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2.覚醒の勇者様

「できたよ、お姉ちゃん」

「ありがとうシャルロット。でも、髪くらい跳ねてても大丈夫だよ」

「……ダメ。司教様も言ってた。聖女様のお友達が寝癖だらけじゃ、みっともない」

「はーい」


 宿舎の朝。

 寝癖のまま出かけて行こうとするアーリィの髪をシャルロットが整えるのも、よく見る姉妹の日常だ。


「私ももっと、皆を助けられたらいい……」

「何言ってるのさ、シャルロットにはわたしもセレーネも十分すぎるくらい助けてもらってるよ」

「スキルがない分、家事を多くやってるだけ」

「スキルだってちょっと遅いだけできっと身に着くし、シャルロットは今でも十分すごいよ」


 そう言ってアーリィは、「だいじょうぶ」と笑いかける。


「シャルロットの料理を楽しみに、わたしもセレーネもがんばってるんだから」

「……ん、ありがと」


 頭をなでると、シャルロットはうれしそうな恥ずかしそうな笑みを浮かべる。

 アーリィは、いつも元気で優しい姉だ。


「でも笑いが止まらなくなるキノコには気を付けて。大変だった……セレーネが」

「気を付けます」


 昨年、笑いが止まらないまま『懺悔を聞く』という聖女仕事に向かったセレーネが、ペンを腕にザクザク刺しながら笑いをこらえ続けた事件を思い出して、二人は再び笑い合うのだった。


「よーし! 今日はセレーネも帰って来るし、気合入れていかないとだね」


 アーリィは宿舎を駆け出していく。

 王都裏にある山では、流れる川から魚、獣から肉が取れる。

 さらに木の実も薬草もキノコも取れるのだから、アルトレーネはまさに豊穣の国と言えるだろう。

 そのためショートソード片手に薬草摘みに行くのも、『宿舎の雑務役』の一人であるアーリィの仕事となっている。

 この山の獣は強くはないが、剣士でも弓手でもない者がわざわざ戦いにおもむく理由もない。

 基本通り薬草を摘み、それと同時にキノコを探すのが【インベントリ】スキルを持つアーリィの定番だ。


「これだけ採れれば文句なしだね! 薬草もキノコも採れたし、今夜はグラタンなんかもいいかもっ!」


 今日は豊漁。

 アーリィは大量の戦利品詰めたカゴを【インベントリ】にしまい、早くも夕食にワクワクしながら山を下る。

 シャルロットはもちろん、セレーネもグラタンは大好物だ。

 二人のよろこぶ顔が目に浮かぶ。


「……ん?」


 不意に、アーリィの足が止まる。

 この日は、いつもと様子が違っていた。


「……うそ」


 驚きで、思わずビクリと身体を震わせる。

 獣との鉢合わせ。

 しかもそれは、この山に現れるはずのない……魔獣。

 猪でも鹿でもない正真正銘の魔物、モンスターだ。

 犬型の大きな体躯に、鋭い牙と爪。

 まともに戦って勝てるような相手ではない。


「どうしてこんなところに魔獣が……なんとか、気づかれないようにしないと」


 不幸中の幸いは、先に気づけたこと。

 アーリィは呼吸を殺し、音を鳴らさないよう注意して歩を進めていく。しかし。

 パキッ! と、足元の枝が音を鳴らした。


「ッ!?」


 その音に魔獣がすぐさま反応。


「グルァァァァァァ――ッ!!」


 アーリィ目がけて、猛然と走り出す。

 見るからに獰猛そうな黒の獣は、猪など比べ物にならないほどの大きさだ。

 慌てふためくアーリィに、あっという間に飛び掛かる。


「わ、わああああ――っ!」


 慌てて剣を振り上げる。

 すると運良く、剣が魔獣の横っ腹をかすめた。

 魔獣は大きく地を跳ね、砂煙を上げながら転がり立ち上がる。

 しかし当然これだけでは終わらない。

 歴戦の戦士でも戦いを避けるほどに強力な魔獣は、体勢を立て直すや否や再び喰らい付きにくる。


「嫌あああああ――っ!」


 容赦なく飛び掛かって来る魔獣に、再び剣を振り回す。


「ギャンッ!!」


 今度は剣が身体の側部を打ち、強く弾かれた魔獣はそのまま木に叩きつけられた。

 それでも魔獣はフラフラと起き上がり、連続の喰らい付きを仕掛けてくる。

 これをアーリィは、かわしてかわす。


「こないでよぉぉぉぉーっ!!」


 そして最後の猛烈な飛び掛かりも、その下をスルリとくぐってかわしてみせた。


「「…………?」」


 予想外の展開に、思わず顔を見合わせる両者。


「あ、あれ? なんかわたし、モンスター相手に戦えてる……?」


 アーリィは困惑する。

 すると魔獣は、ここで突然速度を上げた。


「ッ!?」


 急な加速に、虚を突かれる。

 魔獣はその鋭い牙で、左腕に全力で噛みついた。


「て、手がっ! 手がぁぁぁぁーっ!!」


 目前の凄惨な光景に、思わず悲鳴をあげる。


「あああああっ! 手があああああ――――っ!! 手があああああああんまり痛くない……」


 噛まれた腕を、ブンブンと振り回してみる。

 すると魔獣は、その勢いで地面をゴロゴロと転がった。


「え、なんで? どうして?」


 アーリィは、心の底から困惑する。

 相手は恐るべき魔獣のはずなのに、王城で飼われている犬に噛まれた時の方が痛かったような気すらしてくる。


「……ていうか、なんか遅い?」


 ものすごい勢いで飛び掛かって来る魔獣。

 しかしその怒涛の攻撃を、アーリィはひょいひょいとかわす。


「こんなに強そうなのに、どうして……」


 よく見ればこんな遅い攻撃には当たる気がしないし、これだけ大きな獣の攻撃なのに喰らっても痛くなかった。

 どう考えてもおかしい。

 意味不明な状況に、いよいよワケが分からなくなる。

 余裕の回避を続けながら、悩むアーリィ。

 その脳裏を、不意に駆け抜けたのは――。



『――――勇者様が……目覚めます』



「……まさか」


 昨夜セレーネが口にした、そんな言葉だった。

 それは聖女の持つ特殊能力『未来視』によるもの。


「……い、いやいや……そんなことありえないよ」


 さすがにそんなことは、ありえない。

 勇者は選ばれし存在だ。

 その驚異的なパワーで魔族を倒し、人類の希望となる奇跡の者。


「違うよ、違うに決まってる」


 自分がそんな特別な存在のはずがない。

 アーリィはブンブンと首を振る。

 とはいえ、こんな化物相手に『負ける気がしない』というのはさすがにおかしい。

 首元を滑り落ちていく、一筋の冷や汗。

 頭を支配していく嫌な予感に、アーリィは――。


「……ほ、ほら、もっとがんばれるでしょう! キミの本気はそんなものじゃないよ! もっとできる子のはずだよ!!」


 魔獣を応援し始めた。

 魔獣は鋭いステップでアーリィを狙いにいくが、やはりかすりもしない。


「ほらもっと俊敏に! 速くっ! 相手が体勢を崩したところに飛び掛かってっ!」


 それどころか、指導までされ出す始末。


「お願いだから本気を出してえー! もっと強い攻撃をしてよぉーっ!!」

「…………ッ」


 アーリィ渾身の叫びに、魔獣の身体がビクリと震えた。

 余裕の回避と、驚異的な攻撃力。

 あげくの果てにモンスターを応援し出した狂気の少女に、魔獣は怯えて踵を返す。


「え、待って! 諦めないでっ!」


 逃げ出した魔獣を、アーリィは大慌てで追いかける。


「待って! お願いだから待ってってば!」


 一目散に逃げていく魔獣を追って全力で走るアーリィは、なんと――――魔獣に追いついた。

「ウソだろこいつ!?」みたいな目をした魔獣は、いよいよ焦って崖を飛び降りていく。

 そしてそのまま途中で足を滑らせ、谷底に転げ落ちていった。


「待ってー! 帰らないでー! がんばってよお願いだからー! キミ魔獣なんでしょう? 待ってよぉ……うっうっ」


 半泣きになりながら、もう一度自分の身体を確認してみるが……やはり無傷。

 恐るべき魔獣を、アーリィはなんと一人で打倒してしまった。


「ウソだよ……そんなのウソだよ……」


 つぶやきながら、持参のショートソードを振り上げる。


「だって魔獣にびっくりしてスキルを使うことも忘れてたのに、わたしなんかが勇者なわけないよ! 【スラッシュ】!」


 そのまま剣を大きな倒木に叩きつけると、ゴシャアアアア――ッ!! と、V字になるほど大きく曲がって砕け散った。


「…………」


 駆け抜けていく烈風。

 パラパラと落ちてくる木片。

 その威力に、いよいよ愕然とする。


「こ……こういうのって仲間を守るために、まぶしい光を放ちながら目覚めたりするものじゃないの!? 少なくとも、山でキノコを採ってる途中でなるものじゃないよーっ!」


 自身の持つ二つのスキルの内の一つ、単純に剣の振りを鋭くする【スラッシュ】の威力も、これまでとは比べ物にならない強化が起きていた。

 唖然としたままのアーリィ。


「……待って」


 不意に思い出す。


「宝珠だ! 宝珠があるよ! わたしが本当に勇者かどうかは、それで確認できるはずっ!」


 王城に置かれている宝の中には、勇者を選定するためのアイテムがあったことを。


「そうだよ! きっと何かの間違いだよ! わたしが勇者だなんて……あるはずないっ!」


 こうしてアーリィは、自分が勇者でないことを確認するため大急ぎで走り出した。

お読みいただきありがとうございました!

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[一言] 〜勇者の目覚めはキノコ採りから〜 って伝記に記されてたら誤植と思われそう
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