第35話 ルーシーの追求と彼からのキス
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それから約十五分後。
テナーは自身の護衛に簡易的に事情を説明して、待ち合わせのコンビニ近くの公園まで赴いた。
なおテナーの私服は念のために一式を執務室にも常備しているので、今回の事態に対応することができたのだった。
ちなみに、テナーはあえてレオンと同体格にしているのだが、それはレオンの私服がテナーにも着られるようにとの彼の配慮からだ。
公園に入ると、ルーシーはすでにモニュメントクロックの側に設置されたベンチに座って、彼の到着を待っていた。
ルーシーは白のトップスに、ベージュのフレアスカートをはいている。
テナーが公園内に入ってきたことに気がつくと、ルーシーは途端に表情を明るくするがすぐに口元を引き締しめて、緊張した面持ちで立ち上がった。
「……ごめんね、急に呼び出しちゃって」
やはり普段と様子の違うルーシーに、どこか訝しげなテナーだが、彼女の座るベンチの前まで歩み寄り座った。
「……それで、話って何かな」
その言葉は、夏の夜の湿った空気に妙に響いて、ルーシーの耳からしばらく離れてくれなかった。
「……あのね、いきなりこんなことを言って動揺させてしまうと言うか、変に思われるかもしれないんだけど」
◇◇
(やはり、あのことだろうか……)
テナーは、ルーシーがレオンに抱きしめられたことに罪悪感を抱き、テナーに謝罪を申し出るようなことがあったら、即座に自分の正体を明かそうと決意をしてここまでやって来た。
一応そのための『場所』も見繕って来たのだが、そこに彼女を連れて行くのは少々気が引けた。
だが、見繕った場所以外だと車内くらいしか自身の魔法を解ける場所を思いつかず、車内は例え王城の敷地内に駐車したとしても何処で人が見ているのか分からないので極力控えたかった。
かと言って、王城に扮装した自分とルーシーが入るわけにも行かないので、やむを得ないとテナーは強く自身に言い聞かせた。
しかしながらルーシーの言葉は、彼の予想よりも斜め、それよりも上を行ったものだった。
「テナー君って、ひょっとして『王様』じゃないよね?」
「………………え?」
しばらくテナーは無言のまま、夜の風を感じていた。その間ひたすら真摯な眼差しで、ルーシーはテナーの瞳を見つめている。
その瞳に負けたと言わんばかりに、テナーは口元を緩めてふっと吹き出す。
テナーが吹き出したので、自分の中にあった疑惑は違ったのかと、ルーシーはひとまず胸を撫で下ろした。
「そうだよね違うよね。私何考えていたんだろう。ごめんね、テナー君。今のは忘れて……」
「そうだよ」
ルーシーの「忘れて欲しいな」と言う言葉を被せて、テナーは立ち上がってルーシーの前に立って続けた。
「俺は本当は君の知っている『王様』であって、王名は『エドワード二世』だ。生まれた時に付けられた名前はレオンハルトだから、周囲の親しい人間からは『レオン』と呼ばれている」
そう淡々と説明するテナーの表情は、ルーシーのよく知る『国王』であり、レオンの顔だった──
◇◇
その後、ルーシーは思考を巡らせてみようと試みてみるが、目前で何かを考えているテナーを見ると、とても思考が働いてくれず身体も震えてきた。
だが、ともかく何かを言わなければならないと思い、絞り出す様に声を出そうとするが、声が掠れて上手く喋ることができなかった。
そんなルーシーの様子を知ってか、テナーは深く頭を下げた。
「ごめんルーシー。君をずっと騙していて、悪かったと思っている」
「…………………………!」
ルーシーは驚くが、上手く口が開いてくれないので、それを言葉にすることができなかった。
「だけど、僕の……いや、俺の君を想う気持ちに嘘偽りは無い。それだけはどうか、分かって欲しい」
ルーシーは思わず自分の目の奥から熱く込み上げて来
るものを感じ、必死にそれを抑えようとするが、それはみるみるうちに溢れおさまってくれなかった。
『君はもっと、自分の成し遂げたことに対して自信を持って欲しい。そして君が人に対して善良を行った時、その人が心から感謝をしていることも分かって欲しい。認めて欲しいんだ』
「…………何で……ですか?」
涙を流しながら、ルーシーは全身のありとあらゆる様々なものを振り絞って、何とか心中を伝えようと試みる。
「……応接室での……時も……そう思いましたが、……どう……して……そんなに陛下は……私のことを……想って」
くれるんですか、と言おうとした彼女の唇は、その先を紡ぐことはできなかった。
──屈んだテナーが、ルーシーの唇を自身のそれで塞いだからだ。
◇◇
それは短い時間だったが、テナーにとってはとても長く、現実味の実感のない時間だった。
だがルーシーの唇が自身から離れると、その熱がより恋しくなった。
俯くルーシーの様子に、テナーは内心早まったかとも思ったが、自身の行いに悔いは無かった。
──愛しい。
今まで何度もそう思って衝動に駆られたが、その度に抑えて来たのだ。
だが自身の正体を明かして、なお自分を思って涙を流す彼女を目前にしたら、衝動的に動いていた。
ただ、彼女はきっとそれを望んではいなかっただろう。
そう思うと、テナーは彼女に謝罪しようと近くに設置された自動販売機で、飲料を買うためにその場を離れようとする。
だが瞬間、ルーシーの手が彼のシャツの裾を掴んだので、それはできなかった。
「ルーシー?」
「行かない……でくだ……さい」
ルーシーはなお涙を流しながら、日中に応接室でレオンに対して感じた胸の温かさを今再び、いや、先程よりも強く感じていた。
この熱を感じたら、もう動かずには、伝えずにはいられなかった。
「あなたに……側に……居て欲しいんです」
そう言って涙を流しながら微笑むルーシーを見て、テナーは自身の中で何かが切れるのを感じた。
「…………一緒に来て欲しい」
ルーシーの手首を優しく掴み目前を歩き、テナーは彼女を自身の車の助手席に乗せると、それを発進させてどこかへと向かった。
◇◇
ルーシーの思考はぼんやりしており、テナーの車が王城の敷地内に入ったことにも気が付かなかったし、車が警備たちが警護する塀の内側へと進み何処かの駐車場に停車たこと自体、テナーが助手席のドアを開いたことによってようやく気がつくことができたほどだった。
それから、彼に促されて助手席から立ち上がると、そこには見覚えの無い建物が建っていた。
その建物は二階建で敷地面積が広く見え、周囲が暗いため判断がつきづらいが、白い壁が基調の近代的な家屋と言った印象だった。
「……あの、……ここは?」
「ここは、かつての自宅、……実家だ。今は誰も住んでいないが、時折私的な客を招く際に使用している。だから今でも管理は行き届いているから安心して欲しい」
テナーは、その建物の扉のドアノブに付いているボタンを押して解錠すると、再びルーシーの左手首を優しく掴み室内に入った。
それからそれぞれ、広く吹き抜けが印象的な玄関で靴を脱ぐと彼はルーシーを連れて廊下の正面の扉を開き、室内に入って部屋の明かりをつける。
そこは五十畳程の広さのリビングで、ソファーやテーブルといった調度品はどれもシックな物で統一されていて好感が持てた。
そしてテナーはルーシーにソファーに座るように促すと、自身は扮装魔法を使用した。
『自身を本来の姿に変えよ』
そうして白い光の中から現れたのは、金髪の眼光の鋭い青年──ルーシーの良く知る「この国の国王」だった。
「…………!」
実際にテナーがレオンに変わる場面を目の当たりにすると、ルーシーは声にならない衝撃を受けた。
(本当に、テナー君は陛下だったんだ……)
そうぼんやり思っていると、レオンは扮装魔法を解除するなりルーシーの隣に座り、彼女の肩を抱き寄せ自分の腕でやんわりと包み込んだ。
ルーシーの鼓動は瞬く間に最高潮を迎えたが、彼の力強い腕や胸板は心地よく、気がついたらその身を彼の胸に預けていた。
──レオンの鼓動が力強く聞こえる。
そんな彼女の行動に背中を押されたのか、レオンはそっとルーシーの頬に手を添えて、その唇に再び自身のそれで軽く触れる。
「陛下……」
ルーシーの目は次第に潤んでいき、レオンはそんな彼女を強く抱きしめた。
「ルーシー、愛している」
そう耳元で囁かれると、ルーシーの身体は高揚し彼へのこの熱い気持ちを、なんと表現したら良いのだろうと思案した。
そしてレオンは再び、今度はより長くルーシーにキスをする。
ルーシーは身を固くしたが、次第にそれを受け入れ身体の力を抜いていった。
それはしばらく続き、ルーシーは再び現実味のない感覚を感じていたのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
今までのルーシーとレオンの関係からしてみたら、今回の展開は急展開に感じられるかもしれません。
ただ、今までのルーシーとテナーの関係、レオンとしても彼女の過去を受け入れる等、ルーシーに関わり続けた様々な結果が、今回に繋がった(無理矢理感……)と作者は考えております。
次回もご覧いただけると、嬉しいです。
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