第32話 テレサの気遣い
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ひとしきり泣いた後、ルーシーはふと、ある疑問が脳裏に浮かんだ。
(そう言えば、何で私は今まで自分の過去を忘れていたんだろう)
今更といえばそうなのだが、今まではその過去が彼女にとって余りにも大きかったので、当然湧いてくるであろうその疑問まで辿り着くことが出来なかったのである。
なので彼女は、過去のことを思い出そうと思考を巡らせてみた。
────黒髪の青年と銀髪の少女が自分の側で、それぞれ『剣』と『杖』を振りかざし『魔法』を発動させ、周囲にはたちまち眩い光で溢れた。
二人は共に涙を流していて、銀髪の少女はルーシーに何かを呟く。
瞬間、彼女は目を見開いた。
「何? 今の光景……。あの二人は誰?」
先程浮かんだ二人は見覚えが無いはずなのに、何故かルーシーは彼らに対して強い既視感と懐かしさを覚えた。
だが、それ以上いくら思い出そうとしてもまるで記憶に鍵がかかってしまっているかの様に、思い出すことは出来なかった。
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ルーシーは先程の記憶は気にかかったが、ともかく今は腫れた目をどうしようかと考えた。
というのも、この建物から出るには必ず国王の秘書か他の部署の王室の職員に同伴してもらわなければならず、その際目を腫らしたままで顔を合わせるのは少々気まずいからだ。加えて、何があったのか追求される可能性もある。
ともかく彼女は控えめに応接室の扉を開いてみた。すると予め側に控えていたのか、レオンの第一秘書のテレサが柔かに声をかけた。
「シュナイダー補佐官、宜しければこちらにどうぞ」
そう言ったテレサは、小さめのトートバッグを持っており、ルーシーを再び応接間に入るように促した。
ルーシーは思ってもみないタイミングでの彼女の登場に唖然として、声をかけるタイミングを逃してしまった。
「このような時には、こちらの方法が効果があるようです」
テレサはトートバッグをテーブルに置いて、コットンと化粧水の入ったボトルをそれから取り出した。
「水属性の高位魔法を第三秘書が使用することが出来まして、彼女に頼んで急遽このボトルを冷やしてもらいました。もちろん詳細は伏せてありますので、このことは私以外の人間は知らないはずです」
手早くコットンにその化粧水染み込ませると、ルーシーに対してソファーに座って目を閉じるように促す。
彼女が誘導通りにすると、瞼の上に化粧水を浸らせたコットンを乗せていった。
「冷たくはありませんか?」
「……はい、大丈夫です」
テレサの勢いに押されてなされるがままになっているが、しばらく間を置いてから口を開いた。
「……あの、テレサさん」
「はい。どう致しましたか?」
「これってひょっとして、泣き腫らした目に対してへの対処方法ですか?」
「はい、そうです。付け焼き刃ですが、先程有効そうな手段を調べ、実際に経験したことのある秘書に確認してから行っておりますので、効果は問題ないかと思います」
ちなみに、経験者というのは第二秘書のユカのことだった。彼女は良く深夜に感動系のドラマを見て、目を泣き腫らしているらしい。
「それ程まで、お手数をおかけしてしまっていたんですね! 申し訳ないです」
自分が泣いたことによって、それ程まで人の手を煩わせてしまっていたのかと思うと、ルーシーの胸はギュッと締め付けられた。
「いいえ、お気になさらないでください。それに陛下が『あなたが泣き腫らしているだろうから、対処してあげて欲しい』と申し付けられましたから、私もとても気にかかったので差し出がましいかとも思ったのですが、少しでもあなたのお力になりたくてさせていただきました」
ルーシーはコットンで瞼を覆われているので確認することは出来ないが、きっとそう言ったテレサは再び柔かに微笑んでいるんだろうなと思った。
「……テレサさんは、とても素敵な方ですね。……何故、私が泣いていたのかも特に追及しないでいてくれますし……、そんな風に人のために何かが出来るなんて、尊敬します」
テレサは何故かルーシーのその言葉がとても心に響いた。普段同様の言葉をかけてもらう機会もあるのだが、今の彼女程心に響かなかった。
だからからか彼女は、ルーシーに対して滅多に人には話すことのない内容の話をした。
「……私の大切な友人に、いつも自分のことよりも他人のことを一番に優先させて動いていた方がいらっしゃいました。恥ずかしながら、以前の私は彼女とは対極にいた人間でしたので、最初は彼女の行動の意味が正直分からなかったんです」
テレサは憂いを帯びた目をし、その彼女の目先には『ニーナ』がいる様だった。
「なので私はその友人に、ストレートにその意味を訊ねたのです。『あなたに何の得があるのですか』って」
ルーシーの鼓動が高鳴る。それは先程自分が『過去に奴隷だった』とレオンに打ち明けたからだろうか。
「それで、その方は何と答えたんですか?」
彼女はルーシーの瞼の上のコットンを剥がすと、再び柔らかい笑顔で言った。
「その人が喜んでもらえれば、それで良いんだっておっしゃっていました」
言って彼女は、ポーチからコンパクトを取り出してルーシーに手渡した。
「ですので私は、自分のしたことでその方が少しでもお役に立てれば幸いだと思っています。……最も、普段からそう言った行いが出来ているかは別の話ですが」
ルーシーは苦笑しながらそう言ったテレサに対して、どうにも微笑ましくも懐かしく感じたのだった。
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