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一枝の桜  作者: YUQARI
序章 一枝の桜と、その企み。
2/4

西園寺禧子

3961文字です。

「本当に、やってしまわれたのですね……」


 禧子(きし)の中宮宣旨(せんじ)(女房の筆頭)である、二条藤子(とうし)は呆れたような声を出す。


 以前から禧子(きし)は、『左近の桜を手折ってみたい』などと、口走っており、傍近くに控えていた藤子(とうし)は、肝を冷やしていた。

 それが今日、自分がちょっと目を離した隙に、(あるじ)である禧子(きし)はこっそり侍従を呼び、以前から(たくら)んでいたこの計画を、実行に移した。


 藤子(とうし)は眉をひそめ、隣にいる中宮内侍(ないし)(命令の取り次ぎや宮中の礼式の雑務などの統括)である阿野(あの)廉子(れんし)を睨む。

(あれほど禧子(きし)さまを見張っておいてって言ったのに……!)


「……」

 藤子(とうし)に睨まれて、廉子(れんし)は居心地が悪い。モゾモゾと体を揺すって、目を逸らした。


 それを見て、藤子(とうし)は溜め息を漏らす。

(けれど、しょうがない……)

 とも思う。


 藤子(とうし)禧子(きし)よりも二つ年上のため、いくぶん(いさ)める言葉も吐けるが、廉子(れんし)禧子(きし)よりも四つも下なのだ。

 しかも廉子(れんし)禧子(きし)に仕える身。禧子(きし)が睨みを効かせ『黙っていろ!』と言えば黙るしかない。


 しかも禧子(きし)は気性が激しい。

 嫌な意味ではなく、快活で人を扱うのが上手く、我を押し通す術を心得ている。

 四つも年下の廉子(れんし)など、その策にまんまと(はま)り、てんでお話にならない。『見張っておいて』と言われれば見張りもするだろうが、本当に()()事しか出来ない。


「……」

 睨むのを諦めて、藤子(とうし)は半分泣きそうな顔になる。


 桜の枝を切った禧子(きし)は、何かを企んでいる。

 そもそも禧子(きし)は無駄なことをしない。

 いや、傍目から見れば禧子(きし)は、する事なす事が無駄であったり無謀であったり、はたまたワガママだ! と思われる行動をよくとった。

 けれどそれは、けして意味の無い行動ではなく、ちゃんと先を見据えて考え、練りに練った《計画》なのである。


 ワガママ……など、とんでもない。

 相手の本性をそれで見極め、人を試している。

 相手が自分の行動を見てどう反応するか、どう対応するかで、自分に合うのか、信頼に足る人物なのかを見極めている。


 ワガママだと見せかけて、目下の者を助けた事もある。

 これ見よがしの手助けではないので、人によっては、助けられた事に気づかない者もいる。けれど藤子(とうし)は知っている。


 高飛車(たかびしゃ)で、ワガママな姫さま(ぜん)とした禧子(きし)は、その実驚くほど優しい上に慎重だ。信頼した者でなければ、けして傍には置かない。

 だから今、禧子(きし)の傍に仕えることが出来ているその事実は、藤子(とうし)に自信と(ほこ)りをもたらしてくれた。


(気高く、美しい禧子(きし)さまのお傍にいられるなど、なんと(ほまれ)高いことか。その優しさに、何度(わたくし)は救われたことかしら……?)

 そう思うと、一生この身を捧げようと、本気で思っている。


 ……けれど今回ばかりは、どうしても従うことが出来ない。


「はぁ……」

 涙を見せまいと、軽く目を閉じ必死に耐えた。

 けれど悲壮感漂う溜め息が、思わず漏れてしまう。


 そんな藤子(とうし)を見て、今度は廉子(れんし)の顔が歪む。

「あ……、あの藤子(とうし)さま? 何故、そのように悲しげなお顔をされるのですか? そのようなお顔はなさらないで下さいまし? ……(わたくし)、悲しくなってしまいます。どうか笑ってくださいませ。(わたくし)が悪ろうございましたから……」

 オロオロと藤子(とうし)を覗き見る。


 廉子(れんし)は、面倒見のよい藤子(とうし)が大好きだ。


 禧子(きし)後醍醐(ごだいご)天皇の中宮になった際、藤子(とうし)廉子(れんし)は共に禧子(きし)に仕える事となった。


 右も左も分からない廉子(れんし)に、藤子(とうし)はとても優しく、そして丁寧に接してくれた。その事がとても嬉しく、実際のところ廉子(れんし)禧子(きし)よりも藤子(とうし)に仕えたいくらいだった。


 そんな藤子(とうし)が今まさに、泣きそうな顔をしている。しかも自分のミスで! けれど泣くほどの事だったろうか? 廉子(れんし)の頭の中は激しく混乱した。


 どうにか笑って欲しいと強請(ねだ)ってみたが、藤子(とうし)は泣きそうな顔のまま笑おうとし、かえって悲痛さが増した。それを見て、廉子(れんし)の心は乱れる。

 藤子(とうし)は震えるように口を開く。


「……廉子(れんし)? お前は分かっているの? 禧子(きし)さまはとんでもない事をお考えなのですよ……」

 呟くようにそう言った。


「《とんでもない事》……?」

 顔を歪めながら、廉子(れんし)は首を傾げる。

 廉子(れんし)は現在二十二歳。その若さゆえ、まだ隅々の事まで察知出来ていない。


「えぇ、そうですわ」

 藤子(とうし)はそこまで言って黙り込む。




 最近、禧子(きし)の様子がおかしかった。


 ふと思い出したように禧子(きし)藤子(とうし)廉子(れんし)に尋ねた。

『ねぇ、あなたたちは、()()()の事をどう思って……?』


 尋ねられて廉子(れんし)は可愛らしく首を傾げる。

『《あの方》……とは?』


 すると禧子(きし)はフフと笑う。

『それは決まっていてよ? 《帝》の事ですわ』


 《……帝?》

 藤子(とうし)は眉をひそめる。


 禧子(きし)は人目など気にしない。

 自分の信じる道をひたすら真っ直ぐ突き進む。そんな人だ。

 それに手抜かりはない。

 知りたいと思ったことは、すぐに調べあげる。その禧子(きし)が、今更帝の体面を気にしている……?


 ましてや帝は、自分の愛する人。そのような人物が周りからどう見られているか……など、禧子(きし)はとうに知り尽しているはずだった。


 禧子(きし)の観察眼は、間違いない。調べ尽くしたその結論を、後になって疑うようなことはしない。


 しかも尋ねているのが初めて見知った相手ではなく、自分が信頼し、仕えさせている女官相手にだ。今更面と向かって、おかしな質問をする……と藤子(とうし)(いぶか)しんだ。


 けれど廉子(れんし)は素直だ。

 ふわり……と花のように微笑むと、《素晴らしいお方ですわ》と言った。

『まず、あの立ち振る舞い。さすがは帝。右に出る者などおりませぬ』

 廉子(れんし)は嬉しそうに語る。

『賢帝と言われた後宇多(ごうだ)法皇の二の宮さまであられますが、けれど(わたくし)は、後宇多(ごうだ)法皇さまにけして負けているとは思えないのです。あの鋭く質問を返す万里小路(までのこうじ)宣房(のぶふさ)さまの諫言(かんげん)をも真剣にお聞きあそばされるそのお姿は、誰もが真似できるものではありませんもの。みな、言うておりますわ。後醍醐(ごだいご)天皇の御代は、きっと(たいら)であると』


 それに──と、廉子(れんし)は頬を赤らめる。

『それに帝は、その年齢を感じさせないほど、お美し──』

『ん"んっ……!!』

 藤子(とうし)は焦って、わざとらしく大きな咳払いをした。

 これ以上、帝を褒めちぎる廉子(れんし)を放って置けば、とんでもない事になるような、そんな嫌な予感がした。


『……』

 禧子(きし)はそんな藤子(とうし)を見て、目を細める。


『……では、藤子(とうし)はどう思って……?』


 その言葉に、藤子(とうし)は戸惑う。

 どう答えれば……と悩んで口を開いた。


『わ、(わたくし)は、禧子(きし)さましか見えていませぬ。心の底より願うのは、禧子(きし)さまの心お健やかなる治世(ちせい)。それをお支えくださる帝のそのご情愛に、(わたくし)は少し恨めしくも思うのです。帝はいつも禧子(きし)さまを独り占めになさいますもの……』

 言って藤子(とうし)は、困ったように笑って見せた。


 別の日には、禧子(きし)はポツリと呟いた。

(わたくし)はもう、子には恵まれぬ……』

 ギョッとして藤子(とうし)は、思わず口を開いた。

『な、何を申されます! 禧子(きし)さまは、まだまだお若いではありませんか! まだこれからでございます』

 すると禧子(きし)はニヤリと笑う。


『えぇ、そうですわよね。まだ望めますわよね。……そうそう。ねぇ? 藤子(とうし)?』

 呼ばれて藤子(とうし)は返事をする。

『はい。何でございましょう?』


 すると禧子(きし)はとても嬉しそうに微笑んだ。

(わたくし)がまだ若いのですもの。二歳違いの()()()()まだまだ若いと言うことですわよね……?』

『……』

 思わず身震いした。




「まあ酷い。藤子(とうし)(わたくし)の事を、そのように思っていましたの?」


 禧子(きし)(とが)めるようなその声に、藤子(とうし)はハッとする。

禧子(きし)さま……、そのような事は……!」

 慌てて否定する。けれど不安ばかりが波のように押し寄せる。


 禧子(きし)藤子(とうし)を見て微笑んだ。

「やはり、(わたくし)の目に狂いはなかった。あなた達を選んで、本当に良かった……」

 そうホッと息をつきながら、呟く。


(わたくし)はね、美しく、教養のある者……そして、人として誇れるものを持っている者を女官に選んだの」

「《人として、誇れるもの》……?」

 廉子(れんし)は首を傾げた。


 分からない事をそのままにせず、素直に尋ねることの出来る廉子(れんし)は、それだけで《人として、誇れるもの》を持っている……と藤子(とうし)は思う。


 そしてそれは、禧子(きし)も同じ気持ちらしい。


「《誇れるもの》とは、優しさであったり、素直さであったり。……簡単でいて、手に入れるのがとても難しいもの。(わたくし)は、あなた達二人に、これがあると思ったのよ。(わたくし)にはない優しさと素直さ……」

 禧子(きし)はポツリと言って、悲しそうに顔を伏せる。


 藤子(とうし)はギョッとする。

「何を仰せですか! 禧子(きし)さまは、全てを持ち合わせておられますのに……!」

 藤子(とうし)の言葉に、廉子(れんし)も頷く。



 実際禧子(きし)は文字通り《全て》を持って、この世に生まれた。


 禧子(きし)実家は西園寺(さいおんじ)家。

 当時西園寺家といえば、多くの皇后を排出する家系で、中継ぎでしかない後醍醐(ごだいご)天皇よりも下手をすれば格上。もしかしたら、後醍醐(ごだいご)天皇ですら、頭が上がらない存在だったかも知れない。


 その上この上ない美貌を持ち合わせた禧子(きし)は、驚くほど賢くもあった。

 多くの優れた和歌(うた)を残し、その才能は歴代の皇后をも凌ぐ。

 時には政治にも口を出し、後醍醐(ごだいご)天皇へ意見することもあったという。


 そんな全てを持ち合わせている禧子(きし)が、自らを差し置いて、臣下でしかない藤子(とうし)廉子(れんし)を『美しく教養のある者』と評したのだ。藤子(とうし)は『自分など……』と、気恥しい思いでいっぱいになる。


 けれど禧子(きし)は首を振る。

「いいえ。(わたくし)の目には、狂いはなくってよ? ……それとも藤子(とうし)は、この(わたくし)が見誤っているとでも……?」

「……」

 そう言って睨まれれば、藤子(とうし)と言えども何も言えない。


 禧子(きし)はフフと笑うと、さきほど侍従が持って来た桜の一枝をそっと持ち上げた。


「けれど藤子(とうし)……」

 禧子(きし)は言う。

「あながち、あなたの予測は間違ってはいないのかも……。桜を《手折る》と言うその意味を──」

「……」

「?」


 爽やかな春の風が吹いた。


 禧子(きし)は春の風のように、爽やかに微笑む。

 藤子(とうし)はギュッと眉をしかめる。


 そして廉子(れんし)は、

 可愛らしく首を傾げた。





 × × × つづく× × ×


名前は、どう読むか悩みました。が、

『藤子→《ふじこ》』とすると、字は違うのですが、

どうしてもルパン三世の『峰不二子』しか思い浮かばずw


音読みにさせて頂きましたm(_ _)m

(そんな理由で、ほかの2人はキシとレンシ)


だって書く時のテンションがね。

頭の中、《峰不二子》で書くと、全く違うんですよ。


そして、名前にフリガナ打ちまくってますが、

それが私です( ˙꒳˙ )諦めて。w


特に日本の歴史上の人物は、最初にフリガナ打ってもらっても

後からはすっかり忘れると言う、私の記憶力の低さが

このフリガナに出てますよね。


しつこいですけれど、我慢してくださいm(_ _)m



最初は ごみさんの指摘だったんですけどね。

でもこれ、ホントいいアイデアと思うわけです。はい。


……こんな感じで、色々……色々とフィクション入っている、

『一枝の桜』。


まだまだフィクション、入れまくります。

でも、この南北朝時代の南朝方は、記録があまりないのです。。。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 2/3 ・どうも。お久しぶりで。紫の雰囲気すごい [気になる点] >>> 実際禧子きしは文字通り《全て》を持って、この世に生まれた。  ダンベルは持ったか?
2022/06/23 09:01 退会済み
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