第38話 恋のサポートの方向転換
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「ねえ、聞いた?」
「はい。……何のことでしょうか?」
ルーシーとレオンが、レオンの別邸へと赴いた日の翌週の水曜日。
就業時間が一時間程過ぎてから、第三秘書のマサが第一秘書のテレサの席にまで移動し、小声で彼女に話しかけた。
「…………先週の木曜日、シュナイダー補佐官が陛下の別邸に泊まったって」
瞬間、テレサの目が見開かれ、思わず小さな感嘆とも言える声が漏れた。
「……その情報は確かなのですか?」
テレサも声を潜めて答えた。
現在室内には秘書の三人しかいないが、突然来客がある場合もあるので、二人は意識して声を潜めている。
「ええ。うちの旦那が陛下の護衛から直接聞いたって言っていたから、確かだと思うわ」
マサは三年前に王城内の厨房に勤める男性と結婚をしていて、もうすぐ一歳になる男の子の母でもあった。
「そう、なのですね。急な展開で驚きましたが、……お二人のご関係が順調に進んだようで、安心しました」
と言いつつも、テレサはどうにも先日のルーシーの泣き腫らした顔が気にかかって、今一つ情報を呑み込めなかった。
「その情報間違ってるよ」
二人が密やかに話しているところ、帰り支度を終えて退室しようとしていたユカがポツリと言った。
「間違っているって、何が?」
「私が聞いた話だと、シュナイダー補佐官は泊まらないで、その日のうちに帰ったって聞いたから」
テレサとマサは、思わずお互いに顔を見合わせる。
「……情報元は?」
「陛下の別邸を管理しているスタッフの一人。さっき侍従部に立ち寄ったら、その話題で持ちきりだったから詳しく聞いてみたんだ」
「それでは、陛下の護衛の方からの情報は……」
マサはうなだれた。
「うーん、その警備員少し誇張するところがあるから、今回もあえて一泊したなんて言ってきたのかも……」
それは警備員としてどうなのだろうとテレサとユカは思ったが、ともかく二人の関係は進んだらしいことは理解した。
「侍従部では、シュナイダー補佐官に妃教育を施そうって話が早くも出てるみたい」
ユカは元々帰ろうとしていたが、今ではちゃっかり椅子に座って話始めている。
「妃教育って、……婚約もまだなのに流石に気が早すぎるんじゃない?」
「当然そう思っている職員もいるんだけど、そもそも夜に別邸へ女性を単身招くこと自体が特別なことで、本来なら婚約者でないと許されないようなことなんだって」
テレサは小さく息を吐いて頷いた。
「……そうですね。ただ、本邸でしたらもちろん守秘義務も発生するので、婚約者の方でないと特に単身では招くことは出来ないかと思いますが、……別邸はグレーゾーンと言えなくもないので、意見が分かれる所ではあると思います。……ですが」
少し考えてから続ける。
「おそらく侍従部としては、出来ればこのまま陛下にご結婚をしていただきたいのと、ましてやシュナイダー補佐官は婚姻許可が下りていらっしゃる方ですので、できうる限り滞りなく進めたいのではないでしょうか」
ユカはピンと来たのか、苦笑した。
「確かに、ブリング大陸の国々の中でも独身の国王ってあまりいないし、外遊の時なんかは特にいつも目立ってるもんね……」
マサも頷き追言する。
「陛下のファンなんかはそこがよいって言うみたいだけど、王室としては国の体裁的によくないってことで、以前から何度もそのことを陛下に進言していたわね」
テレサは苦笑して頷いた。
「特に以前まで、月に三桁程の縁談を陛下に持ちかけていたようですが、……ある時から縁談自体を持ってこないように、陛下が侍従部の職員に指示をお出しになられていらっしゃいました」
言ってふとテレサは、それは魔物が出現し始めた頃と重なるのではと思った。
「まあ、シュナイダー補佐官がすぐに外遊に行けるかと言えば魔物の討伐があるから難しいんでしょうけど、それでも将来的なことを見込めば今からでも仕込んでおきたいって思うのも道理よね」
「そうですね。……加えて陛下は国の内外問わず人気の高い方なので、ご結婚となるとその分反響が大きいかと思われます。その対策も早いうちから行っておきたいのではないでしょうか」
そう思いながら、テレサはふとダニエルに詳細を聞いてみようかと思ったのだった。
◇◇
「……ともかく、二人の仲が進展したのは確からしいけど、急にどうしたんだろね。ちょっと前までシュナイダー補佐官は陛下の正体さえ知らなかったはずなのに。ねえ、テレサは何か知らない?」
テレサはルーシーの泣き腫らした顔を再び思い出してドキリとしたが、首を横に降った。
「……いえ、残念ながら」
「そっか。まあ最近は魔物討伐でも顔を合わすし、次第に打ち解けていったのかも」
そう考えると、意外にしっくり来たのか、ユカは特にそれ以上疑問に思わなかった。
「それじゃ、特にこれ以上サポートなんて必要ないよね」
と言いつつも、これまで特にサポートらしきことをして来たかなと、ユカは思った。
「いいえ、むしろこれからが本番なのです!」
「きゅ、急にどうした……」
テレサが勇んで立ち上がったので、マサは唖然とする。
「こちらをご覧ください」
テレサは自身の机から電子端末を持ち出し、素早くそれを操作しある画面を表示させた。
それには題目に「デートプラン」と書かれていて、下方の表には事細かく文字が埋められていた。
「何だろう……」
ユカは目を白黒させながらも、とりあえず眺めてみた。
「えっと……、『高級ホテルの落ち着きのあるレストラン』……って、これこの間のと全く一緒!」
「こっちはちょっと違うみたい。うーん、だけどこれはまた大がかりな……」
「なになに?」
ユカも眺めて見ると、そこには「テーマパークを貸切にして一日デート」と書かれていた。
「前から聞きたかったんだけど……」
「何でしょうか?」
「テレサってその、お嬢様でしょう? 歴代の恋人たちにこんなことさせてたの?」
ユカは思わず、こんなことと表現していた。
「……いえ、私はその……、ただ理想のラブコメを追求しているだけでして、自分の恋愛はごく普通のものです……」
正直なところ、テレサは大学時代に数ヶ月ほど二学年上の男性と付き合った以降、恋人はいなかった。
特に反乱鎮圧後は、彼女はこれまで数多の男性から誘われたが、あえてそれを受けることは決してなかったのだった。
「ふーん、それならよいんだけど。実際にテーマパーク貸切なんてしたら、シュナイダー補佐官引いちゃうと思うよ?」
「そうなんですか?」
「うん……。ともかくデートプランは特に口出ししない方がよいと思う……」
「それでしたら、相談にくらい乗ってもよいですよね?」
テレサは何故だか、食い下がって離れようとしなかった。
「……それなら、シュナイダー補佐官の相談相手になるのはどうかしら? どのみちそう言う役割の人は必要だと思うし」
ユカはその提案は危ういなと思うが、当のテレサは目を輝かせて頷いている。
「それでしたら、すぐにでもそうさせていただきます」
「待って。テレサは一時陛下の結婚相手にどうかと周囲から言われていたくらいだから、正直あまり表立って動かない方が良いと思う」
その言葉にテレサは動きを止めた。
確かに、テレサが第一秘書に就いた三年ほど前に周囲からそう囁かれたことがあり、その時は丁度ルーシーは入庁したばかりだったので、彼女がその話を知っている可能性は高かった。
「……それは私が、気がつけば陛下の目眩しのような役割になっていただけで、実際には何の事実もありませんのでご安心していただければ……」
「私だったら、そんなの信用できないな」
ユカはどうも、テレサのことを何処か良くも悪くも、常識から逸した人物のように見ているところがあった。
「それだったら、あなたも何か相談してみたら? シュナイダー補佐官に」
「…………え?」
「何かないの? 例えば『恋愛相談』とか」
そう言って、どこか物悲しそうに微笑んだマサを見ると、テレサは思わず何故かダニエルの顔を思い浮かべたのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
今回のお話は番外編にしようかとも思ったのですが、本編に深く関わっていくお話なので、こちらも本編にしました。
それでは、次回もご覧いただけたら嬉しいです。
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