第21話 抱きしめて欲しいな
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今回は、テナーは戸惑いながらも、ルーシーの申し出を今断るということはどういうことかと思案し、決断するお話です。
『テナー君に、……抱きしめて欲しいんだ』
テナーの動きは思わず止まり、芝広場に吹き付ける涼しげな風が彼の素肌に染み渡った。
(抱きしめて欲しい……)
二人が付き合い初めておよそ四ヶ月。
これまで恋人らしい触れ合いと言えば、手を繋いで道を歩くことと、前回のデートでテナーがルーシーの肩を抱き寄せたくらいで、お互いの年齢を考えてみたら健全な付き合いをしていた。
というのも、ルーシーは言葉にはしなかったが、随分前からそれ以上のことを望んではいたのだが、テナーの方が極力それを避けていたというのもあった。
何しろテナーは、本来の姿であるレオンの仮初の姿であるから、テナーの姿で恋人同士の親交を深めるわけにはいかなかったのだ。
それについ先ほど、「レオンとして彼女と付き合うには、レオンがテナーを超える」という結論を出したばかりだ。
それなのにテナーがルーシーと親交を深め、関係を進めるわけにはいかないのだ。
(だけど今それを拒んだら、ルーシーを傷つけるかもしれない)
それもまた違いなかった。
恋人に触れ合いを持ちかけて拒否されことは、おそらくその人をかなり傷つける行為だと思われる。
まさにテナーは、二つの思いによって板挟みになっていた。
「……ダメ、かな?」
ルーシーはそっと離れて、少し寂しそうに笑った。
その笑顔を見たら最早これまでだった。
ルーシーを傷つけてしまうかもしれない選択は、極力取りたく無いと言う気持ちで彼の思考は支配されたのだ。
「……もちろん、いいよ」
テナーは笑顔で、出来るだけ動じていることに気づかれないように努めて答えた。
「よかった……」
本来この国では、女性の方からパートナー同士の触れ合いの申し出をすることはあまり無く、彼女にそれをさせてしまったことについてもテナーは心苦しかった。
「……だけど、どこでしようか。……ここで今する?」
テナーとしては二人きりの室内では、自分が何をするか分からないので極力避けたかった。
とはいえ、ここは公園の芝広場で周囲には人が多く、昼食を取ったりくつろいだりしてそれぞれが思い思いに過ごしていた。
その上、常時テナーの外出時には必ず数十名の彼の護衛が私服で周囲に潜伏しているので、彼らたちにも自分たちが抱き合っている所をばっちり見られてしまうだろう。
だが室内でするくらいなら、恥は捨てて構わないと割と本気で思っていた。
「そ、それは流石に、初めてなのに恥ずかしいよ」
顔を赤らめて必死に首を横に振るルーシーを見ていると、初めてじゃなければ大丈夫なのかなと、思わず疑問が過り何とも言えない気持ちが込み上げてくる。
「場所なんだけど、……私の車の、後部座席はどうかな?」
「……車内……」
テナーは、思わず目を細めた。
車内なら人の目は気にならないが、正直に言って自分が車内のような密室で、ルーシーに対して抱擁をしておいてそれだけですませる自信は、ほとんど無かった。
(テナーは、いずれはルーシーから立ち去らなければならない。出来れば具体的な触れ合いは避けたい……が、そうも言ってはいられないな……)
テナーは小さく息を吐くと、意を決して頷いた。
「うん、分かった」
穏やかに微笑むと、ルーシーは少し気恥ずかしそうにした。
「……じゃあ、お昼も終わったことだし、バスケットを車に置きに行こうか」
ルーシーの申し出に、テナーは動じずに頷いた。
思ったよりもそれは早く行うことになりそうだったが、一度決断したからにはいずれは行うことになることだから一層清々しかった。
(それにしても、……急にどうしたのだろう)
ルーシーの急な申し出に、動揺して肝心なことを思案することを失念していたが、テナーは何故急に彼女が今回のことを持ちかけたのか、その理由が急に気にかかった。
「テナー君?」
気がついたら、レジャーシートも仕舞われてすっかり片付けは済み、立ち去ることが出来る段階になっていた。
「……うん、行こうか」
そう言ってテナーは、ルーシーの手をそっと握って歩き始めた。
お読みいただき、ありがとうございました。
付き合っていれば、いつかは何らかしらの触れ合いを行うことは、テナーも承知していたのですが、彼女の気持ちを本来の自分であるレオンに持っていきたい今となっては、戸惑うところでもあります。
次回も、お読みいただけると嬉しいです。




