第50話 蒼(あお)の狭間
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その日は、朝から嫌な予感がした。
朝、ルーシーは自宅の玄関を出て夜に再び戻って来るまで胸の動悸が治らなかった。
ちなみに、今日は魔法検査薬の仕事が大量に回ってきたので残業をし、十九時半を過ぎての帰宅となったのだった。
「……何だろう……この嫌な気配は……。やっぱり魔物?」
朝から何度もそう思い、その度に受信が機搭載されている腕時計を確認するのだが、特に反応は無かった。
「魔物じゃ……ないのかな」
ともかく、晩御飯を食べようと冷蔵庫を開き今晩作れそうなメニューを巡らせるが、どうにも気にかかって集中ができない。
「……レオンさん、何してるかな」
普段だったら料理を始める前に彼の動向が気になることは無いのだが、今は何故だか酷く気にかかった。
すぐさま電子端末を操作し、レオンに電話をかけるが繋がらなかった。
「……仕事かな。うん、レオンさんは忙しい人だからきっと今も手が離せなくて電話に出られないだけだよ、うん」
そう自分に言い聞かせるが、余計に動悸は酷くなり治まってくれそうになかった。
「……駄目だ。気になって仕方がないよ」
ルーシーは気がついたら、靴を履いて自宅の玄関を出ていた。
そして宿舎を出ると、一度立ち止まり深呼吸をしてみる。
「……あちらの方から嫌な気配がする。……でもあそこって……」
ルーシーが気配を察した方角は、彼女がよく仕事で赴く方角──東南部だった。
「……やっぱり魔物なのかな……。でも、何か違うような……」
ともかく、ルーシーは一目のつかない場所、近所の公園まで移動するとすぐさま飛翔魔法を使用し夜の空を掛け、その姿は瞬く間に小さくなっていった。
◇◇
ルーシーがその件の場所に到着したのは、あれから十分程経ってからだった。
既に周囲は暗闇に包まれており、夜目の効かぬルーシーは捜索をしようにもまず周囲の判断がつかないので明かりを確保することにした。
『ライトニング!』
それは、通常攻撃魔法として使用されることが多い光属性の魔法だが、対象者を選ばず威力を最小限に抑えて使用すれば周囲を照らし一変させ、昼間のような明るさに変えることが出来るのだ。
──尤も、光属性の魔法を使用することができる魔法士は、世界でも数人しかいないのだが。
周囲が明るく照らされて森林の様子が露になったが、その周辺には魔物どころか人の気配もせず確認しても見当たらなかった。
「……やっぱり気のせいだったのかな……?」
杞憂だったのかと胸を撫で下ろすが、実際に何も無かったことを目の当たりにしても、どうにも動悸が治まってくれそうになかった。
「……むしろ、動悸はさっきよりも酷くなって来た気がする……。なんだろう。何かが起きてる?」
そして、ルーシーは無意識にスッと目を閉じて何も考えないように──無我の境地に自然と入る。
それから静かに思考を動かすと、直感が過った。
「そうだ。……これは隠蔽魔法だ!」
ともかく、考えるよりも先に気がついたら言葉が発せられていた。
『キャンシェレイション!』
それは打ち消し魔法であり、隠蔽魔法や他の不都合な効果を打ち消す効果があるのだが、ルーシーは念のため周囲一辺にその魔法をかけた。
すると瞬く間に広大な裂け目、空間の裂け目のようなものと巨大な魔物、それからソフィア、ジーク、レオンの三人が姿を現した。
レオンは仕事先から直接駆けつけたのかスーツを身につけており、他の二人は私服である。
「…………ルーシー」
ソフィアはゆっくりと彼女の方を向き、安堵したのか両手に抱えていた杖を手放すと、それは白光となって消えていった。
そして空中ではあるが、膝を抱えるようにその場でうずくまる。
ジークは荒い息を吐きティソナを構える姿勢を緩め、レオンはルーシーを確認すると表情を変えずに小さく何かを呟き、再び真っ直ぐ魔物と対峙する。
ルーシーはすぐさまソフィアの側まで飛翔し、間髪入れずに魔法を使用した。
『ヒーリング・モスト!』
迅速にソフィアの周囲に強力な蒼白い光が包み込み、彼女の体力を癒し外傷を塞いだ。
「何があったんですか⁉︎ これは何なんです⁉︎」
ルーシーはようやく自分の中で時が動き始めた感覚を覚え、ソフィアはそんな彼女に安堵したのか長く息を吐き出してから呟くように事情を説明していく。
「……私たちもまさか、蒼の狭間が出現するなんて……思ってもいなかったの……」
「蒼の狭間。……もしかして、あの空間の切れ目みたいなもののことですか?」
改めてその裂け目に視線を移すと、ルーシーの動悸が激しくなり既視感と共に冷や汗と鳥肌が立つ。
「……私、この切れ目を知っている気がします」
その狭間を眺めていると、急に胸の鼓動が高鳴りかつての自分の声が蘇る。
『私は……どうにか再び蒼の狭間を通って……アルト君に……お願いしてみようかと……』
(……今のは私の声? もしかして、以前にもあそこを通ったことがある?)
再び彼女の鳥肌が立つが、切れ目の前に立ちはだかる巨大な魔物が動き出したので違う緊張が走る。
グオオオオオオオオ
レオンとジークは、互いに頷き合いそれぞれ左右に飛び魔物から離れた。
「あの魔物は何なんですか! 初めて見ましたけど、もしかして蒼の狭間とかいうところから出現したんですか⁉︎」
ソフィアは力無く頷くと、ものの三十分ほど前からの出来事を無意識に脳裏で巡らせた。
◇◇
──何だろう、この気配は。
魔法カフェで三人で打ち合わせをした日の翌々日。
ソフィアは魔法カフェが入っているビルの下層の住居エリアの一室のキッチンで夕食を作っていると、妙な気配を突然感じたので電子調理器の電源を咄嗟に切ってその場から離れてリビングへ移動した。
「出現せよ! シルバーワンズ!」
両手を広げてそう唱えると、蒼光の中から銀色の長身の杖が現れた。
その杖を握りしめ、瞳を閉じ気配を探るが分からなかった。
「……やっぱり私の杖は反応もしないし、気配の実在は分からないか。……でも」
その時彼女の電子端末から着信音が鳴り響き、すぐさま応答した。
『もしもし、今強い気配を感じたから俺のティソナで確認してみたんだけど……』
「強い反応があった?」
『ああ。ともかくレオンにも連絡をとって各自現場に向かおう。場所は先日探索した辺りだ』
「分かった」
ソフィアは息苦しさを感じながらも、どうにか杖を再び別空間へと戻すと、すぐさま玄関へと向かい出かけていった。
それからはルーシーと同じく飛翔魔法で目的地まで駆けて行くと既にジークとレオンが到着していた。
彼らは目前の切れ目を眺めて絶句している。
「蒼の力のバランスが著しく崩れている。ティソナがこれほど強く反応していると言うことは、負の力が非常に強くなっているからだが、まさかアウザーの力無しに狭間が出現するとは……」
レオンはここまで呟くと、対処しようとまず隠蔽魔法を使用する。
『コンスールメント!』
たちまち一帯が灰色の霧に包まれるがすぐにその霧は晴れた。続いて光属性の下位魔法を使用し周囲を照らした。
そして切れ目の前まで移動すると、瞳を閉じて集中する。が、その時だった。
蒼の狭間から、突然巨大な魔物が出現したのだ。
その魔物は、獣型で頭部はライオンで胴体は山羊、尻尾は毒蛇と言う容態の伝説の魔物──キマイラだった。
キマイラは出現するなりすぐに活動を始め、再び杖を握りしめ空中を飛翔するソフィアに目掛けてその恐ろしい大きな口で焔を吐く。
『対象者に最大限の守りを! プロテクト・モスト!』
咄嗟にレオンが最高位防御魔法をソフィアに向けて使用し、それは間一髪のところで発動し目には見えない防御壁となり彼女の周囲を覆ったが、それでもその衝撃を防ぎきれずその身は弾かれるがすんでのところで耐える。
「…………うう」
衝撃を受けうずくまっていたところを、ルーシーが打ち消し魔法を使用し、続けてソフィア対して回復魔法を使用したのだった。
それからレオンは改めて隠蔽魔法を周囲にかけ、この危機に立ち向かう算段を脳内で立てるべく思考し続けるのだった。
ご覧頂きありがとうございました。
次回から本格的な魔物討伐回(3回目)が始まります。
次回もご覧頂けると嬉しいです。
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