31話 ルーシーの過去と世界の秘密
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────『陛下。私は、この世界の人間ではありません』
レオンは自分の鼓動が強く波打つのを感じながら、ルーシーの瞳を見つめてみる。
────その瞳は、つい先程までとは打って変わり、六年前以前の彼が良く知る彼女の瞳であった。
それはどこか達観しているような、『この世の中にある自分が得をする、幸せになれるであろう要素全てに対しそれを最初から得ることを諦めている』ような眼差しだった。
彼は、自身に落ち着くように言い聞かせて、言葉を選びながら発言する。
「それは、どう言う意味だろうか」
「……とても信じられ無いような話だとは思いますが、私はこことは違う世界にある【トロニア】と呼ばれていた土地から、やって来ました」
彼は、ルーシーが打ち明ける事実を元々知っていた。
────何しろ以前に一度、自分も彼女と共にその世界に赴いたことがあるからだ。
「その世界はこちらの世界とは違い、文明の発達が遅く、陛下やこの国に住む方々から見たら信じがたい話かもしれませんが、電気もありませんし未だ身分制度も厳格で、私はトロニアでは……」
そこまでを話し切ると、彼女は手のひらをギュッと握りしめ声を絞り出そうとする。……だが、自然と無意識に涙が溢れて来て、その次の言葉が出て来なかった。
息を吐いて、いざ言葉にしようとした瞬間、気がついたら彼女はレオンに腕を掴まれた。
そしてそのまま立ち上がるように促されると、レオンに強い力で抱きしめられていた。
「……………話さなくてもいい」
ルーシーは、頭の中が真っ白になった。
「………………陛下?」
彼女の鼓動は、瞬く間に跳ね上がる。
駄目だ、自分にはテナーがいる。こんなことが彼に知られたら、彼に顔向けが出来ない。
そう考えレオンに対して何とか声を絞り出し、諫める様に声をかけようとするが、自分の中で色んな感情が入り混じって頭が鈍くて働いてくれなかった。
そうこうしているうちに、時は徐々に流れて行き、それはルーシーにあることを気が付かせた。
(この匂い、この感触、この力強さ。前にも感じたことがある……)
そう思うと、テナーに抱きしめてもらった時の感触と、今のそれが一致した様に感じた。
「テナー君?」
レオンは我に帰り、そっと彼女を抱きしめていた腕を解き、彼女が自分のもう一つの名前を読んだことへ疑問を抱いた。
「……ルーシー?」
彼は思わずルーシーの名前を呼んだが、当の彼女はレオンに名前を呼ばれた途端顔を赤らめている。
だがその反面、彼女は昨日のオズの言葉を思い出した。
『陛下に、恋人が出来たって本当ですか?』
(そうだ。陛下にも恋人がいらっしゃるのだから、これはあくまでも私を慰めようとしてしていることなんだ)
そう思考を巡らせると、小さく息を吸って彼女は気を落ち着かせようとする。
そして、彼に対して柔らかい表情で話しかけた。
「……陛下。お気遣をありがとうございます。ですが、……私は、問題ありませんので、話の続きをさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「……ああ」
彼は、自分が思わず早まったことをしてしまったと思ったが、ルーシーがどうにもはにかんだ様な笑顔を見せるので、そちらの方が気にかかったのだった。
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「それでは改めてお話します。陛下、……私はトロニアでは、…………生まれた時から奴隷でした」
「奴隷だった」と言う言葉に、レオンは出来るだけ動じない様に努めた。
そして、予め詳細は殆ど知ってはいたが、彼女に対して慎重に質問をしようと思い立つ。
「……生まれた時からと言うことは、君のご両親もそうだったのか?」
「……はい。他の土地や世界では分かりませんが、少なくともトロニアでは一度奴隷になってしまうと余程のことが無い限り、それから解放されることはありませんでした。そして、それは次の世代にも引き継がれます」
そこまでを話すと、ルーシーは気を落ち着かせようとティーカップに口をつけ、一呼吸置いてから話を続ける。
「私のご先祖様は隣国の出身らしいのですが、かつて起きた戦争で捕虜として捕まりそのままトロニアで奴隷にされてしまったそうです。……ですので、私は基本的に誰かのために尽くすのは当たり前、と言う風に両親からも生まれた村の人達からも常に言われて育てられたんです」
そう打ち明けると、彼女の心は暗雲が立ち込める様に暗くなった。
こんな事を打ち明けて、彼に失望されていないだろうか。
そもそも、自分がかつて奴隷だったなんて事をこの国でのヒエラルキーの頂点である国王のレオンに打ち明けること次第、客観的に見て無謀とも言えるかもしれない。
ただ彼女は、そのことを打ち明けた上でどうしても伝えたいことがあったのだ。
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そもそもトロニアと言う土地とは何か、実はレオンは予め把握をしていた。
その世界は実の所、元々約五百年前までは、こちらの世界の一地域に過ぎなかった。
その場所は、現スバル王国の南東部に位置し、今のユベッサ公国との国境の辺りに存在したらしい。
だがその時代の蒼の力を操ることのできる存在である【アウザー】が時の権力者と結託し、トロニア地方だけを切り取りこの世界を包む様にして存在する【ウィザードロード】の先にある別の空間へと、移動させてしまったのだ。
そして切り取られた地域はトロニア地域しか存在しない不安定な土地となり、切り取られてしまった部分は移動させた場所と交換されたのであった。
ウィザードロードというのは、この星を包む様に常に流れている大きな蒼の力の総称で人の目からは見えない。
だが、その空間は確実に存在しており、その先の一つには「時間の流れが違うほぼ同じ別の世界」が広がっており、先のアウザーはその場所の一部とトロニアを交換したのだった。
それはとても信じがたい話だが、時の権力者等はその事実を世界に対して隠し、それは現代でも引き継がれているのだった。
そして今では、【マルティン聖堂】がその秘密の管理を請け負っていた。
それでは何故、時の権力者とアウザーはそんなことを企てたのかと言うと、それは『魔物』の存在があったからだった。
加えて、現在トロニアがある空間では時の流れがそもそも違うので、こちらの世界では五百年程経っているが、あちらでは百年ほどしか経っていないのだった。
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「……トロニアでの唯一の友人が言っていたんです。『かつて、こことは違う別の世界には魔物が溢れていた。それを対峙するのに疲弊した人々は、元々蒼の力が強かったこの土地にそれを全て集結させて、この空間にあった土地と交換してしまった。そのせいで、トロニアにはいつも魔物が溢れているんだ』って」
(ジェシカか……)
レオンは、ルーシーが先ほど説明をした金髪のロングヘアが印象的だった「雄一の友人」と、かつて彼女と共に会ったことがあった。
彼女はかつて王女だったが、肉親の権力争いに巻き込まれ没落したため王城の離れの塔で隔離され、外界からは遮断されて暮らしている。
ルーシーはあることがきっかけで、ジェシカの侍女の奴隷となりしばらく彼女とは会話をしたこともなかったのだが、何故かジェシカの方から話しかけるようになり、それがきっかけで打ち解けたのだ。
「彼女は様々な知識を知っていて、私は当時魔法を使うことさえ出来なかったのに、『故郷の村がドラゴンに襲われたのがきっかけで、ここに流れて来た』と打ち明けたら、何故か彼女は私に[大魔法]の知識を教えてくれたんです。くれぐれも忘れないようにって」
実の所、彼女が今回この話をレオンに打ち明けたのは、大魔法と魔物の秘密を彼に伝えたかったからだった。
というのもこの知識をとても自分だけで所持しているのは耐えられないが、下手な人間に漏らしてはいけない部類のものだと言うのも判断できた。
だが彼なら大丈夫だと、昨日は疲弊し切っていたにもかかわらずルーシーは[本能的な何か]によって、瞬時に判断したのだった。
「……そうか。打ち明けてくれて礼を言う」
彼は静かに微笑みながら、ルーシーを労った。
そしてこのことは、くれぐれも内密に慎重に扱う旨を伝え、彼女にも同様のことを伝えた。すると、途端にルーシーの目から涙が溢れる。
「……私、こちらの世界の人間じゃないんですよね。あくまで私は、[何かの実験]でこちらの世界に飛ばされて来ただけの実験体の奴隷であって、他の皆さんのように普通に暮らすのだって、本当は……」
許されていないんじゃないか。ルーシーはそう思った。同時に、テナーとこのまま付き合っていても良いのだろうかとも思う。
そう思うと、涙が次から溢れて止まらなかった。
彼は思わずルーシーを再び抱きしめたくなったが、それは今の自分は許されていないと思い直し、静かに自身のハンカチを差し出した。
「大丈夫だ。今の君は[魔法士]のルーシーだ。昨日はドラゴンを倒すことさえやって退けた。君はもっと……」
言いかけた時、丁度扉から四回ノックの音が響いた。
「陛下。そろそろお時間です」
「……分かった」
言って彼は立ち上がり、ルーシーに対して、昔から言いたかった言葉を伝える。
「君はもっと、自分の成し遂げたことに対して自信を持って欲しい。そして君が人に対して善良を行った時、その人が心から感謝をしていることも分かって欲しい。認めて欲しいんだ」
そう言って彼は、静かに背を向けて退室して行った。
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「…………」
一人残された応接間で、ルーシーは、止めどなく流れてくる涙をレオンが差し出してくれたハンカチで必死に抑えた。
同時に、胸の鼓動が早鐘のように激しく打ち付け、しばらく止んでくれそうも無かった。
「……どうして、そんなに優しいんですか。……こんな私に……」
「元奴隷だった」と崖の上から飛び降りる覚悟で打ち明けたのに、国王である彼は軽蔑の視線や台詞を浴びせることもなく、ただただ真剣に話を聞き受け入れてくれた。
それが何よりも、彼女にとってありがたいことだったのだ。
そして彼女の胸の奥では、じんわり温かい気持ちが湧き上がった。
(……駄目。私にはテナー君がいてくれている。それに、陛下にも素敵な相手がいるんだから……)
そう思うと先程彼に抱きしめられた際に、テナーとレオンが重なったことも思い出した。
(……そう言えばあの時、何故か陛下は、私をファーストネームを呼んでた。……気を落ち着かせるために、気遣ってくれたのかな)
そう思うと、気を取り直そうとハンカチを一旦顔から離した。するとある焦げ跡に気がつく。
「……これって……」
それは、以前テナーに借りたハンカチに、自分の不手際で付けてしまったアイロンの焦げ跡のようだった。
よく見てみると、ハンカチもテナーの物と同じ物の様だ。
「似ているだけ?……ううん、違う。陛下の持ち物はきっと専属のスタッフの方が管理しているから、ハンカチを焦がす何て不手際しないはず……」
そう思うと、胸の鼓動が一層強く高鳴ったのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。
今作が何故「現代風」なのかと言いますと、時間の流れの違う【トロニア】と対比する際に、分かりやすいだろうと判断したためです。
加えて、今章は今話で終了となります。
それでは、次回もお読みいただけると嬉しいです。
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