第15話 心からの安堵
ご覧いただき、ありがとうございます。
今話で、今回の魔物討伐は終わりです。
「大丈夫か?」
ルーシーとオズは、魔物からの不意打ちの火炎攻撃を、間一髪のところでレオンが防御魔法を張ったことにより受けずにすんだ。
ただ、オズは突然現れた自国の国王に対して、目を見開いて唖然としていた。
ちなみに、レオンは普段のスーツではなく、戦闘向けの黒を基調としたスーツを身につけている。
「……ありがとうございます、陛下」
ルーシーは表情を変えずにレオンに対して軽く一礼してから、上空を見上げてすぐに探索魔法を使用した。
『ポイント・ズーム』
発光の中には、赤色の巨大な魔鳥が映し出されている。
「……大火魔鳥……」
ルーシーは、内心舌打ちを打った。
探知機には引っ掛からなかったようだが、よりにもよって上位レベルの魔物が討伐終了目前に現れるとは。
「先ほどの火炎攻撃は、あの魔物のもののようだな」
「はい」
ルーシーは頷くと、どうしようかと思案しようとするが、背後に男性が立っているのに気がついた。
更にその背後には、レオンの五名の護衛が飛翔魔法を使用しながら控えていた。
「クレイム副士務官」
クレイムは頷き、ルーシーの近くに寄ってレオンの案内をして来たと手短にことの説明をすると、それに付け加えた。
「やはりここは、私がまず水属性魔法で陽動しましょう」
「……ただ、大火魔鳥はあの見かけによらず非常に素早く、陽動してもこちらが太刀打ちできるか……」
ルーシーは言いながら、息を吐いて心を落ち着かせようと努めた。
以前に、一度だけこの魔物に対峙したことがあった。その時は、確か……。
思案している瞬間にも、魔者から次々と火炎攻撃が続き、その度に防御魔法がそれを防ぐ。
だが、攻撃を複数回受けたことにより、どうやらその効き目も時期に切れそうだった。
「水属性魔法で包み込んで足止めし、更に大きな衝撃を加える」
レオンのその言葉に、ルーシーは思わず目を見開いた。自分もちょうど今、同じことを思い巡らせていたからだ。
「……陛下、失礼ながら、その大きな衝撃とはどう言ったものでしょうか?」
クレイムは釈然としているようなので、レオンは無言でルーシーに視線を合わせルーシーは小さく頷いた。
「……爆発です」
「……爆発?」
「はい。高位の光魔法を使って、水中で爆発させるんです」
クレイムは思わず唖然とした。
というのも、光魔法を使える人間自体がこの世界中を探しても数人ほどしかいないからだ。
だが、その数人の中の二人がどういうわけか、現在同じ場所に居合わせていた。
そしてすでに強力な魔物の火炎魔法が、ルーシー側と第二隊側の防御魔法で張られたバリアを、今にも突き破ろうとしていた。
時間がない。
「シュナイダー補佐官は、この後すぐ『アクア・モスト』を使用してくれ。その後私が、光魔法を使用してトドメを刺す」
ルーシーは、小さく首を横に振った。
「……いえ、ここでの責任者は私ですので、私が光魔法を使用します」
レオンは、真剣な面持ちでそう言ったルーシーを改めて目視した。
「君は、これまで高位魔法を連唱したために消耗が激しい。ここは先ほど到着した私に任せて欲しい」
「……分かりました」
食い下がった割には、ルーシーは内心安堵していた。
それは実の所、光魔法を唱える魔力は残ってはいたが、それを使用したらほとんど尽きて倒れてしまう恐れがあるからだった。
『アクア・モスト!』
間髪入れずにルーシーは、大火魔鳥に対して水属性魔法を唱え、魔物の周囲に水で透明な膜を張った。それは綺麗な球体状になっていく。
クレイムは目を疑った。というのも、予め聞いてはいたが、ただでさえ珍しい高位水属性魔法がこんな形をとって使用できるとは思わなかったからだ。
レオンは小さく頷くと、目を閉じて精神を集中させた。
『対象者よ、爆裂せよ! ライトニング・モスト!』
閃光が走ったと認識するよりも速く、気がつけば彼らよりも五十メートル程先で大爆発が起きた。
事情を知らされていない各隊の魔法士たちは、その爆音と閃光に思わず驚き、身を伏せる者もいた。
常時なら予め作戦を隊員たちに知らせておくのだが、今は緊急事態でありそれをする時間がなかったのだ。
まず光が消え爆煙も次第に落ち着き、視界が良好になると、ちょうど魔物が蒼光の粒子となって消えていくところが見られた。
「……よかった」
ルーシーは、思わず呟き小さく息を吐いた。
レオンも大きく息を吐き身を整えると、すかさず探索魔法を使用して、周囲の魔物の気配を探した。
「……気配も、姿も無いな」
「安心しました……」
ルーシーは、思わず胸に手を当てその口元にようやく笑みが戻った。
その様子を見て、レオンは胸がチクリと痛むのを感じた。普段、どれほどの負担を彼女に背負わせてしまってしまっているのだろうか。
戦闘中のルーシーは、常に真剣な面持ちで気丈に振る舞い何者からも絶対に干渉されないという気概が感じられるが、討伐が完了し帰還すると途端にその反動が返ってきて気が抜けぼんやりとし、次第に暗い気持ちが襲ってくるのだ。
ただ、最近では彼女の恋人であるテナーが、心の支えになっているようであるが……。
レオンは、ルーシーを労おうと声をかけようとするが、それよりも先にルーシーが振り向き深く礼をして言った。
「陛下、……改めて、心から感謝いたします。陛下にあの時いらしていただけなかったら、今頃どうなっていたか……」
その身体はか細く、小刻みに震えていた。レオンは思わず彼女を抱きしめたくなったが、なんとか抑えた。
「いや、むしろ遅くなってすまなかった。……それに、いつも君に重い責任を負わせてしまい非常に心苦しく思っている」
ルーシーの心に、その言葉が柔らかく浸透し、少し心が軽くなったように感じた。
──ルーシーの、レオンに対する警戒心は、いつの間にか解かれていた。
◇◇
レオンは、もう少しルーシーと会話をしていたかったが、魔物との討伐は一旦終わり、次の指示を隊員たちに与えなければならないので、ルーシーは第一隊も上空に上がるよう腕時計の通信機で指示を出し第二隊もこちらに呼び寄せた。
一同が集合すると、まずレオンがこの場にいることに驚くが、同時に先ほどの光魔法は彼によるものだったのかと納得をする。
ライムをはじめ、男女問わず心の中で色めき立つ隊員が多かったが、ルーシーが話始めると皆気を引き締めた。
「皆さん、魔物はひとまず討伐しました。後はいつものように、陸軍の方がしばらく地上から魔物の再出現を警戒してくださいますので、私たちはこれで帰還します」
「はい!」
ルーシーは、右隣にいるレオンの方に視線を移す。
「……そして、今日は陛下がいらしてくださっています」
レオンは声をかけられると、小さく頷いた。
「途中からの参戦で心苦しいが、私も今回から魔物討伐に参加をすることとなった。他の仕事との兼ね合いもあるので、常時最初から参戦するというわけにはいかないが、これは我が国の国民の、そしてあなた方の命に関わることだ。これからはこちらを積極的に優先して動いていきたいと思っているので、みんなよろしく頼む」
「……はい‼︎」
一同、普段よりも声を張り上げ、中には涙ぐむ者もいる。
そして、隣で話を聞いていたルーシーの目からも思わず涙がこぼれたが、すぐに拭った。
それから両隊は、すぐにオフィスへと帰還するために出発し、ルーシーは陸軍の責任者に討伐内容を説明するしようと地上に降りようとした。
レオンは、彼女に声をかけようとするが、すぐに背後の自身の護衛から声がかかった。
「陛下。そろそろご帰還なさいませんと。この後十九時から、首相との会食の予定がございますので」
「……ああ、分かっている」
正直首相よりも、目の前にいるルーシーと食事をしたいと思った。
「陛下、今日は本当にありがとうござました。……お気をつけて」
そう言って微笑み、深く礼をするルーシーを目にすると、今それ以上を望むのは無粋だなと思ったのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。
レオンへの警戒心が解かれたことにより、ルーシーの心は少しずつ変わっていき、恋愛事情も少しずつ変化していきます。
また次回からは新章となりまして、再びほのぼのデートが主になりますので、お付き合いいただけると嬉しいです。
それでは、次回もお読みいただけると嬉しいです。




