第2話 パスタ屋さんで
ご覧いただき、ありがとうございます。
今回は、昼食で訪れたパスタ屋さんでのお話です。
時は遡り、本日の十三時頃。
二人は、待ち合わせの噴水公園から徒歩で五分以内の場所にある、パスタ料理専門店の「オールパスタ」へと訪れていた。
来客で混む時間帯だが、並んでいる人々も然ほど多くはなく、席に案内されるまでほとんど時間を要さなかった。
「これからどうする?」
カルボナーラをフォークで絡ませながら、テナーはルーシーに訊いた。
ルーシーは、テナーのカルボナーラも美味しそうだなと思いながら、自身のペペロンチーノを絡ませながらぼんやりとする。
テナーと会えさえすれば、こうやって一緒に食事をすることさえできればそれで満足だったので、ルーシーは特にその後のことを考えていなかったのだ。
「もし特に希望がなければ、これからここから歩いて五分くらいのところにあるオリーブ水族館に行かない?」
電子端末の画面に件の水族館のホームページを表示して、ルーシーに見せた。
その画面には水族館のイルカやクラゲなどの写真が散りばめられており、見ているだけで心惹かれるようだった。
「水族館! 私、行ったことがないんだ。いいな、行きたいな」
水族館に行ったことがないという言葉には特に触れずに、テナーは笑顔で頷いて「それじゃ、きまりだね」と言った。
「それはそうと、午前中は仕事だったんだよね? どうだった?」
少し遠慮がちに小さめなテナーの声に、安堵感を覚えた。
「……うん、大変だった……」
仕事上の守秘義務もあり、詳細を話すことはできないので言葉を選びながら言葉を紡ぐ。
「何だかいつもよりも、……そう、難しくて、同僚の人たちと協力して、なんとかこなすことができたんだ」
「そうだったんだ。……頑張ったね」
テナーの柔らかい表情に吸い込まれそうになりながらも、思わず頷いていた。
「……うん、ありがとう」
震える手を今すぐどうにかしたい衝動に駆られるが抑えて、代わりにテナーのことを聞いてみようと思い立った。
「テナー君は、午前中は何してたの?」
動きが思わず止まり、一呼吸おいてから表情を変えずに言った。
「僕は、大学の課題をやってたよ」
「へえ、そうなんだ。私、学校は魔法大の夜学だったから、一部の学生の課題って新鮮だな」
口元を緩ませて思案する。
「ルーシーは、専攻は何だったんだっけ?」
「えっと、魔力学だよ。人は何で魔力に差があるのか学んだり、研究してた」
「そうなんだ」
きっとテナーは、ルーシーが魔力学を専攻していたということが意外だったのだろう。その証拠に彼の目は大きく見開かれていた。
「人は生まれながらにして、その魔力量が違う」というのが魔力学の通説だが、実はそれ以外にも一般的ではない説もある。
ルーシーはぼんやりとそのことを巡らせた。
「テナー君は、何学部だったんだっけ?」
「僕は政経学部だよ。将来役に立つんじゃないかと思ってね」
「政治! す、すごいな……。私は、苦手だな……」
「ルーシーって、公務員だよね。そんなことを言っていて大丈夫? 直接関与することはないとはいえ、政治に苦手意識があったらままならないこともあるんじゃない? 魔法士は魔法法令を常に意識しないといけないと思うし」
痛いところを突いてくるテナーに、ルーシーは耳が痛かった。
「う、本当にその通りだよね……。本当は何でも屋を開こうとしていたとはいえ、今は魔法士の端くれなんだから、もっとしっかりしなくちゃね」
瞬間、テナーがテーブルに手をついたのでルーシーの視線はそちらに移ったが、彼が小さく咳払いをしたので無意識に戻した。
「……何でも屋?」
「うん。魔法大でライセンスを取得して、魔法が使える何でも屋を当時下宿していた花屋さんの一画を間借りして、細々と始めようと思ってたんだ」
テナーの動きが止まり、一呼吸置いて小さく「覚えているのか……?」と呟いた。
「そうだったんだ」
「でも、ちょっと事情が変わっちゃって、何でも屋は今の事情が治まってからじゃないとできないかな」
「……何でも屋をやりたいんだ」
「うん。なんでかやらなくちゃいけないって思うんだ。ユベッサ公国でも一年ぐらいやってたし」
カラン、という音がしたので何事かと思い音のした方へと視線を移すと、テナーがフォークを落とし丁度拾っていたところだった。
いつも冷静な彼にしては珍しいなと思う。
「そう、なんだ。それは、一人で?」
「うん、そうだよ。それで、実は今のお給料は、開業資金のためにほとんど貯金していて、いつかその時が来るまで準備しておこうって思ってるんだ」
「……そっか」
「あ、でも、デートの時のお金とか生活費とかはちゃんと分けてあるから、そこは心配しないでね」
何故か突然慌て始めたルーシーに、テナーは思わず吹き出して、頷いていたのだった。