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第2話 池井戸真澄のノストラダムス

 ノストラダムスの大予言を知っているだろうか?


 一九九九年七の月に恐怖の大魔王が訪れ、世界を滅ぼすという世紀末に流行った大予言である。

当時騒がれた割には何も起きずに七月が過ぎると、まるで祭りが終わった後のように静かに、誰もその後話題にもせず、語られず、忘れ去られていったあれである。

 池井戸司(いけいどつかさ)の母である池井戸真澄(いけいどますみ)はこれを完璧に信じ込んでしまい、それまでの日々を刹那的に生きてきた。ギャンブルで金はするし、大学も途中で中退するし、突然旅に出ては返る金もなく、日本中を放浪する。そんな女だった。


「どうせ一九九九年にみんな死ぬんだから今何をやっても無駄無駄。だったら、今を楽しもうよ!」


 彼女が周りの親族や、友人に常日頃から言い放ってきた言葉である。

 だが、当日になるとその言葉を放ち続けていた自分を段々と後悔し始める。

 一向に何も起こらない、何も起きない世界に彼女は絶望し、茫然と借りていたマンションの一室でテレビを睨みつけながら過ごしていた。


『何も起きませんでしたねぇ』


 テレビの中のアナウンサーが何の気なしに何の気なしに言い放った。少し嘲笑しながら。

 その言葉は池井戸真澄の逆鱗に触れた。


「何も起きませんでしたじゃねーわよ!」


 彼女はマンションの一室を飛び出した。

 大学中退の分際で、借金をし、高級マンションの上層階の部屋を買い、日々借金が増え続けるのも、世界がこの時点で滅びることを前提として今まで生きてきたからに他ならない。

 彼女は泣きながら逃げた。何から? 今までの刹那の自分がしてきたツケから。

 彼女は夜の街を走り続けた。泣いているのを不思議に思った通行人が声をかけるのも気にせずにただ目標もなく、ひたすら何かに追われるがままに走り続けた。

 やがて終わりは来る。

 足がもつれ、コンクリートの上に手をつき、勢いを殺し切れずに地面を滑り、ゴミ捨て場に置いてあったゴミ袋の山に頭から突っ込んだ。

 みじめだ。

 死ぬ覚悟もなかったくせに、ただ楽な方に逃げてきた自分をようやく担って自覚した。

 これからどうやって生きることもできない。もう死を選ぶしか自分に道は残っていない。


「もう……ダメだ」

「一体何がダメなんだ?」


 目の前から声がした。

 気が付くと誰かが自分の目の前に立っている。足だけしか見えないが、銀色のズボンをはいて、何やら派手な格好をしている男のようだ。

 ゆっくりと見上げ、彼の顔を見る。


「天、使……?」


 整った顔の外国人が金髪をかき上げて真澄を見ていた。それだけなら恋のドラマの出会いとしては相応しい出会いになっていただろう。

 が、彼の格好が異常だった。

 銀色に輝く鉄の鎧を全身にまとい、ここは日本だというのに見るからに重そうで巨大な剣を腰に携えていた。


「女、ここは一体どこだ。説明求める。私は別の世界に来てしまったのか?」

「こいつはやべぇぜ……」

「何?」


 つい思ったことを口に出してしまい、イカレタ格好をしたイカレタ頭を持ったハンサムに怪訝な顔をされてしまった。


「ここはイノセンティアではないのかと聞いている。この世界の名前は何という?」

「世界の名前とか何を言ってるのかわからないけど、普通に私は地球って答えればいいの?」

「地球。そうか、やはり魔王が逃げた先は別世界か。クッ!」


 魔王――――?


 そのワードは今真澄にとっての最もホットなワードだった。


「魔王? 魔王が何だって? 何で恐怖の大魔王が逃げたって言ったの?」

「決まっているだろう。我々が倒したからだ」


 は?

 お前が倒したの?

 私の人生の一大イベントをつぶしたのはこいつなの?


「………このクソ馬鹿ッ‼」


 真澄の拳はハンサムの頬にクリーンヒットし、鎧を身に着けて超重量となった体重の彼を壁にたたきつけるほど吹き飛ばした。

 壁がめり込み、ハンサムはずるずると壁から滑り落ちて気絶した。

 これが、池井戸真澄とのちに名前を池井戸玲(いけいどれい)と改め、士の父となる男との出会いだった。


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