第42話 胸中の告白
ご覧いただきありがとうございます。
今回は前回の件で、ルーシーの心に暗雲が立ち込めている状態から始まります。
テナーの車の助手席に乗り込んだ後、ルーシーはしばらく無言で窓の外の景色を眺めている。
その様子を横目に、隣で運転をしているテナーは内心どう声をかけて良いかを考えあぐねていた。
(きっとルーシーは、ソフィアと俺の関係について疑問を持ったはずだ。……いや、それどころか何か大きな誤解をしているかもしれない)
意を決して、隣の席の彼女に声をかけた。
「ルーシー。先程のことなんだけど」
瞬間、彼女はすぐにテナーの方に振り向き、注意深く彼の動向を伺う。
「驚かしてごめん。彼女は昔からの友人で、特別な関係ではないんだ」
思わず彼女の眉間に皺が寄った。
「特別な関係って?」
「い、いやだから、……恋人同士、だとか……」
珍しく彼の語気は弱く、言葉を濁す。
「でもレオンさんは、ずっと彼女と会いたかったんでしょう? 六年も前から……」
自然と涙が溢れ落ちた。
と同時に彼は、ルーシーが自分のあの言葉に対して誤解を抱いたのだと理解をする。
「違うんだ。あれはそう言う意味で言ったわけじゃない」
「じゃあ、どう言う意味だったの?」
涙は、次から溢れてきて止まらなかった。
だが本当のことを打ち明けると、ルーシーが彼らに『記憶操作』をされたことを説明しなくてはならず、それはこちらから打ち明けてはならないこととなっているので、難儀だった。
だからと言って、他に上手く説明が出来る理由も思い浮かばなかったので、しばし無言となる。
彼女はテナーが何も答えなくなったので、痺れを切らせて再び助手席の窓から景色を眺めてぼんやりしている。
(このまま何も言及しなければ、彼女の中で大きなわだかまりが出来て、俺への不信感が募るだろう。……最悪このまま別れるなんてことに……)
そんなことは絶対に避けなくてはならないと思い、テナーは口を開いた。
「……彼女には確かに昔世話になった。だがそもそも彼女には昔から想い人がいて、初めから一切そう言う感情で俺のことを見たことは無いんだ」
思わず振り返る。
「……そうなんですか?」
「ああ」
(……それにその相手は、君のことを……、いや、それは今はいい)
「以前は彼女から何度も、その相手との愚痴だとか恋愛相談をされたものだ」
「え⁉︎ レオンさんが恋愛相談⁉︎」
彼女のその声は、最近の中で一番大きいものだった。
「そんなに意外か?」
「はい‼︎ もの凄く意外です‼︎」
先程までは涙を流していたと言うのに、今は打って変わってその目を輝かせていた。彼は内心安堵をするが、ルーシーの切り替えの早さに少々戸惑っていた。
「まあ、基本的には聞くに徹するばかりで、大したアドバイスは出来なかったけどな」
「それでも、聞いてもらえただけでも嬉しかったと思います」
柔らかい声で自分に笑いかける彼女を見ていると、日頃の国内の政治問題や、魔物討伐問題等から来る悩みや不安が、和らぐようだった。
(今日はさりげなく、このまま本邸に……。いや駄目だ、まだその時じゃない。それに、ただでさえ先日彼女を別邸に連れて行った件で、あれだけ侍従たちから早く結婚するように追い立てられたんだ。本邸に連れて行ったら……うん、考えるのはやめよう)
そこまで思考を巡らせると、彼はふとあることに思い当たった。
──── 『……でもね、レオン。私たちがあの行動を取らなくても、きっと彼女は自分からあなたの側を離れていたと思うの』
(あれは、どう言う意味なのだろうか……)
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あの頃の彼女が、一体何を思って自分から離れようとしていたのか、テナーは考えあぐねていた。
(あの頃の彼女は、言葉にはしなかったが自分に好意を寄せてくれていたと思うし、俺もそうだった。それなのに、彼女が側を離れるとは思っていなかった……)
ルーシーがレオンに好意を寄せていた根拠は沢山あった。
そもそも危険を承知で、自分に付き合い様々な場所へと足を運んでくれただけでも、その結論に至る動機となった。
(……やはり、彼女の出生か。それに俺と結婚するということは……)
そうして思案しているうちに、テナーの車は魔法士宿舎の駐車場へと辿り着いていたので、彼は操作し駐車した。
「送っていただき、ありがとうございました」
名残り惜しそうに扉を開いてから、車外に出ようとしている彼女の腕を掴んで、テナーはそっと彼女の唇にキスをした。
「────!」
彼女は頬を染め、思わず唇を手のひらで覆う。
「……また連絡する」
彼がそっと微笑むと、ルーシーは小さく頷いて発車していく彼の車を見送ったのだった。
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「……はあ。心臓がもたないよ……」
胸を押さえて宿舎の自動扉を潜ると、そのすぐ後に続いて彼女の同僚ライムが室内に入ってきた。
「ライムさん、こんばんは」
ライムは声をかけられると、少々気まずそうに目を細めながら彼女に耳打ちした。
「あの……私、さっきルーシーさんが例の大学生の彼と……キスしてるの見ちゃいました」
瞬間彼女の思考は固まり、文字通り白くなるが一時置いて戻って来ると、思わず大声を出していた
「……………………え‼︎」
「若いって、良いですね……」
そう言ってニヤつくとも、憂いをおびているとも言える目をして、彼女はエレベーターのボタンを押してそれに乗り込んだので、ルーシーは固まりながらも続いて入った。
「……それにしても、なんか彼の車高級車じゃなかったですか?」
ルーシーの鼓動は思わず跳ね上がった。
「そ、そうですかね?」
物凄く目が泳いでいるが、気づいているのかいないのか、ライムは構わず続ける。
「あー、もしかして彼、どこかの御曹司なんですか? 良いですねー。あー私も彼氏欲しい……」
「あはは……」
誤魔化すために何か無いだろうかと周囲を見渡していると、ふとライムが手にしている電子端末が目に入った。
その画面には、先程まで会っていた彼の姿が映っていたので、思わず声をかけた。
「あの、その画面って……」
「ああ、これですか⁉︎ これはですね、今朝更新された……」
そうライムが勢いよく「レオンの非公式ファンクラブ」について語っていると、ルーシーの心中にある思いが沸々と湧き上がってくる。
(……私もファンクラブに入ろう……)
その後彼女は自分の部屋に戻り支度を済ますと、おぼつかないながらも電子端末を操作して、無事会員となったのだった。
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その黒髪の男性は、空港のゲートをくぐると軽快に歩みを進めロビーへと足を運んだ。
「……この国も久しぶりだな。あいつらは元気でやってるかな。……ルーシーは、俺のことも憶えていないんだろうけど、耐えられるかな……」
そう呟くと、既に出迎えが来ているはずのロビーへと向かって行った。
ご覧いただき、ありがとうございました。
今回ついにルーシーが、レオンの非公式ファンクラブに入りましたので、その全貌が判明するかもしれません(需要が……)
それでは、次回もご覧いただけると嬉しいです。




