第18話 花屋のサトミの警告とテナーの決意
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二人は噴水公園を後にすると、ルーシーの案内で五分ほど歩いた先にある花屋「プリティー・フラワー」へ足を運び、彼女は店の玄関の扉を押して店内に入ると声をかけた。テナーは警戒心を緩めないように気を引き締める。
「こんにちはー」
「はーい」
店員は用事があったのか店の奥にいるらしいのだが、ルーシーの声に反応すると慌ただしい音を立て始めた。
そしてそのまま猛進して店先まで姿を現す。
その人物は背丈はギリギリ百五十センチあるかぐらいで、オレンジ色のロングヘアをツインテールにしている。
一見すると初等部、いや、中等部生くらいの少女だった。テナーは何の疑問にも思わず、目前にいるのはこの店の店主の娘だと思う。
「ルーシー、久しぶり! 元気だった?」
少女はルーシーの姿を確認すると、更に物凄い勢いで走って来て、そのまま彼女に抱きついた。
ルーシーは慣れているのか動じず、むしろ抱きしめ返している。テナーは思わず羨ましいと思った。
「サトミさん、お久しぶりです! 私は、おかげさまで変わりないです。サトミさんもお変わりないようで安心しました!」
「うん。私はこの通りいたって元気!」
サトミと呼ばれた少女は、そっとルーシーから離れて、ルーシーの隣に立っているテナーの方に視線を移した。
瞬間、口元に手を当てて目を細めたが、すぐに口元から手を離してルーシーの方に視線を戻した。
「サトミさん。この方は、お付き合いをさせてもらってる大学生のテナー君」
テナーは一礼するが、いまいち目の前の状況を飲み込めていなかった。
「初めまして。僕はテナー・リベラと言います。あの、あなたは……」
「初めまして。私は、この花屋の店長兼店主のサトミです。……ルーシーを約三年間こちらで預からせていただいていました」
サトミのその物言いに、テナーは悟った。
──彼女は、自分が警戒すべき人間なのだと。
そう思い思わず眼光を鋭くするが、ルーシーがサトミに声をかけたのですぐに緩めた。
「サトミさん、それでバスケットなんだけど、二階のリビングに置いてもいいですか?」
「うん、もちろん。……そうだ、ルーシー。ついでにココちゃんと少し遊んであげたら? ココちゃん、ルーシーがたまにしか来ないから寂しがってるよ」
ココというのは、この花屋で飼っている黒猫のことだ。
「え? でも、テナー君が……」
「僕のことは気にしないで。少しくらい遅くなっても大丈夫だから」
テナーは、柔かに言った。
「そう? それじゃあ、お言葉に甘えようかな」
言ってルーシーは、軽やかに二階へと上がっていった。
◇◇
「……それであなたは、結局のところ何歳なんですか? 扮装魔法やアイテムを使っているわけでもなさそうだし」
「まず、そこですか!」
サトミは力が抜けたのか、苦笑した。
「いや、普通に気になるでしょう」
「年齢は秘密です。でも、ちゃんと成人しているのでご心配なく」
「へー……」
その見た目で成人している方が、逆に心配になった。
「それよりも、『アウザー』にお会いすることが叶い光栄です。生きているうちにまさかお会いすることができるなんて……」
「そのアウザーに対しての扱いが、あなたたちの組織は幾分酷いように思うけど」
アウザーとは、簡単に説明すると、この世界の蒼の力を自由自在に操る力を持つ者である。
どの時代にも必ず世界中で一人だけ生まれ、その者が亡くならない限り、次のアウザーは生まれないと言う仕組みになっている。
アウザーに関しては、いずれ別の機会で詳しく説明することになるだろう。
「そうですか。上にきちんと言っておきますので。……それより」
サトミは、口元を引き締めて本題に入った。
「ルーシーに近づいて、どういうつもりですか? そもそも、あなたが直接ここに来なくても、そろそろ私の方から動けと上から通達があったほどなんですよ」
「……どういうつもりもないです。ただ、純粋に好きだから付き合っている。それだけです」
サトミは、ため息をついた。
「あなたはどうしてルーシーが、あなたに対してのことや反乱時にこの国で自分が多大なる貢献をしてきたことを含めた全ての記憶を、上の判断で消されたかまさか忘れていないですよね?」
テナーは再び眼光を鋭くして頷いた。そして、思わず口調が素に戻る。
「忘れるわけがない」
「では、どうして近づいたんですか? ……彼女が再びあなたの持つアウザーの力を思い出すことがあれば、彼女は再び記憶を消されて、……いえ、今度こそは、殺されてしまうかもしれないんですよ」
「そんなこと、絶対にさせない」
テナーは、拳に力を込めて言った。
「そもそも俺は未だに、あなた方がルーシーの記憶を消したことを納得していない。何故なら俺は、予めルーシーと『血の誓約』を交わしアウザーの力を内密にする様に契約していたからだ。それにはあなた方も納得していた。……それにも関わらず、あなたがたは俺の同意も得ずに独断で実行し、この国がまだ混乱の真っ最中だったことをいいことに勝手にルーシーを俺の元から連れ出した」
「それは……」
「気づいた時には彼女は既に俺のことは覚えていなかったから、連れ戻すこともできなかった。むしろ、こちらからあなた方に怒りをぶつけなかっただけ、マシだったと思って欲しい」
サトミは俯いたが、気を取り直したのかテナーに真っ直ぐに視線を向けた。
「……それほどアウザーは重要なのです。今あなたを失くしたら、それこそ世界はどうなると思いますか。だから、あなたに関する秘密を知っている彼女は危険です。誰かに利用されてしまう可能性もありますし。……我々も含めて、ね」
テナーはため息をこぼした。この組織とは、やはり分かち合うことは無理だと再実感する。
「あなたはアウザーなのに、我々の反対を押し切って国王となった。それなのに、それ以上を望むのですか?」
テナーは、首を横に振った。
「俺はアウザーだから、それが判明した子供の頃に第一王子だったが即位はしないと心に決めた。だがこの国で反乱が起き、あの時に内乱を抑えるにはどうしても俺が即位する必要があった。……その事情もあなた方は知っているだろう。あの頃、あなた方と何度も事細かく協議をしたのだから」
だんだんテナーの語気は強くなり、彼の胸から怒りが込み上げてきた。
サトミは「これ以上続けていたら、自分たちのしたことは過ちだったと認めさせられかねない」と呟き、思い立つ。
「ルーシー! そろそろ出た方がいいんじゃないかな?」
サトミは突然階段の方に向かって声をかけて、ルーシーを呼んだ。そしてすぐに彼女は二階から降りて来た。
「ごめんなさい。ココちゃんがあまりにも可愛かったから、つい長いしちゃいました」
和やかにサトミに礼を言って立ち去るルーシーを横目に、テナーはサトミに対して眼光を緩めず、耳元でそっとささやいた。
「俺は、もう二度とあなた方から彼女を奪わせない。……絶対に」
サトミは、小さく息を吸うと頷いた。
「……あなたのお気持ちは、分かりました」
サトミは少しだけ苦笑して、店から立ち去るテナーを見送った。
正直なところテナーは、六年前に彼らにルーシーを奪われ更に彼女の記憶を消されてしまった時、これは自分への罰だと思った。
そしてこれを機に、ルーシーを影から見守りつつ、自分は身を引こうと思ったのだ。
何故なら自分と関わったせいで、彼女を今まで散々危険な目に合わせてしまったからだ。
ルーシーを愛している自分にとってこれは罰であり、これからは今までの礼を彼女には気づかれない形で少しずつしていこう。ずっとそう思っていたのだ。愛する資格すら自分にはないと。
だが、ルーシーが再び自分の前に現れたこと、そしてサトミに本音を話したことで、その思いは完全に消え去ったのだった。
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次回からは、テナーが吹っ切れたことにより、様々なことが動き出す予定です。
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