第11話 二人の過去
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『たとえ、※※※君が別人の姿でも、魔力の波動が違っても、それでも私には君が誰だか分かるよ』
今から六年程前。
マギア王国で起こった反乱が終結する間近、一人の少女が渾身の魔法を使って力尽きようとしていた。
彼女はボロボロになりながらも、レオンの応急処置のかいもあって何とか一命を取り留めた。
彼女は、本当の姿であるレオンの姿を知らなかったが、それでもレオンを抱きしめながら、前述の言葉を紡いだのだった。
その言葉を、レオンは今でも先程聞いた言葉のように鮮明に覚えている。
だが、彼女はその後『世界に関する秘密』を知ってしまったがために、レオンに関してやそれに関わることの一切の記憶を消されて、捏造された記憶を上書きされてしまった。
そのため、彼女──ルーシーは、彼のことを一切覚えていないまま、今現在も生活をしているのだった。
「ルーシー……」
レオンは執務机に備え付けられた引き出しを開けると、収納ケースに収められた腕時計を取り出した。
それは、感謝祭の日に日頃のお礼にと、ルーシーから贈られた物だった。
だが、その腕時計はレオンの腕に身につけるにしてはバンドが短く、彼が身につけるのは難しそうである。
何故なら、これは以前彼が扮装していた少年の腕のサイズに合わせて用意された物だからだ。
それを丁寧にケースに戻すと、昨日水族館でお揃いにと購入したイルカのキーホルダーをその隣に置き、机の引き出しを閉めた。
◇◇
数時間後。
レオンは執務室で午前中に行った政策会議の内容の概要書類を読んでいると、ふと午前中にこちらに呼び出したルーシーのことを思い出した。
「……テナーの存在が、ルーシーにとって少しでも精神的な支えになればよいが……。一時、傍目からでも認識出来るくらい精神的に落ち込んでいたようだからな……」
レオンが呟いた言葉の補足をすると、精神的に落ち込んでいた時期と言うのは、ちょうどルーシーが補佐官に任命された時の頃だ。
それは、ルーシーの実力が評価されたということもあるが、実のところほとんどの魔法士たちが昇給を拒否したことも原因だった。
昇級を引き受けたところで、給料の水準は一般よりも低いままだし、責任が重くなるだけだからだ。
元来、人からの頼みを断ることの苦手な彼女は、白羽の矢が立った時に断りきれずに、重い責任を押し付けられてしまったのだ。
また、元々ルーシーは人の役に立つべくなるべく影にいたいたちなので、リーダー的な立場は進んで就こうとするタイプではなかった。
そしてレオンは、そのことをよく知っていたから、彼女が補佐官と討伐隊の総隊長に選出されたと聞いて、それは強く心配した。
とはいえ、いくら国王といっても流石に人事に口は出せないので、自分が出来ることといえば話を聞くくらいだと思い、わざわざ扮装魔法を使用し、その魔法を使用していることがバレないように、更に魔力の波動を変えるという彼が生み出した魔法も使用しテナーになりきっているのだ。
「テナーがルーシーと結ばれることはない。いや、あってはならないんだ……」
言ってレオンは、再び書類に目を通し始めたのだった。
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そう言うわけで、レオンはテナーとしてルーシーと接するも、決して超えてはいけない「境界線」を自分の中で作っているので、知ってから知らずか彼女のことを想うあまりに、自分に対して厳しい戒めを自然と作っているようです。




