第22話 抱擁(はぐ)中の告白
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ルーシーの鼓動は、高鳴りっぱなしだった。
彼女は自分の手を握るテナーの手を、意識的に強く握りしめながら、コインパーキングへの道のりを確かめるように歩いて行く。
今更ながら、テナーに対して「抱きしめて欲しい」なんて我ながら大胆なことを言ってしまったとも思うが後悔はしていなかった。
ただ、テナーの返事が少々歯切れが悪く感じられたのは気になりはしたが、それでもこれからのことを思うとそれはあまり気にしないことにした。
それから、二人はルーシーの案内で普段のデートの際にルーシーが自身の車を駐車をしているコインパーキングへと移動すると、彼女は白の軽自動車のボタンを押して施錠を解いた。
「バスケットは、トランクの中で大丈夫?」
「うん、ありがとう」
テナーは公園から持ってきたバスケットを自動車のトランクにしまってドアを閉め、改めて思う。
(僕の身長だと、後部座席に座るだけでも、ギリギリだな)
ルーシーは、意を決してテナーに声を掛けた。
「テナー君、一緒に入ろう」
テナーは、そっと微笑み頷いたのだった。
◇◇
まず、ルーシーがドアを開いて後部座席に座り、続いてテナーが後部座席に座った。
テナーの身長は約百八十五センチなので、彼は軽自動車の天井に頭がぶつかりそうになるが、かがんでそれを防ぐ。
それからテナーはそっと、自身の左側に座るルーシーの肩を左腕で抱き寄せた。
「テナー君……」
「ルーシー」
テナーは息を小さく吐きながら、更に右腕を彼女の背中に回して、ルーシーを抱きしめた。
お互いの体温が、伝わっていく。
ルーシーの、そしてテナーの鼓動は高まり、ルーシーも彼の背中に腕を回し二人は抱きしめあった。
テナーの逞しい胸板、力強い腕、彼の鼓動……。
どれひとつをとっても、ルーシーの胸を熱くさせるには充分だと思われる。
「やっと、……こうできたね」
テナーは瞬間、六年前のあの出来事が脳裏によぎった。
最もあの時はテナーは本来の姿だったが、二人は確かにあの時もこうして抱きしめあった。
──まさかその直後、レオンが席を外した隙にあの二人がルーシーに対して、あの行動を起こすとは夢にも思わなかったのだ。
ルーシーの柔らかな感触、匂い、見上げてくる潤んだ瞳……。
どれひとつをとっても、テナーの理性を飛ばすには充分だった。
だがギリギリのところで、それは何とか保てていた。
今理性を失ったら本来の姿で彼女に触れることなど、二度と出来なくなると直感で悟ったからだ。
「テナー君、大好き」
そう言って自分の胸に自身の身体を預け、より強く抱きしめてくるルーシーがテナーは愛しくてたまらなかった。
(もう一層、今正体を明かして求婚しよう……)
人生は、時には勢いも必要だとテナーはこれまでの人生の中で学んでいたので、今回もそれが該当しそうだと思いを巡らせていた。
また、審議会や内閣がいつの間にか審議し送ってきたルーシーとの婚姻許可証の存在も、テナーの背中を押す存在の一つだった。
それからそっとルーシーの方を見下ろすと、彼女は小刻みに震えていた。
テナーは、自分が何か不手際をしてしまったのだと、咄嗟に思った。
「ごめん、苦しかった?」
ルーシーは、強めに首を横に振った。
「……違うの。テナー君に抱きしめてもらえたのが、嬉しくて……」
テナーは、そっとルーシーの頭を優しく撫でて、落ち着かせようとした。
「……テナー君、私怖いよ……」
ルーシーの言葉に、思わずテナーは自身の彼女の頭を撫でる手の動きを止めた。
「……怖い?」
「……うん」
言ってルーシーは、堪えきれず涙を流しながらテナーを見上げた。
「詳しくは言えないけど、私、魔物と戦っていて……」
「……うん」
国家魔法士が一般人に魔物の討伐のことを話すこと自体は、守秘義務違反にはならない。
何故なら、それは公式のこととして、政府が国民に向けて公開をしているからだ。
ただし、魔物の細かな情報を伝えることは違反となるので、誤って言わないようにそもそも国家魔法士たちは魔物の討伐自体の話題を普段あまりしないのだ。
ルーシーはそれを弁えてえているので、言葉には気をつけて自分の思いを繋いでいった。
「いつ自分の判断ミスで、仲間が傷つくんだろうって思ったら本当に怖くて……。この間、とても心強い魔法士の方が途中から来てくれたんだけど……」
(心強い魔法士の方……)
テナーは少し考えると、ひょっとして自分のことかと思い当たった。
「その方が、あの時来てくれなかったら、私と同僚の人は今頃ここにはいなかったと思う……」
そう言って再び涙を流し、テナーの胸に顔を埋めた。
「自分が不甲斐なくて……。後日その方にお会いした時、そんな自分が恥ずかしくてつい身を固くしちゃった……。その方は労ってくれたけど、討伐の後家に帰って思い返してみたら不甲斐なさが襲ってきて、その方に改めてお礼も言うことが出来なかった」
テナーは、今初めてルーシーの本音を聞いたと思った。
「……そうだったんだ。ごめんな……」
ルーシーは、思わず顔を上げた。
「何でテナー君が謝るの?」
不思議そうにするルーシーに、テナーは動じずに言った。
「君の想いに、気づくことが出来なかったから」
「……そっか」
ルーシーなりに理解して、ルーシーは再びテナーの胸に身を預けた。
(そういうことだったんだな……。やはり、彼女の仕事の悩みを聞くには、テナーでは限界がある。……でも、レオンだったら?)
テナーはそう思うと、何か糸口が見えた気がした。
そして彼女に求婚しようとしていた思考は一旦止まり、今は糸口の方を優先しようと思ったのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。
また、作中に出てきた「あの二人」はまだ本作には登場していませんが、この後もう少し先ですが登場予定です。
次回も、お読みいただけると嬉しいです。
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