第45話 テレサの打ち明け話
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マギア王国の王都ローランの中心部の丘上に、国のシンボルにもなっているヴィストワール城がある。
その場所から、車で十分程の距離に位置する場所に、高層マンションやタワーマンションが建ち並ぶ区画がある。
その内の一つである三十階階建ての高層マンションの最上階に、テレサの自宅はあった。
もともとこの部屋は、両親が別邸にと購入した部屋であったのだが、テレサが王城に勤めることが決まった際に両親から無償で借り受けたのだった。
「やはり不躾だったかしら……」
テレサは一人呟くと、リビングのソファーから立ち上がり部屋着を着替える為に自室へと向かった。
自室は十畳ほどの広さで、寝具やテーブル等は彼女の好みでナチュラルな色合いのもので統一してある。
彼女はウォークインクローゼットへと入り、いくつか服を見繕い手早く着替えていく。
「……補佐官に相談したいこと……」
もちろんその内容は予め目星はつけており、内容も自分なりに精査した。
だが、いざ本人打ち明けるとなると本当にこのことを彼女に打ち明けてしまっても良いのだろうかと、迷いも出てくる。
「……だけど、もう後には引けないから断行するのみだわ」
白ブラウスのタイリボンを姿見で確認しながら綺麗にそれを結び、次いで接客の用意のためにキッチンへと向かった。
ティーセットの準備やお茶菓子の準備等を一通り行ったところで、リビングのインターホンから呼び出し音が鳴り響いた。
「……よし」
小さく呟くと、足早にリビングへと向かって行ったのだった。
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「わあ、素敵な景色ですね……!」
ルーシーは玄関に案内されると、まずその広さに目を見開き、オズオズと廊下を進みリビングの扉を潜った。
まず目前の窓から広がる、まるで展望台のような景色に息を呑み、次にナチュラルテイストの室内に目を奪われたのだった。
「どうぞ、こちらにお掛けになってください」
テレサはすかさず一人掛けのソファに彼女を案内し、自身はキッチンへと足を運びティーセット茶菓子をテーブルの上に運んだ。
「わあ、素敵なカップ! ありがとうございます」
「いいえ。こちらこそ、突然お誘いした上に自宅までご足労を頂き申し訳ありません」
慣れた手つきでティーポットに手をかけ、カップに紅茶を注ぐテレサを見ていると、招かれたことによる緊張感が和らぐようだった。
「それで……」
テレサは自分のカップにも紅茶を注ぐと、三人掛けのソファに座り姿勢を正した。
「今日こちらにお越しいただいたのは、シュナイダー補佐官に相談したいことがあるからなのですが……」
「……はい」
ルーシーは思わず生唾を飲み込んだ。
(……やっぱりレオンさんとのことを言われるのかな……。あなたは相応しくないって突き放されるのだろうか……)
ギュッと両手を握り締め目を瞑り、その言葉が投げかけられるのを待つ。
「実は、私……。恋愛をしないことにしているんです」
ルーシーは目をゆっくりと開き、恐る恐るテレサの顔を覗き込んでみた。彼女は柔かな表情でルーシーを眺めている。
「…………え?」
テレサは息を小さく吐いてから、カップに口をつけ紅茶を含ませてから続ける。
「……過去にこの国では反乱がありましたでしょう? 実は私、その反乱を引き起こしてしまった原因の一人なんです」
「…………え?」
今度は少し語気が強めになるが、思わぬ彼女の告白にルーシーの思考は鈍くなっていく。
「……ご存知の通り、先の反乱では王族の方々が命を落とされました。……それを考慮すると、今の私の立場やここに住むこと自体、許されることでは無いと思うのです」
彼女は何故突然そのような告白をし始めたのだろうか……。
ルーシーは鈍い思考で必死に巡らせていた。
「ですが、その時の繋がりを使ってせめて国の復興に役に立ちたい。その一心で王室に入り陛下の秘書となったのです」
テレサの彼女を見つめる眼差しが真摯で、それでいて熱かった。
────ルーシーは全く視線を外すことが出来ないでいた。
(……こんなに大変な告白を、何故今私にテレサさんはしたんだろう……。でも、何故かな、その話前から知っていたような……)
「ですので、私は国のために尽くすことは致しますが、私生活の充実は特に望んでおりません。ですが……」
テレサの瞳は陰り、ルーシーから視線を逸らした。
『あなたは客観的に見ても、先の反乱に直接的に関与したわけではないし、自身の影響力をただ利用されたということを、……あの時の僕も理解はしていたんです。ですが、どうしても収まりが効かなかった。……申し訳ないと思っています』
先のダニエルからの言葉を思い出し、思わず声が小さくなる。
「先日、あの頃に私の罪を糾弾した方から、申し訳なかったと謝られてしまったのです……。ですが、私は……」
旨まで話すと、息を呑んで耳を傾けているルーシーに気が付き、テレサは口元を緩ませて息を吐いた。
「突然込み入った話をしてしまい、申し訳ありません。……ですが、あなたにはこのお話を知っていて欲しかったのです。……陛下がお選びになった方なのですから」
途端にルーシーは、普段かかない部類の汗をかいた。
「…………ご存知……だったんですね……」
テレサは優しく微笑みながら頷いた。
「ええ、もちろん。私は是非あなたの力になりたいのです。ですがその前に、私自身の身の上や胸のうちを打ち明けなければいけないと思い、不躾ながらお話させて頂きました次第です」
ルーシーの思考が少しずつ戻ってくる。
「……私と、同じですね」
テレサは目を細めた。
「…………と言いますと」
「実は私は……孤児で、陛下とはとても釣り合うような人間じゃないんです。ですからいつかは別れなくてはいけないとは思っているんです……」
少々思案した結果、自身の本当の素性伏せて自分のことを「孤児」と明かしたのだった。
「だけど……やっぱり……」
テレサはそっと立ち上がり、震えながら呟くルーシーの両手をそっと揃えて、その手の上に自身の両手を乗せた。
「……私がこのようなことを伝えても、あまり説得力は無いのかもしれませんが、私は出生はあまり関係がないと思っています」
ルーシーは思わず目を強く瞑り、首を小刻みに横に振った。
「……そんなことは……」
「……何しろこの国は数年前に反乱があり、その期間は一年もありませんでしたが一度無政府のような状態を経験し、その上で再興していますから」
テレサの手が優しく握りしめる。
「今この国で必要とされているのは『出生や肩書きではなく、……人なり』だと思うのです。それは例えばその方の実力や人柄、良心的な心を持っているのか等ですね」
テレサはそっと立ち上がり、再び柔らかい笑顔でルーシーに微笑んだ。
「シュナイダー補佐官は、そのどれも持ち合わせていると議会から評されたのですから、どうかご安心してくださいね」
「…………」
気がつけば、ルーシーは下を向きながら涙を流していた。
(てっきりテレサさんのような完璧な方は、私のような生まれの人間のことを認めてなんかくれないと思っていたのに……。なんて素敵な方なんだろう……)
そう思うと、その言葉は自然と紡いでいた。
「……でしたら、テレサさんも過去にご自身は過ちを犯したと仰っていましたが、きっとそれももう許されてもいいんだと思うんです」
「何故ですか?」
間髪入れずに投げかけられた質問に、ルーシーは怯まなかった。
「だって、テレサさんこそご自身の以前の繋がりなどを利用して、今もこの国のためになるように働いていらっしゃるじゃないですか。……それに過去に糾弾された方もきっとそう言う貴方を知っているから謝罪をされたのかと……」
ルーシーが話し終えると、テレサは力が抜けたのかソファにストンと座り込み、しばらくそのまま考え込んだ。その間ルーシーは心配そうに覗き込んでいる。
「……そうなの、かもしれませんね……」
そう発した彼女は何か吹っ切れたような表情をしていた。
「……あなたに打ち明けて良かったです。……ルーシーさん」
窓からは、いつの間にか日が暮れたのか夕焼け空が広がっていて、目尻に涙を溜めたテレサを、より美しく際立たせているとルーシーはふと思ったのだった。
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