第48話 レオンからの連絡
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それから、その青年がルーシーの身体を抱きしめる腕の力は徐々に強くなり、途端に彼女の鼓動は跳ね上がるが体感温度は低くなっていく。
彼女はその腕を動かしてどうにか彼から離れようとすると、その視線の先には────先日知り合った銀髪の女性ソフィアがいた。
彼女の顔は蒼白となっていくが、ルーシーが必死にその目で離れたいと彼女に力強く訴えると我に帰り、その青年に声をかける。
「ジーク、離れてあげて。彼女は嫌がっているわ」
「……ああ、ごめん。ルーシーがここにいてくれたことが嬉しくて、つい」
言って彼は、ルーシーを抱きしめていた腕の力を緩めると、ルーシーは力なく遠慮がちに彼から離れた。
薄目でその青年を眺めるが、やはり彼女には見覚えのない青年だった。
「……あの、どうして私のことを知っているんですか?」
その声は小さく震えていた。
「…………彼にあなたのことを予め伝えておいたから、……実際に会えて嬉しかったみたい」
そうルーシーの背後から、聞き覚えのある声が聞こえたので思わず振り向く。
ソフィアは彼女を気遣って万が一に備えて、背後に回って身構えていたらしい。
「あの、こちらの方はソフィアさんのお連れの方ですか?」
「ええ」
頷くと、ソフィアは青年に対して鋭い視線で睨みつけ小声で囁く。
「もう少し配慮して欲しいな。彼女はあなたのことが分からないだから。……まあ、あなたが抱きつきたい気持ちは、充分分かるけど……」
「……そうだよな、ごめん」
青年は大きく息を吐いて続ける。
「……だけど安心した。君がこの世界にいることを確認出来たから。ソフィアから聞いてはいたけど、やっぱり自分の目で確認するまでは安心できなかったんだ」
「…………え?」
彼が何を言いたいのか考えあぐねていると、ソフィアが青年の服の裾を軽く摘んで合図を出す。
それに気が付いたからか、青年は姿勢を軽く正して改めて続ける。
「初めまして。俺の名前はジークフリート・ガルシア。通称ジークと呼んで欲しい。大層な名前だけど、親が俺に古代の英雄のようになってもらいたいとかでつけた名前で俺は結構気に入ってる」
「へ、へえ。そうなんですね」
ルーシーは少々情報量が多くて戸惑い、唖然としている。
「まあ、俺の前に現れたのはバルムンクではなくてティソナだったんだけど……」
相手にお構い無しに話し始める彼に、ソフィアはため息を漏らした。
「……それ、突然言われても分からないから」
「そうか?」
目を細めて嗜めるソフィアを横目に、ルーシーは二人を眺めてみた。
ロングソードを軽々扱うジークに対しソフィアは銀色の長杖を握っている。先端のクリスタルが印象的だ。
「……あの、綺麗な杖ですね」
意を決して、ともかく思ったままのことを言ってみた。
「……ありがとう」
二人は思わず固まるが、ジークは大空を見上げて呟いた。
「……やっぱりあまり芳しくないな……」
「……そうね。正直私たち三人でとても対処出来るとは思えない。……だけど」
そう言ってソフィアがルーシーの方に視線を移すとジークもそれに倣ってしみじみと眺める。
「え? え?」
二人がやたら熱い視線で自分を眺めてくるので思わず後ずさった。
「やっぱり、ルーシーにも協力を仰ぎたいところだよな」
「だけど、一度レオンに却下されちゃったんだよね……。勝手なことばかり言うなって」
「そうそう……。あいつ昔よりも頑固になったよな」
「頑固っていうか、まあ、ようやく要請に応えたのにとやかく言ってる私たちの方が、あり得ないんだけどね」
二人が内輪で話始めたので、ルーシーは取り残された気持ちになり徐々に二人から離れ、もう戻ろうと思い立つ。
「……それでは、私はそろそろ行きますね……」
「ルーシー」
ジークがハッキリとした声で言った。
「……会えて良かった。気をつけて」
「は、はい。……お二人もお気をつけて」
腑に落ちないなと思いながらも、背後から感じる彼からの強い視線に胸が再び強く高鳴り出すのだった。
「ジーク」
「分かってる。もう割り切れてるから。……それに」
言ってソフィアに対して笑顔を見せ、ジークは再び剣を空に翳した。
「この国に戻ってきて、改めて俺にとって大切なものが見えたから」
その呟きは、上空に吹く風に乗り頭上に広がる青空に溶けたように彼女は感じたのだった。
□□□□□
その日の二十二時頃。
ルーシーは自室を消灯すると、ベッドに潜り込み身を捩らせ悶々と考え込んでいた。
「あの二人は、あんな所で何をしていたんだろう。というかジークさんは私のこと知ってたみたいだし……」
────彼に、突然力強く抱きしめられたことを思い出した。
とても平然としていられず、思わずベッドから飛び起きて息を大きく吐いた。
「わあーー! 何であんなことをして来たんだろう……と言うか……」
ズキリと胸が強く痛む。
「レオンさんに、なんて言えば良いんだろう……」
目尻に涙を溜め両手で顔を覆った。
「黙っていても良いのかもしれないけど、そうしたらボロが出そうだし……うーん」
再びベッドに横になり身を捩らせていると、彼女の電子端末から着信音が鳴り響いた。
反射的に起き上がり、ベッドのフレームに置いておいたそれを手に取り確認をする。
すると着信の相手はレオンであり、彼女は思わず電子端末を落としそうになった。
「レ、レオンさん⁉︎」
どうしようかと躊躇するが着信は尚も鳴り響いているので、ルーシーは決断し応答のボタンを押した。
「……もしもし」
『悪い寝てなかったか?』
以前に毎日二十二時には寝ると話したことがあるので、彼はそれを覚えていたのかなと思った。
「いえ、大丈夫です」
『そうか……。今日知らない男から突然抱きしめられただろう』
「…………え?」
途端に思考が固まり、その後の言葉を紡ぐことが出来なかった。
だが何度も試みたので、何とか声を絞り出すことが出来た。
「…………はい」
(どうして、レオンさんはそのことを知っているんだろう……。もしかして、私に隙があったって責められるのかな)
彼が返答をするまで動悸は治らず、もはや生きた心地がしなかった。
『恐かっただろう。大丈夫か?』
だがその返答は思っていたものと違ったので、ルーシーは気が抜けてベッドにうつ伏せになりながら何とか答えた。
「……正直驚きましたが、今は大丈夫です」
『そうか、……安心した』
レオンは心からそう思ったのか、安堵の息を吐き電話越しでもそれは確認出来た。
その彼の様子に少しだけ緊張が解けたので、彼女息を吐いて気を落ちつかせようとする。
『その男は俺の古い知り合いで、実はソフィアから詳細を聞いた。もちろんその男も一緒にいたし、ソフィアとは二人きりでは無いから安心して欲しい』
「……そうなんですね」
返事をしてから必死に釈明しているようで、何だか微笑ましく思った。
そう思うと、ふと二人が言っていた言葉が気になり出す。
「……そう言えば、空を仰いぎながらあの二人が言っていたんですけど、何か芳しく無いそうなのでもし良かったら私も何か協力出来ることがあれば……」
『いや大丈夫だ。君にこれ以上負担をかけるわけにはいかないからな』
間髪入れずに応えられたので、彼女はこれ以上提案しない方が良いかもしれないと思った。
「分かりました」
『それではこれで失礼する』
「は、はい。おやすみなさい」
『おやすみ』
通話を終えると再び電子端末をベッドフレームに置き胸を撫で下ろしながらベッドに横になった。
「……心配してもらっちゃった」
ルーシーの顔は思わずにやけ、しばらくベッド上でゴロゴロと寝転んで、幸せを噛み締めていたのだった。
するとふと二人が、いつか思い出した黒髪の青年と銀髪の少女と重なって瞼の上に浮かんだ。
「……あの二人って、もしかして……」
だが記憶は混濁として、ハッキリとしてくれなかった。
それでもどうにも気になった。
(あの二人が私の力を必要としているなら、力になってあげたいな)
そうぼんやりと思うのだった。
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