第28話 私が何者であったのか
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今回は、魔物討伐編(2回目)です。
それから一同は一階の作戦司令室へと移動すると、それぞれ素早く自席へと着席した。
次いでミトスが卓上用電子端末を操作し、前方の特大の電子スクリーンに映像を映し出すと皆次々と息を呑んだ。
──その映像には、今まで見たことこもない魔物が映っていたからだ。
「……これ、何でしょうか……」
映像はカメラ搭載型の無人飛行機が撮影したものなので、ピンポイントではないし画像も粗かったがそれでもその魔物が巨大で飛行するタイプということは、理解すること出来た。
そして、これは魔法士たちがこれまでの討伐で経験して得た直感からだが、おそらくこの魔物が討伐隊をすり抜けて活動を始めたら、今までの魔物の何倍もこの国に住む人々にとって、いや世界中の人々にとって脅威となり得る可能性が高いだろう。
ルーシーは衝撃を覚えていた。
なぜだかわからないが、この魔物を一目見た時から既視感と共に、鼓動の高鳴りを感じて非常に落ち着かないのだ。
だが、ともかく自分がこの場をまとめないと始まらないので、自身を奮い立たせて何とか思考を働かせた。
「今回の魔物は、この映像やセンサー等から解析した結果、現状では未確認の魔物だと判断しました」
瞬間、魔法士たちの狼狽える声が聞こえるが、彼女は動じることなく淡々と段取りを説明していった。
それが終わるやいなや、士務長官のナオと副士務管のクレイムも入室した。
彼らのオフィスはそれぞれ個室であり三階にあるので、他の魔法士たちとは別行動になったのと今回の魔物の脅威をいち早く確認しており、彼らなりに手を打っていたようだ。
「シュナイダー総隊長。陛下に未確認の魔物が出現した事情を説明したところ、現在タターキ王国の外務大臣と会談中でしたが、一時中断して対象地に向かわれるそうです」
一瞬、そんな大事な仕事を抜け出して良いのかとも思ったが、今はそんなことを言っていられないとも思った。
「それから今日は、陛下には私がついていきます。ただ、普段指揮を執っているのは補佐官なので、私はあくまでも一魔法士として動きますが、よろしいですか?」
「はい、もちろんです」
彼女は幾ばくかは心が軽くなったが、それでも重たいこの気持ちは拭いきれそうになかった。
「それでは、出発しましょう」
「はい!」
魔法士たちは順々に飛翔魔法で専用口から出発して行き、目的地へと向かっていったのだった。
◇◇
それから、十分ほどの間各々緊張した面持ちで飛翔魔法で移動すると、魔法士たちは目的地の森林へと辿り着いた。
該当の場所だとは、件の魔物が上空で飛行していたので、すぐに目視で確認が取れたのだ。
「あれって……、伝説上の魔物か何かか?」
「分かりませんが、謂わゆる『ドラゴン』と言う奴かもしれません……」
ヘンリーとミトスは冷や汗を流しながら、何とか冷静になろうと努めながら会話をした。
「……本部からの伝令です。あの魔物は、仮に大魔火竜と名づけられました。弱点属性はやはり水属性ですので、先ほど打ち合わせた通りの作戦でいきます。皆さん、よろしくお願いします」
「はい!」
ルーシーの指示の後、隊員たちは速やかに各々の持ち場に移動していく。
本日も計二十名なので、第一、第二隊共に九名ずつ、中央にルーシーとオズの配置だった。
だが、今日は相手が大魔火竜なのでどちらの隊共、空中に滞在する予定だ。
ルーシーは酷く緊張していた。
ただでさえ、魔物討伐中は緊張するのだが、今はその比にならないほど冷や汗が出てくるし、鼓動が大音量で鳴りっぱなしだった。
大魔火竜は、全長が目視でおおよそ三十メートルはあるが、それは魔物としては規格外の大きさだった。
また、その姿はまるで『大きなトカゲ』を連想するような姿だが、その背中には巨大な二翼があった。
加えて、その全身の皮膚は強靭な鱗で覆われており真っ赤なそれは見ているだけで背筋が凍る思いになる。
ただ、例によって大方の魔物は、この世界に姿を現したばかりの時はこちらから仕掛けない限り活動をほとんど行わない。
稀に、例外もあるので油断は出来ないのだが、どうやら今回の魔物はその大方の方に該当するようだ。
(こんなの、相手に出来るのだろうか)
その思いが隊員たちの心中で駆け巡ったが、ともかくルーシーは皆が配置に着いたのを確認すると、作戦開始の合図を全員の腕時計型受信機に送った。
◇◇
まず、第一隊の後衛の隊員が、各々全員に出来うる限りの補助系の魔法をかけ続け、それが完了したら前衛の隊員が攻撃魔法を唱え始める手筈となっている。
なお先述の通り、先に攻撃魔法を仕掛けると魔物を刺激し、攻撃される可能性が高いため先に防御魔法をかけることになっているのだ。
加えて、今回は普段は交互に活動している二隊だが、相手が未知の魔物なので、序盤から二隊同時に活動することとなっていた。
『対象者に強固な守りを! プロテクト・ミドル!』
後衛の隊員は次々と中位の防御魔法をかけて行き、透明なシールドが張られていく。各隊員に一分ほどでそれは行き届いた。
ルーシーも開始直後に、自身とサポート役のオズに『プロテクト・モスト』をかけ、その他に加速や水属性強化の魔法も唱えた。
そして、ルーシーは周囲を見渡すと、再び受信機に合図を送る。
──攻撃開始である。
◇◇
今回は、まず中央に配置されているルーシーが最高位の水属性魔法を使用し、続いて両サイドの隊が攻撃魔法を使用する手筈となっている。
『アクア・モスト!』
瞬間、右腕を振り上げた彼女の手のひらから強力な水が渦を巻いて出現し、大魔火竜に勢いよく直撃した。
本来だったら今回も『アクア・モスト』で包み込み、光属性魔法で追撃したいところだが何しろあの巨体だ。
流石のルーシーも、あれを一人で包み込むことは不可能だった。
──グワアアアアアア
大魔火竜は彼女の攻撃魔法がこたえたのか、低重音で大音量の咆哮を上げた。
それは、空気を振動させ空中に滞在中の隊員たちを次々と吹き飛ばしていく。
「うわああああああああ……‼︎」
皆一様にそれぞれ別の場所へ吹き飛ばされており、このままだと確実に地面や木々に打ち付けられるだろう。
(……やめて……)
ルーシーは、何が起きたのか理解が出来ていなかった。
ただ周囲の仲間たちが、実にゆっくり、地面に叩きつけられそうになるさまを、固まった身体で眺めているだけだった。
そして、再び響く魔物のあの咆哮。
彼女は、かつて同じ咆哮を聞いたことを思い出す。
──そして、あの日の光景が突然目前に現れた。
そう、あれはまだ十代になったばかりの頃、かつて暮らしていた寂れた村でのことだ。
凍えるような一面の雪に囲まれているが、それに対処する術など殆ど無に等しい家屋にルーシーは住んでいた。
あの時も確か、村にあの魔物が現れて……、そして、自分の立場は……。そうだ、思い出した。
──私が、何者だったのか。
「総隊長‼︎ 即刻手分けして『フライング』を皆にかけなおしましょう! 俺たちは、総隊長の『アクセラレーション』のおかげで加速しています。今ならまだ間に合いますよ‼︎」
オズはそうは言ったが、実の所、いくら自分たちが加速しているとはいえ、とても今から二人で十八人全員各々に魔法をかけ直していたのでは、彼らが地面に到達するまでとても間に合わないと、頭の片隅では理解をしているのだろう。
だが、認めたくはない、諦めたくはなかった。
オズの言葉で意識が戻ったルーシーは、すぐに頷くと、即刻魔法を唱える。
『フライング‼︎』
ルーシーは最大限の意識をのせて、散ってゆく仲間たちに飛翔魔法をかけた。
彼女の脳裏にはつい先ほどまで一緒に雑談していた仲間たちの笑顔が、焼き付くように浮かんでいた。
(……駄目、絶対死なせない。絶対に‼︎)
ルーシーのブレスレットは何も動作していないように見えて、実は大魔火竜の咆哮を受けた時から作動していた。
ルーシーとオズが無傷でいられたのは、その衝撃にルーシーが張ったシールドが耐えられたからであるが、たとえシールドで防いでもブレスレットは装着者に危険があったと判断し、効果を発揮したのだった。
瞬間、ルーシーの唱えた魔法は煌く光を放って周囲一帯に効果を発揮し、吹き飛ばされていた仲間たちが一斉に浮かび上がった。
「……どうなって、いるんだ?」
オズは、目の前の光景を見て思わず呆気に取られた。
『フライング』は高位魔法に位置し、とても全体魔法でかけられるような魔法ではないからだ。
「シュナイダー総隊長!」
ルーシーの『フライング』が隊員たちを再び空中へと戻している間に、二人の元へ士務長官のナオと別件の仕事を抜け出してすぐに合流して来たレオンとその護衛たちが飛翔魔法で駆けつけた。
「遅くなって、すまない」
「……いえ、お越しいただき、ありがとうございます」
そう自分に目を合わせずに言ったルーシーの様子が素っ気なく感じたが、レオンはともかく今は状況確認をいち早く行わなければと思ったのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。
魔物討伐編(2回目)は次回で終了です。
次回も、お付き合いいただけると嬉しいです。
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