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一枝の桜  作者: YUQARI
序章 一枝の桜と、その企み。
3/4

一枝の桜の理由

3530文字です。

「中宮、禧子(きし)さまのおなりでございます」


 侍従の言葉に、肘掛(ひじか)けに肘をつき、物思いに(ふけ)っていた後醍醐(ごだいご)天皇は頭を上げる。


「……通せ」

「は」

「……」

 《通せ》とは言ったものの、これはどうしたものかと、帝は頭を抱えた。

「はぁ……」

 後醍醐(ごだいご)天皇は、今回何度目かの溜め息をつく。




 ──《今度ばかりは、御容赦なりませぬぞ!》




 あの時近くにいた万里小路(までのこうじ)宣房(のぶふさ)に、そう釘を刺された。

「……」

 確かに、分かってはいる。

 分かってはいるが、如何ともし難い。


 いくら(いと)しい寵姫(ちょうき)と言えども、ワガママし放題、自由奔放、政治に口を出す……とくれば、傍に控える臣下が黙っているわけがない。


 禧子(きし)の行動は、実家の身分が高いからと言っても、さすがに許されるものではなかった。ここはガツン! と言わねば! と帝は決心する。

 が、既に心は折れそうになっている。嫌われたらどうしよう……と、情けないことを思う。


(いやいや……今日こそは、心を鬼にして言うのだ……!)


 今日こそは! 今日こそは! と思いながら、結局言えずじまいになっている。けれどもうダメだ。このままいくと、最愛の妻は某大国と同様、《傾国の姫》として後世に名が残るかもしれない。それだけは絶対に避けたかった。


 キッと前を見据え後醍醐(ごだいご)天皇は、(きぬ)音をさせながら向こうからやって来る自分の妻を待った。


 胸の鼓動が、ドキドキとうるさい。

 それは、自分の(きさき)会いたさなのか、苦言を伝えなければならない重圧からなのか、正直分からなかった。



「失礼致します」


 透き通った鈴の音のような、可愛らしい声が響く。禧子(きし)だ。

 思わず見惚(みと)れる。

「……」

 そんな後醍醐(ごだいご)帝を尻目に、禧子(きし)は優雅にお辞儀をすると、二人の女官を連れて帝の前へと出た。


「お呼びと聞き、馳せ参じましてございます」

 深々と頭を下げる。

 禧子(きし)が動くと共に、(こう)の良い香りが、辺りに立ち込めた。


 その優雅なこと、煌びやかなことと言ったら、近くに(はべ)る侍従たちからは思わず溜め息が漏れるほどで、その状況に帝は少しムッとする。


 誰も手出しができない(自分)の妻になったと言うのに、未だ不安でならない。いつの日にか誰かに禧子(きし)を奪われるのでは……と、いつも密かに危惧(きぐ)していた。


 それもそのはず、禧子(きし)はその才能もさる事ながら、都一の美貌を誇っている。


 高い地位と美貌、それから優れた和歌の才能は、日本広しと言えども右に出る者はいない。

 だからこそ後醍醐(ごだいご)天皇は、まだ何も分からない時分(じぶん)禧子(きし)を自分の(みや)に連れ込んだ。


 全てに恵まれた禧子(きし)が、中継ぎの帝でしかない自分のところへやって来てくれるとは、到底思えなかったからだ。


 その思いは、今も変わらない。

 確かに、この国の最高位である帝になりはしたが、いつ禧子(きし)に嫌われるとも知れない、危うい地位の自分が恨めしい。



「……」


 当然、今しがた決心した事が、(もろ)くも朽ち果てる。

(苦言など言えば、心が離れていくかも知れない)

 後醍醐(ごだいご)天皇は頭を抱えた。



 (あで)やかに着飾った目の前の禧子(きし)は、今年二十四になる。


 出会った頃は、まだ右も左も分からない十六の娘だったのに、今や堂々たる女性へと変貌を遂げている。

 自信と余裕に満ち溢れ、高貴な色香を当たり前のようにその身にまとい、道行く者の視線を欲しいままにする禧子(きし)は、帝にとって未だ恋焦がれる存在だ。


 柄にもなく十六の少女相手に芽生えた恋心は、薄れるどころか年を重ねる事に強くなっていき、自分でももう、どうする事も出来ない。


 それ故さすがの帝も、この禧子(きし)(いま)しめる言葉を伝える事が今の今まで、出来なかったのである。


「……ぐ。」

 帝は唸る。


 しかも今日は禧子(きし)だけではない。


 禧子(きし)は二人の女官をつき従えていた。

 そしてその女官もまた、禧子(きし)同様、ただの女官ではない。


 禧子(きし)が選びに選び抜いた女官で、一人は名を二条藤子(とうし)と言った。

 藤子(とうし)は、後醍醐(ごだいご)天皇がまだ親王だった頃の、今は亡き正妃、二条為子(いし)の姪にあたる。

 関白二条 道平(にじょう みちひら)に仕えていたが、禧子(きし)のたっての願いで中宮宣旨(せんじ)(女房筆頭)となる。

 後醍醐(ごだいご)帝としては、亡き正妃の面影がうかがわれ、正直、目のやり場に困る。


「……」

 もう一人は阿野(あの)廉子(れんし)


 中宮内侍(ないし)(宮中の礼式の雑務などを統括)の職につく彼女は、三人の中で一番年若い。その無邪気さは宮中の男たちの心を掴み、彼女に届く文の数はすでに《万》を超えているとのもっぱらの噂だ。


 共に家柄、知性、その容姿、どれをとっても非の打ち所がない。その上、中宮である禧子(きし)に忠実で、骨の髄まで心酔しきっている。

 後醍醐(ごだいご)帝と言えども、滅多な事は言えない状況だ。


「……」

 帝は思わず顔を背ける。


(困った。どう(いさ)めればよいのか……)

 気づかれないように、そっと小さく溜め息をつく。

 しかし、悩んでばかりはいられない。

 思い悩んで、帝は一句読んだ。




 ──「九重の 雲ゐの春の 桜花 秋の宮人 いかでおるらむ」

(宮中に咲く左近桜を、秋の宮人(皇后に仕える人)が、どうして折ったのだろうか)




「……」

 それを聞いて、禧子(きし)は一瞬目を丸くし、すぐにホホと笑う。

 そして返しの歌を詠んだ。




 ──「たをらすは 秋の宮人 いかでかは 雲ゐの春の 花をみるべき」

(手折らせたのは、秋の宮(皇后)の私が、宮中の春の桜のように愛しいあなたに、どうしても逢いたかったから)




 可愛らしく首を傾げて微笑まれては、帝も何も言えなくなってしまう。

「……」


 しかし、ずっと黙っている訳にもいかない。

 帝は再び『はぁ……』と溜め息をつくと、禧子(きし)に向き直った。


禧子(きし)。分かっているだろう? あの桜を手折るは大罪なのだ。そのような返歌では騙されはせぬぞ?」

 心を鬼にして、ギッと禧子(きし)を睨む。


 けれど禧子(きし)は微笑んだ。

「いいえ、主上(しゅじょう)(天皇のこと)。それは違います」


「……『違う』?」

 帝は眉を寄せる。


 そんな事はない。左近の桜を手折るのは大罪だと、誰もが知っているはずだ。それなのに禧子(きし)は否定する。

「……主上もご存知でありましょう? あの桜は以前にも手折られた事がございます」

 禧子(きし)は言う。


「……あぁ、そうであったな」

 帝は頷いた。


 百年ほど昔の話になるが、歌人として名高い藤原定家(ふじわらのさだいえ)が、この左近の桜を侍従に(めい)じ、切って持ち帰らせた。

 それを見ていた官人(つかさびと)が、当時の天皇土御門(つちみかど)天皇へ報告し、天皇は建春門院伯耆けんしゅんもんいんのほうきに代歌させ、歌を詠んでいる。


「『なき名ぞと のちにとがむな 八重桜 うつさむ宿は かくれしもせじ』(後から無実だと主張するなよ。左近桜を移した家を隠すことはできないだろう)』

 この歌は、帝の桜を手折り、我が家へと移したことを責めているのです。けれど(わたくし)は、自分が桜の花欲しさに手折らせた訳ではありません……」

 言って後ろに控える藤子(とうし)に目配せした。


 藤子(とうし)はそれに気づくと、三方(さんぽう)に置かれた桜の一枝を捧げ持ち、帝の前へと進んだ。

 禧子(きし)は口を開く。

「これなるは、(わたくし)が育てた蚕で糸を紡ぎ布にし、その布をこれなる藤子(とうし)が縫い、それを廉子(れんし)が結った飾り紐で縛ったものにございます」


 そっと帝の前に置かれたその三方の上には、禧子(きし)が言った通り、美しい布に巻かれ、金糸で結えられた美しい桜の枝が一本置かれていた。

「これは(みやび)な……」


 思わず感嘆の声を上げてしまい、慌てて口を塞ぐ。

(いやいや、騙されてはならぬ。禧子(きし)は、何かを企んでいる……)

 けれど禧子(きし)は、それを見逃さない。

 ニヤリ……と笑うと、帝を見た。


「《桜》はなにも、外のみ、見て愛でるものではありません。このように手折れば、御前のお傍近くに(はべ)らせることも出来ますもの……」


 その言葉に、帝が眉を寄せる。

「……禧子(きし)。何を企んでいる?」


「企み……?」

 禧子(きし)はホホと笑う。

「企み……ではございませんわ。《お願い》にございます」


 スっと黒水晶のような、その目を細めた。

 《むしろ企みを抱いているのは、主上でありましょう?》と禧子(きし)は笑う。


「……」

 帝は痛いところをつかれ、何も言えない。


 実際後醍醐(ごだいご)天皇は、密かに間者(かんじゃ)を立て、辺りを探っている。それを先刻、宣房(のぶふさ)に指摘されたばかりだ。見つかれば帝と言えども、ただではおかれますまい……と。


 宣房(のぶふさ)は、何を探っているのかと問い詰めただけだったが、実際は探っているだけではない。自分に味方してくれる者を探している。

 けれどそのような事は、口が裂けても言えなかった。


(禧子(きし)に言うてはおらぬが、……(さと)いというのも考えものだ……)

 帝は眉を寄せる。


「……」

 禧子(きし)は、そんな帝を見て、笑みを消す。


 主上……と、小さく呼んで、禧子(きし)は深く息を吸い、思い切ったように切り出した。

「お察しの通りでございます。是非この二人を、主上の側妻(そばめ)として、お迎えくださいませ……」

 深々と頭を下げた。


「……」

 いきなりの事で、帝は目を丸くする。

 禧子(きし)が人の為に頭を下げたのを、初めて見た。ましてや側妻? 帝は我が耳を疑う。


 藤子(とうし)は眉を寄せ、廉子(れんし)は軽く息を呑む。


 桜降る春。

 この日、何かが変わろうとしていた。





 × × × つづく× × ×


後醍醐天皇には30以上の女性関係と、32人の子どもがいます。

けれどその殆どは、流罪になってから……だと思うんですよね。多分。そうだったらいいなw

とにかく、後醍醐天皇は、この7~8歳年下の西園寺禧子を溺愛していましたが、子宝には恵まれていません。


多くの皇子を産んだのは別の人で、この話のように、『禧子が勧めた』のかは分かりません。私が勝手に想像してます。

ついでに、左近の桜の逸話を織り交ぜて、こじつけました。


実際、どうなんでしょうね?

普通側女にするなら、後醍醐天皇がわの女官のはずなんですけれど、何故か中宮禧子の女官だったらしいので、いいように話をまとめちゃいました。


ついでに余談ですが、禧子の前に左近の桜を手折った藤原定家は、禧子の女官、藤子の祖先にあたります。

ちょっと陰謀めいたものを感じますね。

(お前だけだ!w)

なにはともあれ、藤子の家は、和歌に優れた家でもあったようです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 鎌倉、戦国の間ですので、私的には知らない史実が多い期間かも。 [気になる点] 「増鏡」ベースで行くのでしょうか?
[良い点] 3/3 ・おうふ。人がいっぱい。 [気になる点] 主人公誰じゃ [一言] 目指す方向は、これからお決めになるんですね
2022/06/23 09:09 退会済み
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