第54話 ルーシーの決断
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ルーシーは、以前ジェシカが自身に教えてくれた数冊の魔法書の詳細を思い出しながら、レオンの元へと向かった。
(あの時ジェシカに見せてもらったのは、グラヴィディと……)
瞬間、ジェシカの言葉が脳裏に過る。
ちなみにルーシーはあの後、約半年間彼女と交流を交わし様々な出来事を経て、初めて他人の名前を呼び捨てで呼べるほど打ち解けたのだった。
それはもちろん、側に誰もいない間のことではあったが。
『ルーシー、よく覚えておいて欲しいのですが、この【大魔法】にもレベルがあって、先代の人々はそれを大きく三段回に分けました。おそらく、あなたの村を壊滅させたというドラゴンに一番有効だと思われる大魔法グラビティは、一番下のレベル一に該当します。ただ最近では多属性の魔物も出没して、幾つもの集落が壊滅させられておりますが、現在有効な手段が殆ど見つかっておりません。更にグラヴィティだと、火力が満たないので致命傷は与えられないと考えています。……ですが、その度に集落が壊滅していたのではトロニアの危機なので、小さな集落の民には各防壁都市に移住して頂き、何とか対処をしている状態です。……ただ、唯一ある大魔法なら対処出来るのではと、有識者の間でも議論の結果結論が出ています。その大魔法は最高レベルの……』
そこまで過ぎると、思わずルーシーの飛翔する動きがピタリと止まった。
途端に鼓動が酷く高鳴り、冷や汗が止まらなかった。
「そうだ。……あの時、既にジェシカは答えを教えてくれていたんだ。……でも、それを使ったら恐らく私は……」
思わず呟き、無意識的に左手首に付けられたブレスレットを眺めるが、直感的にあまり芳しくない予感を抱いた。
(レオンさんが贈ってくれたブレスレットの力を持ってしても、レベル一のグラヴィディを使用した際にあれだけ消耗したんだから、……今回はどうなることか。…………でも、それでもやらなきゃ)
そう思うと、ルーシーは深く深呼吸をして再び無我の境地に入った。────そして、彼女の決意は固まった。
(レオンさん、ごめんなさい……)
□□□□□
「レオンさん、相談があります」
そう彼に対して話しかけた声は、今までで一番透き通っていて、かつ落ち着いたものだった。加えてその瞳はどこか達観している。
レオンは、彼女のその様子に妙な胸騒ぎを覚えた。
「何だろうか」
ルーシーの様子が普段通りであれば、この場所は危険だから戻るように促していたのだろうが、レオンは思わず飲み込まれそうになり、聞き返していた。
「……今から私が使用する大魔法を、ジークさんのティソナに付与することは可能ですか?」
レオンは胸騒ぎが当たったと思った。
「駄目だ。もう二度と大魔法は使用しないで欲しい」
ルーシーは、はにかんだような笑顔を浮かべた。
「大丈夫です。何しろ私には、レオンさんから贈って頂いた素敵なブレスレットと、ソフィアさんがかけてくれた叡智の加護があるんですから」
それでも、レオンの胸騒ぎは収まってくれなかったので、直感で意見を変えてはいけないと判断する。
「やはり駄目だ。……何か別の手段を……」
「それはありません」
ルーシーは珍しくきっぱりと言い切った。
「……恐らく現行の手段だと、大魔法を使用する他無いと思います」
(……そう言えば、ジェシカがあの時言っていた魔物の詳細に【魔法の無効化】は無かったはず。……少なからず魔物も、進化しているのかな……)
「……それは……」
分からないだろう、と言いたかったが先程に万策尽きたと思った矢先に、それを言うのはあまりにも無責任だと思い、次の言葉を紡ぐのをやめた。
「大丈夫です、レオンさん。……それに私、今でははっきりと思うんです。誰かの役に立てればそれ以上に嬉しいことは無いって。……私は以前奴隷だったので、何かを人の為にしても見返りどころかその行為をも否定されることもありました。ですが、自分が行ったことで誰かの為になったり、喜んでもらえたり、時には感謝の言葉まで頂けることもあることを知れて、……私はもうそれで充分なんです」
些細な善意にお礼を言ってもらえることの有り難さ。それは過去に奴隷だった彼女だからこそ、より強く思うことであった。
そして、そう言って達観した笑みをする彼女を、レオンは確かに以前に見たと思った。
────だが、思い出している隙に、キマイラが強力な焔を吐き風を巻き起こしたので、咄嗟に二人はそれぞれ左右に散った。
「レオンさん、もうあまり時間がありません! お願いします!」
ルーシーの切迫した叫びに、ジークとソフィアも思わず彼女の方に振り返った。
「……分かった。……大魔法程の魔法でも、おそらく蒼の力であれば絞れるだろうから大丈夫だ。……だがその代わり、ソフィアが常に君の側に待機して、何かあったらすぐに対処するように伝える」
ルーシーは大きく息を吸って頷いた。
「はい、分かりました。……ありがとうございます!」
(……私のことを心配してくれて、本当にありがとう……レオンさん、愛しています)
そしてルーシーは、ある大魔法の呪文を心中で何度も呟き、小さく頷く。
(……これで、あの魔物が無事に討伐出来たらいいな。そうすればレオンさんも皆、傷つかなくて済むから)
それからレオンは、電子端末で二人に連絡を取り合い協議し、それはすぐに行われることになったのだった。
□□□□□
現在キマイラは、先程の攻撃を行ったことにより一時的に休息を取っているようだが、先ほどから攻撃を行い休息するの繰り返しなので、時期にその休息も終わり再び攻撃して来るに違いなかった。
ともかくジークはキマイラの背後に止まりティソナを翳し、ソフィアはシルバーワンズを強く握りしめながらルーシーの側で待機をした。
そしてレオンは、再び蒼の力を使用するべく精神を集中させた。
『────蒼の力よ。悠久の時を経てその繋がりを正から負へと転じ、我の先へ集え』
その力はジークのティソナに再び宿り、瞬間、既に蒼くなっているレオンのその瞳は、より濃厚に蒼くなっていく。
(さっきも思ったけど、この力は何だろ。……ううん、それよりも今は、詠唱に集中しよう)
そしてルーシーは、右手を大きく上げてジークの方にそれを向けた。願いを込めて。
『……この世の理を司る蒼の力よ。古よりこの世界を創生せし万物の根源よ。……今こそ対象者に対し、炸裂せよ!』
────ぶわぁぁぁぁあああああ!
周囲一体闇に包まれ、その闇の先は遥か彼方永遠に続いているように思えた。
一同思わず呆気に取られ、何が起きたのかようやく認識することが出来た際に、ルーシーが飛翔していた方に視線を向けると彼女は既に弱々しく空を飛翔しており、最後の力を振り絞って右手を振り下げた。
『……ビッグ・バン!……』
瞬間ルーシーの右手から閃光とも暗闇とも言えない存在が飛び出し、それが一気にジークが握るティソナに集められていく。
「うおおおおお⁉︎」
その衝撃にジークは思わず怯むが、すんでのところで耐え、柄を握り直して空を蹴り一気にキマイラの背中にティソナの剣身を突き刺した────!
────グオオオオオオオオオッ
今度は先程とは違い、突き刺した先から魔物が苦しみ出し悶え始める。
「わああああああああああああ‼︎」
『対象者よ、減速せよ! デザレイト!』
瞬間、ジークの身体は投げ出されたが、咄嗟にレオンが減速魔法を唱え事なきを得た。
「助かった。ありがとう」
「ああ」
ジークが身を投げ出された後、キマイラは呻き声を上げ続け激しく身体を揺らし、やがてその力は弱々しくなっていった。
そして彼らの頭上の闇が晴れ、蒼光の粒子が舞っていき、ティソナもそのまま消えていく。
「……終わったのか?」
そうジークが呟くと、レオンは直感的にルーシーがいた方へと視線を移すがそこにはおらず、代わりにほぼ同時に悲鳴が聞こえた。
「きゃあああああ、ルーシー⁉︎」
瞬間レオンとジークはその声のした方へと文字通り空を駆けて行き、二人はソフィアの飛翔魔法の力で何とか浮かんでいるルーシーの元へとたどり着いた。
ルーシーの身体はダランと力無く垂れ下がり、顔色は蒼白く生気がまるでなかった。
「一体、何があったんだ⁉︎」
ジークの問いに大きく顔を横に振って、ソフィアは溢れ落ちる涙を散らした。
「……それが、ルーシーが……先程の魔法を詠唱し終えた途端、飛翔魔法が解けて……勢いよく落下していったから慌てて追って飛翔魔法を掛け直したの……。そうしたら、もう、この状態で……。すぐにヒーリング・モストもかけたんだけど……」
レオンは、あまりのことに絶句し、身体を固くするが、六年前にルーシーが大魔法を使用した後に病室で見た彼女の姿と今の姿が重なった。
次の瞬間、意識せずともレオンの身体はルーシーの力無き身体の傍まで近寄り、その青白い唇に自身の唇を重ねる。
彼の身体から蒼色の光が発せられ、ルーシーの身体を包み込んで行く────
(頼む、戻ってきてくれ────!)
ルーシーの命の炎は、今にも消えそうだった。それは蝋燭の火よりも頼りなく、まるで過去に彼女が使用していた灯明の明かりのようだった。
だが、レオンの延命行為の甲斐もあって、その炎が消える危機は免れ、彼女の顔色が少しだけ生気を帯びた。
「叡智の加護の効果は⁉︎ 今も効いているんだろう⁉︎」
ジークが訊ねると、ソフィアは動揺しながらも頷いた。
「う、うん。あの力は正の力を高めて対象者に負の干渉を受けさせないものだから、あの魔物の打ち消し効果も防げた筈だけど……」
「……ブレスレットの効果を凌駕するほど、魔力と体力の消費が激しかったんだろう……」
レオンは彼女の頬を撫でると、あのはにかんだ笑顔を思い出した。
「……どうして俺は、いつも肝心なことに気がつけないんだ……」
喪失感が襲ってくるが、ともかく次の行動に移らなければならないことは明白だった。
何故なら、依然と蒼の狭間は開いており、このままにしておけば再び先程のような魔物が出現しかねないからだ。
「ルーシーをこのまま、王室の病院へ連れて行く」
「いや待てよ、レオン。どう考えても今俺たちがここを離れちゃ駄目だろ! まずあれを塞いでからだ」
「……その間に、ルーシーにもしものことがあったらどうする。……俺はもう間違えたくない」
「間違えたのは私の方かも知れない……」
ソフィアは蒼白な顔色で無意識的にそう呟く。
「ルーシー自身が選んだ、あの決断をしていた方が、もしかしたら今も元気でいられたのかもしれない……」
(あの時の……決断?)
レオンはその言葉と、ルーシーのはにかんだような笑み、そして自身が過去に奴隷だったことに負い目を感じていること全てを結合して、ある結論にたどり着いた。
「……そうか、君はあの時……」
レオンは軽く拳を握って、息を吐くと電子端末を取り出した。
「ああ、頼む」
そしてルーシーの身体をしっかりと抱き抱えて地上へと降り立つ。
その先には、既に彼の執事のトーマスや護衛達が待機をしており、レオンはトーマスに対し慎重にルーシーを預けた。
直接王城から出かけていったレオンの様子に周囲の職員が慌ててトーマスに連絡を入れてここに駆けつけたと言うわけだっだ。
なお、未だに隠蔽魔法の効果は続いているので、彼らにキマイラや蒼の狭間は認識出来ておらず、ここには魔物の調査に来たことになっていた。
「……陛下、シュナイダー様に一体何が起きたのですか……」
絶句するトーマスに、ここは誤魔化さない方が良いと判断し、ある程度打ち明けた。
「詳しい経緯は後ほど説明するが、彼女はおそらく以前使用した大魔法よりも程度の高い魔法を使用し、このようになった。至急セイント病院へ搬送してくれ」
「……かしこまりました」
そもそも彼女をその病院へ搬送するには様々なしがらみもあるが、ともかく緊急を要することは理解が出来たので速やか動いた。
護衛や万が一の為に同行していた医療スタッフ等に連れられて、ルーシーは王室保有の車の後部座席に座る医療スタッフにしっかりと支えられて、病院へと搬送された。
小さく息を吐いて再び上空へと舞って行く自分の主人を、トーマスは妙に落ち着いた気分で見守った。
その行動はきっと正しいことだと、漠然と思ったのだった。
□□□□□
『────蒼の力よ。悠久の時を経て得たその力の均衡を保て』
レオンを中心に、向かって左手にいるジークはティソナを翳し、向かって右手にいるソフィアはシルバーワンズを握りしめ、レオンの発する蒼光を受け止めた。
そして二人はお互いに顔を見合わせて、その光をほぼ同時に蒼の狭間に向けて放った────
サアアアアアアアアアアア
蒼の狭間はその姿を消し、その場所には始めから何もなかったかのような変哲の無い空間に戻る。
「ジーク」
「ああ」
二人は空高く再びそれぞれの武器を翳してみた。
「……私の方は反応が無いみたい」
「俺の方も無いな」
「……と言うことは……」
二人が同時にレオンの方に視線を移すと、彼は小さく頷いた。
「……蒼の狭間が閉じた際に、蒼の均衡も保たれたんだろう」
レオンは身体全体の力が抜けたようだった。
「これで魔物の出現は無くなるか減少に転じ、少なくとも上位の魔物は出没しなくなるだろう。……終わったんだ、ようやく……」
レオンはそう言って瞼を閉じると、その奥にはボロボロになったルーシーが浮かび、思うよりも早くその身体は地上を目指していたのだった。
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