第29話 大魔法
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現在、大魔火竜はルーシーが与えた攻撃による負傷により、警戒しているのか遥か上空まで上昇し、上空からこちらの様子を伺っているようだった。
それは、今後何かして来るのではないかという得体の知れない悪い予感を感じながらも、ともかくルーシーたち四人は手早く打ち合わせを始めた。
「……大魔火竜ですが先程私が上位攻撃魔法を使用したところ、ダメージを与えることは出来たのですが、その際魔物の大音量の呻き声が空気を振動させ、私たち二人以外の全ての隊員を一瞬で吹き飛ばしました」
その言葉に、思わずレオンとナオは目を見開いた。
「ああ、でもすぐに総隊長が全体魔法で『フライング』を吹き飛ばされた隊員全員にかけていただいたので、大事には至りませんでした」
「全体魔法⁉︎」
ナオは驚いたが、レオンは動じていなかった。
おそらくブレスレットの力が発動したのだろうと、暗に納得しているからだ。
(いや、ブレスレットの付加魔法に、全体魔法はあっただろうか……)
そうは思ったものの、ともかく今は魔物の討伐に集中しなければとすぐに思考内容を変更した。
「咆哮か。それはこれから何度も使用して来るだろうな」
レオンは呟いた後、瞬間思案し、結論を出した。
「まず隊員たち全員に『プロテクト・モスト』を使用し、その上で上空部隊と地上部隊とで二隊に分ける。二隊は普段通りの行動で構わないだろう。……そして[大魔火竜]に対して減速魔法を使用した上で、上位水属性魔法を使用する」
そこまで言うと、レオンは再び思案した。
(これだけでは、致命傷を与えるには弱いか。……何か、ないか)
レオンが思考を働かせていると、ルーシーがほとんど無表情で言った。
「……使用したことは無い魔法ですが、おそらく決定打となる魔法を知っています」
三人は思わず目を見開くが、今は時間がないので、ともかく概要を聞くことにした。
「そうか。それで、その魔法とは?」
レオンの問いかけに、ルーシーは手短に答える。瞬間、三人は再び目を見開いた。
「出来……るのか? その魔法は私でも知らなかったが……」
「分かりません。でも今はこれを使用できなければ、切り抜けられない可能性が高いと思います。そしてあの魔物を人里に近づけたら、大変なことになります」
ルーシーは、そこまで噛み締めるように吐き出すと、自身の右手の手のひらを強く握りしめた。
「そんな、使える確証も無いのに流石に博打のような真似は出来ません」
ナオの意見は最もだった。だが、レオンはルーシーの妙に静かで落ち着ききっている様子を見ると息を呑み込み、頷いた。
「……分かった。君の案を採用しよう」
「……陛下!」
ナオは思わず口を挟もうとしたが、レオンが彼女に視線でルーシーの方を見るように促すと、ルーシーは既に落ち着き深呼吸をすると、遥上空を見上げている。
「……分かりました」
その様子に妙な説得力を感じて、ナオも承諾したのだった。
□□□□□
それからすぐに四人は、行動を開始した。
まずオズが腕時計型の発信機で隊員全員に作戦を伝え、隊員たちはすぐに隊列を再形成する作業に入る。
そしてオズは、これから大量に魔力を消費する予定のルーシー用に魔法アイテムの生成に入った。
他の三人は、地上で待機をしている隊員たちの元へと行き各々に『プロテクト・モスト』をかけていく。
その際ルーシーは、再び全体魔法を使用しようと思い試みてみたが、何故か使用することが出来なかったので諦めて各々にかけていった。
────もうすぐ、来る……!
「皆さん、魔物が再襲撃して来ます! 先程の打ち合わせ通りにお願いします!」
一同は頷き、ルーシーとレオン、オズは飛翔魔法を使用しそれぞれ上空へと飛翔して行った。そしてナオは、後残り五名の隊員たちに魔法をかけていく。
三人は打ち合わせのポイントへと到着すると、互いに顔を見合わせ頷くと即座に精神を集中し、まずレオンが魔法を使用するために詠唱を始めた。
『対象者よ、減速せよ! ディセラレイト!』
レオンの右の掌から紫色の光が上空へと放たれ、瞬間件の魔物を包み込んだ。
ただその魔法自体、受けた際の衝撃はないので、特に魔物が怯んだ様子はないようだ。
遅延魔法は確かに的中した。
だが魔物は目的の行動を変えず、辺り一帯を火の海にするが如く、刹那にその喉から豪炎を吐き出す────
魔物に遅延魔法が効いているのと、ルーシーの加速魔法が今もなお、効いていることもあり、彼女の目には、その炎がゆっくりと自分の元へと到達する様に見えた。
『リフレクション・モスト‼︎』
辺り一帯、全体的に|隈なくシールドを張るイメージで、ルーシーは最上位の反射魔法を使用した。
炎は間一髪でシールドを直撃し、そのまま大魔火竜とは別の方向へ跳ね返っていった。
ルーシーは額に汗を浮かべ、息を整えた。二メートル程離れたところで、レオンも小さく息を吐いている。
「すまない、助かった」
ルーシーは瞬間、自分の胸がズキリと痛んだのを感じた。
────同様の労いの言葉なら、今までも何度もかけてもらっているのに。
それも自分が本当は何者であったか、思い出したからだろうか。
先程もそのために、彼ととても目が合わせられなかったのだ。
「それでは、例の魔法を使用します。……成功するかは分かりませんが、ともかくやってみます」
「……了解した」「分かりました」
レオンとオズはそれぞれ頷く。
レオンは頷きながら、六年前のあの出来事を思い出した。
あの時ルーシーは、この世界には既に存在していない魔法を使用し、命を落としそうになったのだ。
(……まさか、大魔法を使用する気か? いや、今の彼女は自分の幼少時の記憶も捏造されているから、大魔法のことも覚えていないはずだ)
ルーシーの記憶が捏造されていたかどうかは、テナーに扮装した際に雑談の一つとしてさりげなく出身地等を聞いたときに、確認したのだ。
ただ、先程彼女が提案した魔法は、世界中の様々な文献を調べ上げたレオンが知らなかったものだ。そのまさかも、あり得るのかもしれない……。
そう思いながら、レオンはどうにも胸の高鳴りを抑えられそうになかった。
だが、今は切り抜けられる可能性があるのなら試してもらわなくてはならないと自身に言い聞かせ、冷静であることに努めた。
そして、ルーシーの一挙一動を見逃さないように凝視する。
『……この世の理を司る蒼の力よ。古より天と地を支配する理の力を、……対象者に対し、捻じ曲げよ!』
「総隊長が、……詠唱?」
オズは思わず呟いた。
この世界で唯一無詠唱で魔法を使用することが出来るルーシーが、詠唱をしているところを見るのは初めてだったからだ。と、同時に一気に鳥肌が立った。
「……大魔法……」
レオンは瞬間理解した。────そして自分が、再び誤った選択をしてしまったことも。
「駄目だ、ルーシー‼︎ その魔法を使ったら、君の身体がもたない‼︎」
レオンは気がついたらそう発言していた。
冷静に考えれば、今の彼女には自分が贈ったブレスレットがあるので、以前とは状況は違うのだが、目前の光景を思わず六年前の出来事と被らせてしまったのだった。
(……ルーシー?)
オズは、思わずレオンが、ルーシーの名前をファーストネームで叫んだことが気にかかったが、彼女の右手から薄黒い影の様なものが集まり始めたので、思わずそちらに視線を合わせた。
ルーシーは、天を仰ぎ、右手を強く振りかざした。
『グラヴィディ‼︎』
薄暗い影が、ルーシーの右手のひらから無限なのかと思うほど勢いよく放たれ、それは大魔火竜を一瞬のうちに包みこむ。
そして、彼女の左手首装着されたブレスレットからこの時「魔力増幅」「生命保護」等の複数の保護魔法が発動され、彼女を護っていたのだった。
魔物は自身に何が起きたのかを理解が出来ないうちに闇に包まれ、その存在をルーシーの魔法によって萎縮させられたのだった。
────グオオオオオオオオオオオオ
それでもまだ生命の炎は消えていないのか、魔物は精一杯の抵抗として咆哮を起こし、再び辺り一面に激しい風を巻きおこした。
だが今度は隊員たちは、全員上位防御魔法を使用しているので、吹き飛ばされずに済んだ。
「……皆さん、水属性魔法で……追撃……し……てください‼︎」
「はい‼︎」
ルーシーが掠れた声でなんとか指示を出すと、すかさず第一隊の水属性魔法を使用することが出来る隊員たちが、その魔法で各々攻撃を開始した。
ルーシーは「大魔法」を使用したことによって、魔力も体力も底をほとんどついていた。
レオンは速やかにルーシーの元へ駆けつけると、間一髪、ルーシーの飛翔魔法が解け、静かに地面に落下して行く────が、寸前のところで彼が彼女を抱える様に支えて、そのまま静かに地上へと降り立つ。
「……大丈夫か?」
「……はい。ご心配を……おかけしま……した」
ルーシーは身を固くしたが、ふとほぼ無意識に、レオンの腕にその右手で触れた。
「……どうかしたか?」
レオンは普段と様子が違うルーシーが気になり声をかけようとすると、彼女の方から先に声をかけた。
「……あ……の、陛下」
「辛いか? すぐに陸軍の部隊が張っている救護所に連れて行くからな。……本当に、良くやってくれた」
ルーシーは目頭が熱くなるのを感じながら小さく頷くと、意を決して言葉を紡ぎ出す。
「あの、私、陛下に……聞いていた……だきたい……ことが……」
そう言って俯き、震える彼女を見ていると、レオンは自分自身の不甲斐なさに襲われそうになった。
「どう言ったことだろうか?」
ルーシーは、覚悟を決めた。
「……実は、私は……」
「総隊長! 大丈夫ですか⁉︎」
二人の元にオズが降り立った。
「今すぐ、ドリンクをどうぞ」
「あり……が…とう……」
そう言って少しずつドリンクを摂取すると、じんわり身体が熱くなり、眠気におそわれ瞼を閉じた。
「陛下。後は僕が引き受けます。それと士務長官がお呼びでした」
「そうか。……では、すまないが、彼女のことをよろしく頼む」
「はい、お任せください」
オズはルーシーを背負い、救護所まで駆けて行く。
(陛下の恋人って……、いや、まさかな)
その考えはすぐに打ち消し、ともかく今は救護所へ急ごうと全速力で走って行った。
それからレオンが加わり、高位水属性魔法で追撃したのもあって、五分もかからず大魔火竜は蒼の粒子となって散って行った。
ルーシーはその様子を救護所の簡易ベッドの上で、ただぼんやりと眺めていた。
「お父さん、お母さん、敵を取ったよ……」
そう呟くと、再び瞼を閉じたのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。
次回からは、レオンとルーシーの物語がメインになる予定です。
次回も、お読みいただけると嬉しいです。
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