネが、その顔をのぞきこむ。


「……ね、ねえ、セレーネ」

「なあに?」

「もしも、もしもだよ。勇者が見つかった時は……どうなるんだったっけ?」


 恐る恐る問いかける。


「はい、それはもちろん」


 すると穏やかな笑みを浮かべた聖女セレーネは、真っすぐアーリィを見つめると――。


「魔族討伐のため、長い修行と戦いの日々が始まります」


 ものすごく真剣な目でそう言った。


「え? セレーネ?」


 その剣幕に、思わず困惑してしまうアーリィ。


「……そして私は勇者様発見のために持てる全ての力を、全身全霊を尽くします!!」

「え、ええ……っ!?」


 異常なまでに燃え盛る青い瞳に、思わず後ずさり。


「こ、こんな気合の入ったセレーネ……初めて見た……っ」

「でも、どうして急にそんなことを……?」


 燃えたぎる目のまま、たずねるセレーネ。


「い、いや、ちょっと……気になっただけ……かな」


 予想外の事態を前に、アーリィはもうごまかすことしかできないのだった。



   ◆



 それは昨夜のこと。

 王城で『勇者覚醒』の報告を終え、城内に泊まることになったセレーネ。

 ベッドに腰を下ろすと、再び能力が発動した。


「……これはまた、未来視ですか……っ?」


 目を閉じ額を抑えると、脳裏を短い映像が駆け抜けていく。


「ッ!!」


 現れたのは、見慣れたアルトレーネ城の光景。

 しかし、そこに華やかな面影は一切ない。

 鮮やかな花壇は潰れ、優美な石作りの城壁は崩れ落ちていた。

 アルトレーネ城、崩壊。


『どうして……こんなことに……っ』


 そして凄惨な光景の前には、力なく座り込んでいる自分自身の背中があった。


「……セレーネ? セレーネ?」

「は、はいっ」


 昨夜のことを思い出していると、シャルロットに声をかけられた。


「お姉ちゃんがたくさんキノコを採ってきてくれたから、今夜はグラタンにした」


 宿舎のテーブルには、シャルロットの作った料理が並んでいる。

 アーリィがいて、シャルロットがいる。

 三人一緒の夕食が始まると、セレーネの表情はパッと明るいものになる。


「はいっ、とっても美味しそうです! ……あ、笑いが止まらなくなるキノコはないですよね?」

「大丈夫。今度はしっかり調べてある……でも」

「でも?」

「涙が止まらなくキノコはあるかも」

「ええっ!?」


 言葉を失うセレーネに、シャルロットが「冗談」と続けようとすると――。


「それなら一緒に悲しんであげられるかもしれませんねっ」

「……そういう問題?」


 そんなおふざけにも前向きに返すセレーネに、シャルロットが笑う。


「グラタンのいいところは、取り合いにならないところだね」


 そんな二人を見て、アーリィがつぶやいた。


「取り合いをしてるのは、お姉ちゃんとセレーネだけ」

「わたしはまだしも、聖女様が食いしん坊なのはどうなのかなぁ」

「私は食いしん坊では……司教様にバレなければ大丈夫ですっ」

「あははははっ」


 そしてその前向きさに、思わずアーリィも一緒に笑う。


「私がこうやって聖女としてがんばれているのは、二人がいてくれるからですね」


 外ではしっかり、聖女様としてがんばっているセレーネ。

 いつも皆に優しい元気な聖女様は、王都の人気者だ。

 そして『聖女』として毎日を送っているセレーネにとって、『友達』として接してくれる二人との時間は何より大切なもの。


「それを言ったら、スキルのない私が宿舎で働けるようになったのはセレーネのおかげ」


 フォスター姉妹は、セレーネと友人だったことで宿舎に出仕するようになった。

 出会い、そして宿舎で一緒に過ごすようになってから、もう五年の月日が経っている。


「それに明るくて元気なセレーネは、私たちにとっても元気の源なんだよ」


 アーリィがそう告げると、セレーネは表情を明るく輝かせた。


「三人並んで食べる夕食は、やっぱり楽しいですっ!」

「本当だね」

「うん」

「それにシャルロットちゃんの料理はどれも最高で、毎日本当に楽しみだよーっ!」

「はい、おかわり」

「ふふ、見透かされてるよ」

「そ、そういう意味ではっ」


 言いながらも、ニコニコしながらおかわりの皿を差し出してしまっている自分に気づいて「ハッ!?」となる食いしん坊セレーネ。

 温かな空間に、こぼれる笑い。

 楽しそうにグラタンを頬張る三人は、激動の一日を忘れてしまうくらい賑やかな夕食を過ごしたのだった。



   ◆



「私は片づけをするから、部屋に戻ってて」

「ごちそうさま」

「ごちそうさまでしたっ」


 シャルロットに見送られて、アーリィとセレーネは宿舎内の自分の部屋へと戻る。

 聖女セレーネは一人部屋。

 フォスター姉妹は相部屋だ。


「えいっ!」


 階段を上がるアーリィの背に、抱き着くセレーネ。


「えへへ、アーリィ大好きー」

「ふふ、急にどうしたのさ」


 笑いながら、じゃれ合いながら階段を上っていく二人。

 二階についたところで足を止め、ここから左右に分かれる。


「……ねえセレーネ。魔王が動き出したみたいな話ってあったりするの?」

「いいえ、ないですよ」

「そっか、そうなんだね」


 アーリィは、小さく息をついた。


「それじゃ、また明日ね」

「はいっ。おやすみなさいっ」


 手を振り合い、互いに背を向けると自室に向かって歩き出す。


「……セレーネがいてシャルロットがいる。こんな三人一緒の毎日がわたしには何より大切」


 おとずれた、突然の覚醒。

 自然と、思いが口をつく。


「やっぱり勇者になんてなれない。どこにも行きたくない……だから」


 そしてセレーネも、遠ざかるアーリィの足音に自然と口を開く。


「アーリィとシャルロット。二人と一緒の日々を守りたい」


 思い出すのは、昨夜の不吉な未来視。


「王都の窮地を防ぐには、強き勇者様の発見が必要……だから」


 二人は、まったく同じタイミングでドアを開き。


「隠し通してみせるよ――」

「見つけ出してみせます――」


 同じタイミングでドアを閉めた。


「「――――絶対にっ!!」」

誤字報告、ご感想ありがとうございます! 適用させていただきました!

伝記に『キノコ狩りから始まった勇者――』と書かれていたら、確かに一度本の表紙を見て、「……これで合ってる?」となりそうですね! 仲間の窮地でもなく、伝説の剣に認められてでもなく、キノコ狩りから勇者となった少女の物語、これからもよろしくお願いいたしますっ!


お読みいただきありがとうございました!

少しでも「いいね」「気になった」「悪くない」と思っていただけましたら。


【ブックマーク】・【評価ポイント】等にて、応援よろしくお願いいたしますっ!

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