第3話 水族館デート
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二人はパスタ店を後にすると、電子端末の地図を頼りに水族館を目指すことにした。
道なりに歩き出し、しばらくするとルーシーは物欲しそうに右手を動かしてソワソワとし始める。
テナーはすぐに気が付いたのか、左手を差し出してそっと包み込むようにルーシーの手を握った。
瞬間、ルーシーは目を見開くが、隣で微笑む彼に心が柔いだ。
テナーの気遣いに、ルーシーはたまらなく嬉しく思うのだった。
◇◇
オリーブ水族館へと到着すると、ルーシーは入場券を買おうと券売機の列に並ぼうとするが、テナーが今も繋いでいる手にぎゅっと力をこめたので動きを止めた。
「もう手続きはしてあるから、こっちだよ」
その言葉の旨をいまいち飲み込めなかったが、ともかくテナーについて行くことにした。
そして、入り口付近の隅まで移動すると、テナーは自身の電子端末を取り出し、それを手早く操作してルーシーの端末に情報を送ってくれた。
「えっと、これは?」
何とか操作はできるが、あまり電子端末等の機械の操作が得意ではない彼女にとって、今現在表示されている画面が何を示しているのかはいまいち理解することができないのだ。
「これで、電子端末をあちらの読み取り機にかざせば、入場できるようになったんだ」
「へえー! そうなんだ。凄いな!」
ともかく、彼の後に続いて端末を読み取り気にかざしてみると、電子音が鳴り響き入場口が自動で開いた。
「駅の改札口みたいなんだね」
「ああ、確かに似てるね」
関心しながら進んでいると、何やらテナーからしみじみとした視線を送られている気がした。
「テナー君、どうかしたの?」
「いや、何だか良いなと思って」
「? そうなんだ。さあ、行こうか」
「うん。そうだね」
そうして、二人は水族館へと入館して行った。
◇◇
館内はいくつかのゾーンに分かれており、二人はまず入り口からすぐにあるクラゲの水槽の前で立ち止まり、鑑賞していた。
「こ、この生き物は、どうしてこんなに透明でふわふわしているのに、動けるんだろう!」
まるで子供のような感想だが、彼女はなにぶん水族館に来たのが初めてなので、どうか大目に見てもらえるとありがたい。
「ああ、これはミズクラゲだよ。あちらにいるのはオワンクラゲで、こっちはエボシクラゲ、そちらは……」
性分なのか、テナーは淡々と水槽の中のクラゲの種類の説明をしているが、その隣で薄暗い館内の水槽が映えるように照らされている何色もの色鮮やかなライトアップされた水槽にルーシーは心奪われて、目を輝かせていた。
「…………綺麗! テナー君、ミズクラゲが紫色の光に照らされて、すっごく綺麗だよ!」
はたと、テナーはルーシーの方に視線を移すと歩みを止めた。
(可愛い……)
ここが公衆の面前で、なおかつ周囲に彼の警備が、私服で十数名も潜り込んでいなければ、思わず抱きしめているところだった。
なので繋いだ手を少し強めに握り、そっとルーシーの髪に触れ撫でるに止まった。
「テ、テナー君……」
ルーシーは、瞬く間に顔面が真っ赤になっていた。
(か、可愛い……)
その反応にすら愛しさを感じ、彼はたじろくルーシーを傍目に、しばらく彼女の髪を撫でて過ごしたのだった。
クラゲの展示フロアを抜けると、カクレクマノミや、ニシキアナゴ等、様々な魚たちが水槽の中を泳ぎ回っていた。
その水槽を一つ一つ興味深そうに見て回り、次のフロアへと移る。
そうして二人は、イルカショーを行っている屋外ステージへと移動した。
イルカショーは既に始まっており、今はちょうどイルカが、トレーナーが持つ付加魔法がかかったフラフープの輪の中をくぐり抜ける技を行なっているところだ。
イルカがくぐり抜けると、フラフープにかけられた水属性の魔法がイルカを見事に水疱に包みそのまま勢いよく水に飛び込むので、非常に見応えがあった。
「……イルカショーか、久しぶりだな」
テナーは幼い頃に、両親に連れられて弟と一緒に同水族館に来館し、イルカショーを観賞したことがあった。
その際、防水カッパを着ていたが、中央で観ていたからか水飛沫がかかったことを思い出した。
──もう、両親も弟もこの世にいないが。
珍しくルーシーが何も言わないので、どうしたのかとテナーは覗き込むと、ルーシーは彼の手をギュッと握り直した。どうやら、イルカの動きに目を奪われているようだ。
二人は一番上の歩道で立って観賞しているので割と遠目で見ているのだが、それでも迫力は充分伝わって来た。
「凄いよな」
ルーシーは息を大きく呑みながら、ただ頷いたのだった。
◇◇
館内を一通り見て回った後、最後に二人は土産物売り場を訪れた。
それぞれ土産物を見て回っていたのだが、ルーシーはイルカのキーホルダーを見つけると、すぐにそれを手に取りこっそりレジへと並んで会計を済ましたのだった。
そして水族館を後にして出口付近のベンチに二人で並んで座り、テナーに土産包みごとそれを手渡した。
「はい。良かったら今日の思い出にもらって欲しいんだ」
テナーは包みを受け取ると、早速それからキーホルダーを取り出し口元を綻ばせる。
「ありがとう。いつの間にか、買ってくれてたんだ」
テナーが喜んでくれたのが嬉しくて、ルーシー自然に微笑んだ。
「それじゃ、僕の方からは……」
そう言って箱型の包みを渡した。
「テナー君も、用意してくれていたんだね」
心和みながらその包装紙を開くと、スノードームが入った箱が出てきた。
それは中に、イルカやカメ、クマノミのデフォルトされた小さめのオブジェが入っている。動かすとキラキラとラメが舞い動いた。
「……わあ、綺麗……!」
ルーシーは、一目で気に入ったのだった。
そうこうしていると時刻は既に十八時を回っており、夕食でもと誘っても良さそうな流れだったが、テナーはスノードームを手にして目を輝かせているルーシーを傍目に、ベンチから立ち上がった。
「……そろそろ、帰ろうか。もうすぐバイトだったんだ」
「え? う、うん。そっか、今日もバイトだったっけ。時間大丈夫?」
「うん、大丈夫」
つられて立ち上がると、彼の後について行く。
「そうだ、テナー君。水族館の入館料まだ私、払ってなかった。立て替えてくれていたよね? いくらかな」
そっと歩みを遅めて、ルーシーの右手を握った。
「ああ、それは大丈夫。充分もらったから。それより……」
テナーはルーシーの方へと向き直した。
「今度、いつ会おうか」
テナーの申し出に、ルーシーは口元を緩めたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
普段の二人はカフェデートが多いのですが、たまに何処かへ出かけることもあるようです。
次回も、ご覧いただけたら嬉しいです。
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