第24話 テナーからのプレゼント
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「ルーシー、着いたよ」
テナーは車を都営の駐車場に停めると、助手席で眠っているルーシーに声をかけた。
「う……ん」
ルーシーはそっと目を開けると助手席のシートから起き上がって、目元を自身の指でこすった。
「……ごめんね、いつの間にか眠ってたみたい」
「ゆっくり出来たようで、良かった」
テナーは微笑みながら、運転席から降りると、回り込んで助手席の扉を開いた。
「ありがとう」
ルーシーはその彼の心遣いに嬉しくなって、自然に笑みがこぼれる。
二人は車を降りると、手を繋ぎながら海岸沿いの歩道を歩いて行き、道沿いの階段から浜辺へ降りると海水につからないように気をつけながら海へと近づいた。
「わあ、海って凄く広いんだね!」
「うん、そうだね」
(ルーシーがかつて住んでいたユベッサ公国は、内陸国だから海を見る機会がなかったんだろうな。加えて故郷のトロニアは、海という概念自体がなかっただろうし、そもそも彼女の立場では……)
そう思いを巡らせながら海を眺めていると、波の音が聞こえる。
瞬間、辺りはその音しか無くなったのかと思うくらい波の音に惹きつけられた。
「テナー君。波の音って凄く落ち着くね」
そう言って、まぶたを閉じるルーシーの唇に、テナーは思わず触れそうになった。
「……そろそろ、行こうか」
「う、うん?」
急にテナーが歩き出したので、ルーシーは不思議に思ったが、彼の後を急いでついて行った。
◇◇
それからは周囲の歩道を歩いて散策し、道沿いのカフェに入った。
「お待たせしました。チョコレートパフェとアールグレイのムースです」
男性の店員がテーブルにデザートを運び、「ごゆっくりどうぞ」と結んで去っていく。
ちなみに飲み物はあらかじめそれぞれアイスティーを注文し届いていたので、すでに飲み始めていた。
「それにしても、意外だな」
「意外?」
チョコレートパフェを黙々と食べているテナーを、微笑ましく思っていると自然に呟いていた。
「テナー君が、甘いものが好きなこと」
「ああこれは、過去の潜伏中に気を紛らせるために甘いものを取るようになったら、今も癖になって抜けなくなったんだ」
「潜伏中?」
日常生活で中々聞くことがない単語に、純粋に不思議に思った。
「いや……そう、大学の仲間と良く潜伏をして過ごしているから」
「? へ、へえ、そうなんだ」
ルーシーはよく分からないなと思ったが、ともかく、今日のお弁当の卵焼きの砂糖を多めにしておいてよかったと思った。
「……そうだ、ルーシー。今日は君にもらってもらいたいものがあるんだ」
言ってテナーは、自身の鞄から包装された小さな箱を取り出した。
「え? 誕生日でもないのに、もらっていいのかな?」
「もちろん。君に身につけていて欲しいんだ」
「わあ、なんだろう」
ルーシーが、包装紙を丁寧に開くと箱が姿を現した。
その蓋を開くとその中には、シンプルな銀のチェーンに、いくつか透明な石がはめられたブレスレットが収められていた。
「……凄く素敵……!」
「これを、出来れば肌身離さず身につけていてもらいたいんだけど……。ルーシーの職場って、これぐらいのアクセサリーだったら、仕事中でも身につけられる?」
「え? う、うん。大丈夫だと思う」
「そう、よかった。……仕事中も身につけていて欲しいんだ。僕を少しでも思い出して欲しいから」
ルーシーの頬は、途端に真っ赤になった。
「すごく、嬉しいな。私にはもったいないよ」
ルーシーは、すぐにそのブレスレットを左腕に身につけた。
テナーは、小さく息を吐く。
◇◇
(……これで、魔物討伐中に滅多なことがない限り、ルーシーや周囲の人が傷つくことはないだろう)
そのブレスレットはその実、三年ほど前からオーダーメイドで制作の注文をしていたものだった。
その石には、現状の技術で付けられる限りの補助魔法が付加されていた。
特に装着者の身に危険が及んだ際に、装着者や周辺にいる者にその魔法は自動的にかかるようになっている。
ちなみに、テナー……レオンは、学生時代に様々な魔法アイテムに関する技術を開発し特許をいくつも取得しており、今回のブレスレットにもその技術は使用されていた。
したがって潜伏期間中の資金は、それによって困らなかったし、現在もその莫大な特許料はレオンの収入の一つになっている。
また、ルーシーに贈ったブレスレットは、極力安価な物のように見えるようなデザインにしてあるが、実のところこれはこの国で出回っている高級車が数台買えるほどの価格だった。
その代金はもちろん私的なものなので、レオンの私財から賄われている。
だが、そのことに気づかれると、彼女の性格からして到底普段使いなどしないだろうし、受け取ってもらうことさえ難しいだろう。
なので、極力デザインをシンプルなものにしてもらい、更に一見付加魔法がかかっていないように見せかける特殊な技術もふんだんに使われていた。
発動中も魔法のギミックは発生しないようになっているので、目視では一見効果は分からないのだ。
また本来だったら、ルーシーが魔物討伐を行い始めた頃から使えるように渡したかったが、複雑な技術力が必要でただでさえ時間がかかるのに加え、近頃は高位魔物が出現しその都度に付加魔法も高位なものに変更していたので、その分時間がかかってしまったのだ。
ちなみ、ルーシーと仮初の姿とはいえ付き合えることになるとは思わなかったので、当初はテレサ辺りに頼んで自分からだとは伏せて渡してもらうつもりだったようだ。
「この間も、素敵なスノードームをもらったばかりなのにもらってばかりでごめんね」
少し戸惑いながらも、ルーシーは穏やかに笑い、しばらくブレスレットを眺めていたのだった。
(気休めかもしれないが、どうか少しでもルーシーの役に立ってもらえれば……)
テナーはそう思いながら、チョコレートパフェを再び食べ始めた。
◇◇
「今日はありがとう、楽しかった。……それじゃ、またね」
十八時が過ぎ、テナーはこの後用事があると言って自分の車を駐車している駐車場付近の路肩に車を駐車すると、運転席から降りてルーシーと交代し、彼女に頬に軽く指で触れてそう言った。
「うん、こちらこそありがとう。気をつけて帰ってね」
言って別れると、ルーシーはすぐに車を発車させて自宅へと向かった。
(……今日は、テナー君に抱きしめてもらえて嬉しかったな。それに加えて、こんなに素敵なプレゼントまでもらって、幸せだな)
そう思うと、思わず後部座席が気になったが、気を乱して運転に支障をきたしそうだったのでなるべく雑念を払って前方を見ることにしたのだった。




