第40話 魔法カフェでの再会
ご覧いただき、ありがとうございます。
「陛下。お待ち申し上げておりました」
「ああ」
レオンが件の店の扉を開くと、待ち受けていたのかすかさず店員が深く会釈をしている。
その店員はレオンが頭を上げるように声をかけると、綺麗な姿勢で立ちその姿が露になった。
彼はおおよそ四十代程の男性で、レオンよりはやや低いが長身で茶髪、何処となく優しげな雰囲気を持っている。
だが、何処か気を許せばを心中を掌握されてしまうような、そんな危うさも彼からは感じられた。
「本日はお連れ様もお越し頂き、誠に恐悦至極でございます」
ルーシーは、その店員の丁寧な言葉遣いに圧倒されて、思わず言葉を失う。
「初めまして。私はこの店の店主のジュール・ロベールと申します。以後お見知りおきを」
自身に対して丁寧に挨拶をしてくれたことに対して、じんわりと感動を覚えるのだった。
「丁寧なご挨拶に痛み入ります。私はルーシー・シュナイダーと申します。よろしくお願いします」
丁寧に会釈をする彼女を傍目に、レオンは調子を変えずに周囲を見渡した。
「……それでは、例の部屋へ案内を頼む」
「かしこまりました」
ジュールは控えていた店員と見られる男性に声をかけ、二人を案内するように指示を出した。
「それではご案内致します」
店員の男性に連れられ、二人はしばらく廊下を歩き個室の扉の前で止まった。
「御用の際は、お申し付けください。それでは、失礼致します」
店員は慣れた手つきで個室の持ち手に手をかけてその扉を開くと、規則正しく一礼し音もなく立ち去った。
「それでは、入ろうか」
彼が目線を室内に移したので、ルーシーは遠慮がちに足を踏み込んだのだった。
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「わあ、広いですね……!」
そこは、先日案内されたレオンの別邸のリビング程ではないが、それでもルーシーの自宅のリビングよりも広いように感じた。
ただ、照明自体は薄暗く、窓の外の夜景が際立って見えるのこの雰囲気が、彼女は落ち着いて良いなと感じた。
また室内には、白が基調の家具や小物が複数置かれ、アクセントなのかブラウンやパステルカラーの小物もテーブルや椅子等に置かれていた。
「可愛い……!」
思わずクッションや箱の類を手に取り、それらの感触などを確かめていると、ふと疑問に思った。
「あの、それでここって何のお店なんですか?」
その疑問は最もだった。
何せレオンは先程この店を「魔法の店」と言っていたが、そう言ったものは特に見当たらないからだ。
「……ああ、ここはカフェの様に気楽に会話を楽しむ店だ。魔法の店と言うのは室内全体に『保護魔法』がかかっていると言う意味合いと、魔法アイテムを取り揃えているのでそれを自由に使えるようになっているからだ」
「へえ、凄いんですね!」
彼は、ルーシーに椅子に座るように促すと彼女はそれに座るが、座り心地が良かったのか思わずにんまりとした。
「この椅子良いですね……」
「ああ、実はこの椅子にもクッション性能を上げる魔法がかけられているんだ」
「へえ、付加魔法って凄いんですね」
思わず感嘆の声を上げるが、同時にあることを思い出し、思わず左手首のブレスレットを見た。
────そうだ、このブレスレットって……
彼女の鼓動は瞬く間に高鳴り、その言葉を口にしようか迷ったが、やはり意を決して伝えようとする。
「ルーシー、飲み物は何が良いか?」
メニュー表を手にして、彼がルーシーに声をかけたので、その言葉は口に出来なかった。
「……え? は、はい」
メニュー表を受け取り、ともかくアイスティーを選びそう伝えると、レオンは手際良くウェイターを呼び出し注文をした。
どうも飲み物以外にも聞き慣れない単語も複数含んでいるようだが……。
「……あの、陛下」
それからすぐに給仕が用意を整え、ハーブティーや温かい紅茶がテーブルの上に並べられた。
クッキー等の軽い軽食や、魔法薬が詰められた瓶等も添えられた様を見つめながら、今度こそはと思い、ルーシーは意を決した。
「このブレスレットですが、陛下に贈っていただきましたが……」
彼は思わずルーシーの方に視線を移した。彼女の言わんとしていることを察したからだ。
「ああ」
「……このブレスレットって、……その、高度な付加魔法がふんだんに使用されていて、……物凄く高価なものだって聞きました」
その言葉で、彼は直感的に感じる。と同時に、何故自分の正体がルーシーに見破られたのか、その理由も悟った。
「まあ、そうだな。正直見た目通りの価格ではないな」
「……これは、私にはとても見合わないものですので……お返しします……」
彼はルーシーなら必ずそう言うと思っていたので、特に動じていない。
「受け取って欲しい。……そもそもこれですら気休めにしかならないから、本来ならば君を危険な場所に行かせたくないんだ」
思わずレオンの本音が溢れる。
「…………」
彼女は言葉に詰まって、次の言葉が出てこなかった。
「だけどそれは、国王としては許されない意向だ。……だからせめてそのブレスレットは、肌身離さずつけておいて欲しいんだ」
「…………はい」
彼女の目からは自然に涙があふれそうになり、急いでそれを拭う。
そんな彼女の様子を見て、レオンは思わずルーシーを抱きしめたくなるが、拳を握りしめて必死に抑えた。
(駄目だ。今彼女を抱きしめたら、きっと今夜は会話どころじゃなくなってしまう。今は少しでも彼女との距離を縮めるために、あくまで会話に徹しなければならない)
そう何か紛らわせられるものはないかと思案すると、目前のテーブルに数種類のカラフルな液体が入った小瓶が置かれているのに気が付き、レオンは直感的に動いた。
まず赤色の液体の入った小瓶の蓋を開けると、それを自身のハーブティーに数滴入れ、そのままカップを口につけ含んだ。
そして落ち着いたのか、小さく息を吐くと彼女の方に視線を移した。
「ルーシーも、何か魔法薬を使用するか?」
「……はい。見たところリラックス効果が高いものが多いですね。では私はこちらを使用します」
仕事柄彼女は、魔法薬を検査する機会が多いので、薬の見た目だけで大方効果を判別することが出来るのだった。
□□□□□
「ここの魔法薬は効果が高いですね! 魔法薬を使用して疲労がこんなに取れたのって、初めてです!」
彼女はティーカップを片手に、目を輝かせていた。
「まあ、そうだな。ここの魔法薬は市場には出回らない物が多いから、魔法薬目当ての客も多いんだ。……かく言う俺もその一人だ」
「へえ、そうなんですね。こちらには良く来られるんですか?」
「そうだな。まあ、多い時で月に数度ほどだが、この店は高度な『保護魔法』が施してあるから、この姿で街に出られる貴重な場所でもある」
思わず彼女は、ティーカップをテーブルの上に置いていた。
「……不自由な思いをされているんですね……」
その表情からやるせなさが伝わってくる。彼の胸に熱いものが込み上げてきたが、そっと口元を緩めた。
「特に不便は感じていないから、問題ない。だが、俺のために心を痛めてくれて嬉しく思う」
そう言って口元を緩める彼を見ると、ルーシーの頬は赤く染まっていく。
彼はそっと立ち上がり、対面の椅子に座ったままの彼女の唇に、そっと自身のそれを重ねて離れた。
「……そろそろ帰ろうか」
「……はい」
彼女は立ち上がるとそっとレオンの側に寄り添い、レオンは彼女の右手を握った。
(……このままルーシーを家に帰したくない……が、それはまだ今夜ではない。彼女に想いを告げてから……)
そう思案しながら、店のロビーへと足を運んでいた時だった。
────銀髪のロングヘアを無意識にかき揚げ、身に付けた黒い膝上の裾までのワンピースが見事に全体的に調和が取れている女性が、視線をずらし窓ガラスを眺めながら彼らの方へと歩いて来たのだ。
「…………ソフィア?」
思わず彼は、呆然と立ち尽くした。
不意に声をかけられた銀髪の女性は、声をかけられた先の彼らを確認すると思わず表情をこわばらせるが、息を小さく吐くと柔かな表情で駆け寄っていく。
「レオン! 元気だった⁉︎」
ルーシーは、銀髪の女性がレオンの身体に抱きつく様をまるでスローモーションの様に感じながら、それを目に焼き付かせた。
(……なに? この女の人は誰?)
────全身で感じる。この女性への警戒感を。
そしてふと目前に、ある光景が浮かび上がった。
『私はこの国が落ち着いたら、アルト君の側から離れようと思うんです。……私はどう考えても、たとえ側にいるだけでも、彼には相応しくないですから』
黒髪ロングヘアの少女が、髪を風にたなびかせながら切なそうに、ダニエルに対して歯に噛んで笑っていた。
だがルーシーの目には、その少女の視点で周囲が映っており、目前には草原に立つ今よりも少し若く見えるダニエルが視えているので、その少女の姿は認識出来なかった。
(……誰? 誰が喋っているの?)
ダニエルが立ち去った後、少女はポツリと呟く。
『……それに、アルト君にはソフィアさんが相応しいと思うし……』
少女は思わず流れ出る涙を手で拭って、その場から立ち去ったのだった。
浮かび上がった光景が消えると、ほぼ朦朧とした意識の中、ルーシーは「ソフィア」と呼ばれた女性の方を見た。
ソフィアは口元を手で覆い、抱きついているレオンからそっと離れて口元を緩めた。
「初めまして。私はソフィア・エバンスというの。……あなたのお名前は?」
高鳴る鼓動をどうにか抑えて、早く自分の名前を名乗らなければいけないと思うが、震えて声が出てくれないのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
「ソフィア」はキーキャラクターとなっています。ルーシーとはどのような関係だったか徐々に明らかになって来ます。
次回も、ご覧頂けると嬉しいです。
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