エピローグ 粉雪舞い散るプロポーズ
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二十一時半頃。
王城の大広間で開かれていた感謝祭と祝典は、二十一時に終了したが、その後も国王であるレオンは来賓客への対応を彼の秘書や侍従たちの支えもあり、それは滞りなく進み十分前には終わらせることが出来たので、彼は足早に王城の中庭にへと足を運んだ。
中庭に入ると夜の空気が凛としているが、噴水を彩る何色ものライトや木々に彩られたイルミネーションが目を楽しませてくれ、心を和ませてくれた。
────丁度、彼が中庭に到着した頃に粉雪が舞ってくる。
レオンの視線の先には、噴水の側に置かれたベンチに座るソフィアとジークに頼んで呼び出してもらった女性────ルーシーが腰掛けていた。
「ルーシー、急に来てもらったのに、待たせてしまい申し訳ない」
レオンに声をかけられて、ルーシーはピクリと反応し、緊張した面持ちで立ち上がった。
彼女は純白の膝下丈のカクテルドレスを身につけており、その白い肌とよく似合っていた。
また、左手首にはレオンから贈られたブレスレットと、頭部にはソフィアが用意していたパールのカチューシャもつけられている。
いつもは薄化粧だが、今日は三人の手によってピンクを基調としたメイクが施されており、周囲のイルミネーションとよく映えている。
また、現在は粉雪が降って来る程外気温が低いのだが、彼らはお互いに体温を適温に保てる魔法薬を飲んでいるので、その影響は殆ど受けずに済んでいた。
「…………」
レオンはそっと自身のコートを彼女に肩にかけ、無言で彼女の頬に手を添えると、ルーシーは途端に顔を赤らめた。
「……あの、やっぱり変でしょうか?」
「………………とても綺麗だ」
レオンはそっと口元を緩めてその額に唇を寄せ、再び愛しそうに彼女を眺める。
ちなみに、今回のルーシーの身支度計画自体はソフィアら三人がレオンには秘密裏に行ったことだったので、彼はルーシーがドレス姿で来るとは思っていなかっただけに、彩られた姿を目にするとより心打たのだった。
「今夜、君をここに呼んだのは、聞いてもらいたいことがあるからなんだ」
「……はい」
頬を赤らめながら、自然と柔らかい表情になっていく。
「ルーシー、君を愛している。俺と結婚して欲しい。……俺と一緒になると言うことは、様々な制限や苦労もかけてしまうかもしれないが、それでも俺は君と一緒に歩んでいきたい」
粉雪が変わらず舞い散り、彼らの周囲にはイルミネーションが輝いている。
その時、確かに無音だった。お互いの鼓動まで聞こえるのではと思えるくらい何も聞こえず、白い吐息と交差する眼差しがただ存在しているようだった。
「……私で……」
涙が溢れて止まらなかった。私で良いんですかと思わず言葉がこぼれそうになるが、レオンへの想いと彼からの想いを胸に過らせると、ルーシーは胸に手を当てて微笑んだ。
「はい。よろしくお願いします」
レオンは瞬間、ルーシーを抱きしめた。一ヶ月程前の生命力が弱々しくなった彼女の姿がふと浮かび、よりその抱きしめる力が強くなる。
「ありがとう。……君と出会えて本当に良かった」
ルーシーはその胸に顔を埋めると、そっと瞳を閉じる。
『……ずっと、このままでいられたら良いのにね』
かつての自分の言葉が過り、封印されていた記憶が徐々によみがえって来た。
「……………………アルト君?」
目元の涼しげな黒髪の少年がふと浮かんできて、今自分を強く抱きしめている青年と彼が重なる。
『たとえアルト君の姿が違っても、魔力の波動が違っても、……それでも私には君が分かるよ』
続けてよみがえった言葉に、ルーシーはそっと全てを理解した。
(……そっか、……そう言うことだったんだ)
レオンは思わず彼女の方を見ると、柔らかい笑顔と共に再び涙を流している。
「アルト君、……いいえ、レオンさん。私は、きっとどこかであなたが王様でなければ良いのにって思っていて、……本当のあなたのことではなく、テナー君を選びました」
突然、心中を告白し始めた彼女に、レオンは目を見開いた。
「ルーシー……」
「過去を憶えていなくても、きっと心のどこかで、奴隷だった私があなたの傍にいられるわけがないって思っていて、……だから王城であなたを見かけた時、心の中で鍵をかけていました。……あなたは、私と一番距離が遠い方だと思っていたんです」
「……それは当然だ。記憶を無くしていたんだから」
ルーシーは首を小さく横に振った。
「いいえ、過去を憶えていたら、確実に私はあなたの傍を離れていました」
────ルーシーは、あの時の自分のことを思い出していた。それは、目の前にいる青年がアルトだと理解出来た時のことであり、その際自分は酷く哀愁を感じたのだ。
そして、充分理解はしていたつもりだが、やはりアルトが自分が知っている「庶民の彼」ではないと悟った時に、彼女は元々考えていた「トロニアに戻る決心」をしたのである。
────彼のことに気がつけるくらい彼が大切だからこそ、自分を必要としてくれないと思うと恐かったのだ。
それを思い出すと、涙が後から溢れて止まらなかった。
「レオンさん。……私の過去を受け入れてくれて、本当にありがとうございます。……私は、あなたにこんなにも愛されて……幸せです」
彼女の涙に、レオンは込み上げて来る熱いものを抑えるように目頭を押さえた。
「……それは、俺の方こそ伝えたい。君は当時、どう考えても手助けしても得にもならない俺のことを絶対に見放さず、傍にいてくれた。……記憶を封印されても、……この国にいてくれた。本当にありがとう」
涙を堪えて、彼女の頬に再び触れる。
「レオンさん、愛しています」
その言葉に答えるように、レオンはそっとルーシーの唇を自身の唇で塞ぎ、それは次第に長くなっていく。
お互いの体温を感じあえると名残惜しそうに離れ、微笑みあった。
レオンは燕尾服の懐からそっと箱を取り出しそれを開き、煌めくキラル石が中央の台座の納められた指輪をルーシーの左手の薬指に嵌める。
この大陸では、キラル石と言われる透明の宝石が婚約指輪の定番となっており、今嵌められたものは純度の高いレベルのものだった。
「俺を選んでくれてありがとう。一緒に歩んでいこう」
「はい」
ルーシーは「アルト」と出会った時のこと、そしてレオンとして再会した時のことを思い出すと、更に今の彼を見つめた。
────これから、レオンさんと一緒に生きていけるんだ。
そして二人の影は、しばらく重なって離れなかった。
(了)
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