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【完結】国王陛下と恋を始めます  作者: 清川和泉
第7章 蒼(あお)の力

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第53話 ルーシーの魔力が高い理由

ご覧頂きありがとうございます。

 時は(さかのぼ)り、ルーシーが十四歳の頃。

 その時の彼女は、【トロニア】のケルブという王都に住んでおり、住居は王城の離れの塔の一階の奥にある奴隷専用の部屋であった。


 当時、塔に住まう奴隷はルーシーを含めて五人ほどいて、皆その部屋に集められて生活していた。広さは六畳程であり、五人が生活するには手狭であった。

 また奴隷は、ファーストネームのみ生まれた時に親なり所有者なりがつけるので持っているのだが、彼女たちはここでは名前ではなく番号で呼ばれていた。


 ちなみにルーシーは五番目を与えられ、周囲から「五番」と呼ばれ、五人の中で一番低い地位とされた。

 そのために、塔の主人の侍女の奴隷であると同時に、他の四人の奴隷たちからも(てい)よく使われていたのだった。


「おい、五番! 今日は俺が当番だが、お前が代わりに(めし)を作れ!」

「はい! ただいまお作りします!」


 ルーシーは、塔の廊下の掃除を終えて奴隷たちの大部屋に戻るや、突然三番目の奴隷である三十代の男性に声をかけられ、彼らの夕食を作ることになった。


 彼女は粗悪なウールの裾の長いゆったりとした衣服を身につけており、その服はもう何年も着たおしているので生地のところどころが薄くなっていて、穴も空いている。


 今の季節は十二月なので、その衣服一枚ではとても防寒など出来でいないのだが、他にあるのは替えの着たおした他の衣服やショールくらいしかなく、それも薄手である。


「五番、私の靴も直しておいて。もう底が擦れてしまって穴が空いちゃったの。私の主人は靴なんて新しく用意してくれないから、念入りに塞ぐのよ。いい?」

「は、はい! 分かりました!」

「おい、五番! お前、昨日頼んでおいた俺の上着の破れ、直したんだろうな?」

「はい、一番さん。直してこちらにあります!」


 自分のスペースである部屋の角の小さな棚から麻の素材の上着を取り出し、丁寧に一番目の奴隷に手渡すが彼は無造作にそれを受け取ると、眉を釣り上げた。


「おい! お前ここの部分がまだ直って無いだろうが! 今すぐやり直せ!」

「す、すみません!」


 ルーシーは一番目の奴隷に深々と頭を下げて、投げつけられたその上着を拾った。


「……それでは、今から食事を作ってから、作業を始めますので……」

「早くしろよ!」

「は、はい……」


 五番目の奴隷のルーシーにとって、これが日常であり、他の奴隷たちに対して頭が上がらないのである。

 ちなみに奴隷の順番は年齢順らしいが、彼らの主人のその時の気分で大体決まる。


 結局この日は五人分の食事を作った後、部屋の角のわずかなスペースで、三人の奴隷から命令された雑務をこなしていた。

 

 ちなみに今日の食事は、粗いライ麦のパンとレンズ豆のスープ、羊肉の炒め物だったが、材料自体が少なくどうしても一人分足りなかったので、ルーシーは他の四人に促される前に遠慮をして、スープや主菜は食べずパンのみを食した。


「……はあ、疲れたな……。それにお腹空いた……」


 時刻は既に二十二時を過ぎており、部屋の中は真っ暗で、文明的に(あかり)を取る手段も発達しておらず、あったとしても奴隷であるルーシーにはおそらく与えられはしないだろう。そのため彼女は、油を引いた灯明(とうみょう)用の器に芯をつけて灯を取っている。

 

 なお、他の奴隷たちは男女別の専用の寝室で既に就寝していた。

 自分の腹の音が鳴るのを虚しく聞きながら、一番目の奴隷に命令された衣服の繕いを、粗末な針と糸で行っている。


「……一番下の奴隷である私が、皆さんの雑務もこなすのは当然だけど……、でも、なんだろう……」

 

 ルーシーは思わず目頭を押さえた。


「五番、来なさい」

 

 ルーシーがこみあげてくる涙を指で拭っていると、外側から施錠されている鍵を開けて入室した人物から不意に声がかけられた。


 ルーシーはすぐに振り向きその人物に対して平伏した。


 なおその人物は、燭台(しょくだい)を手にしているので、蝋燭(ろうそく)(あかり)がその人物の顔を照らし、誰なのかを判断することが出来たのだった。


「クレマン様! これは、わざわざこんなところにまでお越しいただいて、申し訳ありません」


 クレマンと声をかけられた人物は女性であり、この塔の主人の侍女であった。ちなみにクレマンはファミリーネームで、名前はマールと言う。

 ルーシーはこのマールに一月ほど前に連れられ、彼女の奴隷としてこの塔に住んではいるが、実際には侍女たちがこなす以外のことを行わせるために連れてこられた「この塔」の奴隷だった。

 また、正確にはルーシーを含め二人は塔の奴隷であり他の三人は王城の別の場所を担当している。


「ジェシカ様がお呼びだわ。今すぐついて来なさい」

「は、はい」


 マールは必要以上にルーシーと会話をしないように意識しており、足早にその場から離れた。


 ルーシーは灯明用の芯に灯る火を息を吹きかけて消し、暗闇をマールが持つ燭台の灯を頼りに辿々(たどたど)しく進み、回廊を長い時間登る。


『対象者に飛翔の力を! フライング!』


 マールは一人で飛翔魔法であっという間に最上階まで駆けて行き、到達した場所からルーシーに早く来るように促した。


「はあ、はあ……。凄いな。私もあんな風に飛べたらいいのに」


 かなり長い回廊なのでほぼ塔の中に閉じ込められて殆ど運動などしないルーシーにとって、この回廊は非常に辛いものがあった。

 ちなみに主に「塔の奴隷」なのはルーシーと二番目の奴隷であり、他の奴隷は王城の敷地の別の場所を受け持っている。

 だが奴隷の住居は塔の一部分を使用しているので、先程のように食事等は皆で摂っているのである。


 マールは最上階に設置された鉄製扉をノックして、返事があったことを確認すると鍵を取り出して解錠し扉を開けた。


 途端、ルーシーの視界に光が、部屋の明かりが飛び込んで来る。


 ────それは、まるで昼間なのではないかと思うほど明るかった。

 この時のルーシーは知るよしもないが、これは光魔法の効果によるものだった。


「ジェシカ様。五番を連れて来ました」


 ジェシカと呼ばれた女性は部屋の奥の窓際に置かれた椅子に腰掛けていたが、二人が室内に入って来るとそっと立ち上がり、部屋の中央に置かれた円卓まで足を運び椅子に腰掛けた。


「ご苦労様でした。……マールは外していてくれるかしら?」

「……かしこまりました。それでは用がお済みでしたらベルでお知らせください」

「分かったわ」


 マールは速やかに退室すると、再び扉を施錠し飛翔魔法で地上まで降りていった。

 


 □□□□□



「……あなたと会うのは、二回目ですね」


 床に伏せて目の前の女性の動向を探っていたルーシーは、緊張で震えながら答えた。

「は、はい……」

「顔を上げてもらえますか?」


 ルーシーは恐る恐る顔を上げると、視線の先には緩やかなウェーブがかかった金髪の女性が自分に対して微笑んでいた。

 彼女は絹の寝間着を身につけており、白い素肌と溶け合い彼女に良く似合っていると思った。

 

 ────何故、高貴なるお方が自分(ごと)きに丁寧な物腰で話してくれるのだろう。


 ルーシーはそう思ったが、身体が震えてとても口に出せそうになかった。


「そんなにかしこまらないでください。……あなたは、私とあまり歳は変わらないでしょう?」


 そう言って苦笑する彼女は、あどけなが残ってはいるが、金色の大きな瞳に鼻筋の通ったくっきりとした顔立ちである。


(────! 凄く綺麗な方。それに何だろう。雰囲気がとても柔らかくて、飲み込まれそう……)

 ルーシーは気が遠くなる感覚を覚えた。


「あなたのお名前を、教えてもらってもいいですか?」

「へ? は、はい! 五番です」


 ジェシカは再び苦笑した。


「違います。あなたの本当の名前。……生まれた時につけてもらった名前があるでしょう?」


 思わず目頭が熱くなった。というのも、この場所に連れてこられてから、一度も自分の本当の名前で呼ばれたこともなかったし、訊かれたこともなかったからだ。

 

 だから彼女は込み上げて来る涙をなんとか押さえながら掠れた声で答えた。


「……ルーシーです」

「ルーシー……。良い名前ですね。光を連想させる希望に溢れる名前です」

「そんな……。両親はただ単に、村の奴隷の女性に多いありふれた名前だからつけたって言ってました……」

 

 ジェシカはそっと立ち上がると彼女の傍まで歩み寄り、改めて彼女を観察した。


(こんなに高い魔力を持つ奴隷は初めてみたわ。王族の中でも歴代と言われている私よりも、おそらく高い。……今は『封印』されていて魔法を使うことが出来ないけれど、有事の際にはきっと彼女の力は重宝されるはず。……だけど今はまだ、再び『封印』しなければならない。……それが現国王からの命令だから)


 ジェシカはそのままルーシーの前で片膝をつき、彼女の額に手のひらをかざした。


『シーリング』


 瞬間、眩い白い光が部屋中を照らし、ルーシーの額に集まっていく。

 当の本人には、一体何が起きたか理解することが出来なかった。


「あなたは何故、自分が魔法が使えないか知っていますか?」


 光がおさまり、立ち上がって再び椅子に座るなりジェシカはルーシーに問いかけた。

 ルーシーはぼんやりしながら、首を横に振った。


「分かりませんが、私は奴隷であるし、魔法を使える方は皆んな特別な方だと教わりました」

「……そうですか」


(それは、半分は正解。だけど本来は、この世の中の人間全てが魔法を使えるの。だけど奴隷や一部の平民が使えないのは、私達や各集落の長達が彼らに対して産まれた直後に封印を施すから。だけどあなたのように真っ当に生きてきた奴隷は魔力が高くなり、封印が自力で解かれることもある。そこのところをあなたは見つかって、ここに連れて来られてしまった……。ここまで魔力が高いと、同様に魔力が高い者が封印を施さなければ封印することが出来ないから……)


 そう思うと、ジェシカはルーシーに対して哀愁を感じ、もう少し会話をしてみようと思った。


「あなたには、以前にもここに来てもらいましたね」


 ルーシーは身体を硬直させながらも、何とか言葉を発する。


「……は、はい。あの時もジェシカ様は、私のような者に気さくにお話ししてくださいました……」


 ルーシーは床に座り込んで、目前の「幽閉されている元王女」を見上げてみた。彼女は相変わらず、穏やかに自分に対して微笑んでいる。


(とても不思議な方……)


 再び飲み込まれそうになる感覚を覚えながら、ルーシーは言葉を紡いでいった。


「あの時は二番目の方と一緒に、このお部屋に発生した虫を駆除するために足を運びました」

「そうそう、あの時のあなたの動きがとても竣敏で頼もしかったです」

「そ、そんな、もったいないお言葉を……」


 そうして二人は少しずつ打ち解けていき、週に一度ほど深夜にルーシーはジェシカに呼ばれて足を運ぶようになった。



 □□□□□



「ルーシーは今まで、どのくらいの期間働いて来たんですか? 加えて人からの頼みを断ったことはあるのですか?」


 ルーシーは円卓に備わっている椅子に腰掛けて、彼女の質問に答えた。


「えっと、故郷の村では農奴でしたから朝から晩まで畑仕事をしてました。加えて、家族や村の人達から頼まれる雑務をこなしていて、人からの頼みを断ったことは、今まで一度もありません。それから……」


 彼女の言葉を飲み込むと、ジェシカは頷いた。


(このトロニアでは、ことに正の力が個人の魔力を高める役割を担ってる。だからほぼ無償で働く奴隷が行う労働や行いが正の力として作用し、その人物の魔力を高めていくの。それはあちらの世界でもそうであったようだけど、おそらくこちらの方が何倍もその作用が高いだろうと言われているわ)


 加えて、王族や貴族の魔力の高さは一般的に血筋だと言われており、確かに彼らは魔力が生まれつき高く持って生まれる者が多い。


 また王族に限らず、魔力が高い者は生まれつきの者が多いが、ここトロニアではその者の行いにより高めることも出来る。

 ただその仕組みに関しては王家のみの秘密となっており、一般的には知られていないことであった。


 ジェシカはルーシーの魔力が高い理由を思案すると、少し心配そうに声を弱めた。


「時には、人からの頼みを断ることも大事だと思います。もうあなたは充分に働いているのですから」

「そ、そんな恐ろしいこと、私には出来ません。……それに、あまりにも沢山の量を一度に頼まれるのは困ってしまいますが、頼み事をされてそれを達成すること自体は嫌ではないんです。私が誰かの役に立てるのなら、嬉しいんです……」


 ジェシカはルーシーの「人の役に立てて嬉しい」と言う言葉が印象に残り、胸の奥に染み渡った。


「そうですか……。ですが、その人が本来行わなければならないことまで行う必要は無いと思います。断る、もしくは受け流すことが出来る様になると良いですね」

「は、はい……」


 そう言って苦笑するルーシーを見ていると、きっとそれは難しいんだろうなと思った。


「ルーシー、今日はあなたに知っておいて欲しいことがあるんです」


 そう言って彼女が取り出したのは、『大魔法』の詳細が記述された魔法書であった。


「ジェシカ様、私はとても魔法なんて使えませんし、まず理解が出来ません!」

「でも、文字は読めるんでしょう?」

「は、はい、一応読むだけでしたら。以前村の村長様のご息女様に、本を読んで感想を伝えるようにと無茶な要求をされましたから、その時に一冊の辞書も借り受けて必死に覚えました。……ただ、故郷はその後ドラゴンに襲われて、私は着の身着のまま放浪して、ここに辿りついたのですが……」

「そうですか……。大変な思いをされたんですね」


 その話を詳しく聞きたい衝動に駆られたが、今はともかく本題に入ろうと思った。


「……ただ、文字が読めるのなら問題はありません」


 そう言って彼女が見せたのは、『グラビディ』と、幾つかの大魔法の呪文が記載されたページであった。

「きっとこの先、あなたはこの魔法を使用することになると思います」


(国王が、……叔父様が諸々の最終手段として、あなたを利用するためにこの呪文を覚えさせていることは、とても打ち明けられない……)


 再び彼女に対して哀愁を感じたのだった。

ご覧頂きありがとうございました。


次回もご覧頂けたら幸いです。

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