第19話 恋敵は自分自身
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「サトミさんと、何か話してたの?」
心なしか自分の手を握るテナーのその手がいつもよりも熱くて力強いので、ルーシーは彼に何かあったのではと、直感的に思った。
「いや、世間話をしてただけだよ」
「そうなんだ」
少しだけ気にかかったが、テナーの笑顔がいつもよりも眩しく感じたので思わず見惚れ、それ以上は気にならなくなった。
「これからどうしようか」
現在は十時半を過ぎたところで、まだお昼には早いし、かと言って何かを始めるのは遅い時間とも言えた。
「いい天気だし、よかったら噴水公園のボードに乗らない?」
実は、以前からルーシーは二人で噴水公園内の池で営業している手漕ぎのボートに、密かに乗りたいと思っていた。
というのも、そのボートに乗っている客は大方恋人同士で、皆一様に楽しそうだったからだ。
待ち合わせ時によくこの公園を訪れるので、目にする機会も多く、恋人たちの楽しそうな姿にいつしか自分も乗ってみたいと思うようになったのだ。
「前からテナー君と、あの公園のボートに乗ってみたいと思ってたんだ」
テナーは、少し考えてから頷いた。瞬時に、護衛の配置等を検討したらしい。
「うん、いいね。行こうか」
◇◇
そして、二人は足取り軽く噴水公園へと戻って行った。
快晴で日差しが強い分、水辺は特に風が気持ちよく感じられた。
二人は乗り場に移動し、受付で手続きを終えるとローボード借りて、それに向かい合わせで乗り込む。
テナーがオールを手にし、悠々と漕いでいく。途端、水しぶきが激しく上がった。
「すごいね、テナー君! オールを漕ぐ腕が力強い! そしてすごく速い!」
「そう?」
無意識的に漕いでいたので特に意識はしていなかったが、なるほど確かに周囲の他の恋人たちが乗るボートとはスピードの質自体が違う気がする。
とはいえ、周囲に対して危険なので、テナーはオールを漕ぐ腕の力を意識的に弱めボートのスピードを落として、緩く進むように努めた。
それから、しばらく二人は先ほどのサトミの花屋の話題で会話をしていた。
下宿時の花屋の客の話など話題は尽きず、ルーシーは笑顔で話し続けている。
そんな彼女を見ていると、先ほどの決意がふつふつとテナーの胸に甦ってくる。
『俺は、もう二度とあなた方から彼女を奪わせない。……絶対に』
思わず、拳を握る力が強くなった。
ただ、思案すればするほど、ルーシーの身の安全を図るには今の状況は芳しいとは言えなかった。
というのも、魔物との戦いでの安全は正直に言って耳が痛いが低いのが実情だし、もし先ほど話題に上がった組織「マルティン聖堂」が直接接触して来たら、今の状態ではほとんどど守ることができないのも実情だった。
とは言え、テナーは日頃からその組織とは実は別件で連絡は取り合っておりその度にルーシーに二度と手を出さないようにと牽制はしているのだが、先ほどのサトミの様子を見るとそれだけでは不安だった。
つまり、今のルーシーが置かれている状況は、彼女自身が気づいている部分以上に芳しくないと言うことだ。
そしてテナーはすでに知っている。この状況を今よりも確実によくできる方法があることを。
──それは、仮初のテナーではなく、本当の姿であるレオンがルーシーと結婚をすることだ。
そうすれば、ルーシーはマギア王国の王妃となり、魔物討伐中にも優秀な護衛に守ってもらうことが出来るしそれは私生活も然りだ。
ただそれは、プライバシーが侵害されるという負の要素もあるのだが、身の安全には変えられないだろう。
だがそれには、今更ながら自分自身で作り出してしまった大きな壁が立ちはだかっていた。それは……。
「……ねえ、ルーシー」
「ん? 何?」
ルーシーは急にテナーが黙って何かを考え始めたので、遠くの景色や近くの別のボートに乗っている恋人たちや家族連れを見てぼんやりしていた。
「僕のこと、好き?」
急に普段あまりテナーから聞かないような質問をされたので、純粋に驚いたがすぐに満面の笑みを浮かべて答えた。
「もちろん、大好きだよ」
その言葉はテナーの胸に響き、本心からなのだと実感する。
──ああ、やはり恋敵は自分自身だった。
テナーは今初めて、自分自身が作り出してしまった状況が、非常に芳しくないことを悟ったのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。
ここで第二章の侍従ダニエルの言葉が、生きてくるようになってます。
次回もお読みいただけると、嬉しいです。
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