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清掃員、勇者になる

おま



 自分が持てる最高速度で、体現者に接近して、勢いを乗せた渾身の拳を叩き込む。

 ただそれだけの行動をしたつもりだったんだが、拳を当てる直前、不可解な感覚が全身を巡り、頭の中に何かが入り込んで来た。

 それは頭の中で文字となり、全ての思考を上書きする。

 《聖葬(せいそう)》―――それは、早過ぎる魔力解放に伴って会得した《魔能》。



「―――――えっ?」


『――――――――』



 ズドンッ!!と大きな音を立てて膝から崩れ落ちる解放者。

 拳を振り抜いた体勢のまま、立ち尽くす俺。

 何が起こったのか分からないまま、俺はただただ自分の拳を眺める事しか出来ない。

 だって。



『ヨクゾ……ヨクゾ我…をしリゾ、けタ…………―――――――――』



 解放者のお腹に風穴が開き、消滅していくこの光景を誰が予想出来ただろうか。

 呆然としたまま、動く事の出来ない俺。

 呆然としたまま、動く事の出来ない1年5組。

 そんな俺達に声を掛けたのは、エンクラード王だった。



「きょ、今日の解放の儀はこれにて終了とする!!解放者は一度倒れれば修復に一晩は掛かる!!故に、今日はもう疲れているであろうそなたらには一度休息を取ってもらおう!!」



 エンクラード王にとっても予想外の出来事だったのか、少し狼狽えながらそう言い、挑戦者3人目にして解放の儀はお開きとなってしまった。

 それからは皆の視線を集めて気まずい中、シウェ達に連れられてこれからお世話になるらしい大部屋に案内される。



「ここがこれから皆さんが寝泊まりする部屋です。男性の方は左手の扉、女性の方は右手の扉から自室へアクセスし、«転移»を行って下さい」


「それも«魔法»ですか?」



 ここで黒髪ストレートの眼鏡清楚系委員長なんて言うベタな女子生徒が部屋の説明をするシウェへ訊ねる。

 適当に属性付けたけど本当にそうかは分からないよ。



「はい。各扉には《増設魔法》と呼ばれる触れた人の情報を読み取り、自動で部屋を生成する《魔法付与(エンチャント)》が施されていて、更には《転移魔法》と言う賢者級以上の魔術師しか扱えない超高難度な《魔法》によって自室へ転移出来る様になっているのです」


「なんだか難しい、ですね」


「これから慣れていってもらえれば良いですよ。魔王による暗黒破壊神君臨の儀式まではまだ猶予があると言われていますし」



 専門用語が多過ぎて頭がこんがらがってきた。

 ただでさえさっきのショックが大きくてまだ困惑してるって言うのに。



「えっと、シカバ・リュート様、でしたか?」


「え?あ、俺?確かにそうだけど…何か用?…ですか?」



 危うくタメで話すところだった。まだギリギリセーフだよ…な?

 そもそもお姫様なんかが俺に何の用があるのか。

 もしかして求婚とかされたりするんだろうか。カッコイイは罪だなあ。



「アナタは見事解放者を倒しましたので、これからユウト様と同じく《職業》の選定をしに行っていただきます。どうか共にご同行お願いします。それ以外の方はこのまま自室でお休みいただいて大丈夫です。選定を見学したいと言う方はこのままわたくし達の後に着いて来て下さい」



 結果、全員着いて来た。そんなに気になる?

 大部屋を出て、長い廊下を歩き、今度は別の大部屋に入る。

 どんだけ広い場所なんだと思ってたけどよく思えばここはラクマフルーリとやらの王城だった。

 連れて来られたのはその名の通り聖堂っぽさを感じさせられる部屋だった。



「ここが選定の間。通称、《ジョブチョイサー》です」


「ふぅん。《職業(ジョブ)》をチョイスねぇー…ふぅーーん…」


「な、なんです?何かご不満が??」


「いえ、何もないです」



 凄い睨まれた。アレは間違いなく、睨み慣れてる奴の睨み方だ。怖い。



「って、あれは…」



 シウェの睨みから逃げる様に視線を《ジョブチョイサー》の奥へ向けると、そこには跪いて項垂れている結十の姿があった。

 同じ解放の儀を終えた仲間として俺は歩み寄ってみる。



「そんなに項垂れて…どうした?」


「あんなに……」


「あんなに?」


「あんなにっ、あんなにカッコつけて!イキがっておいて…!!僕の《職業》はッ!!《剣脚士》とか言う訳の分からないやつだったんだよぉぉ!!」



 な、泣いている…。あんなに勇ましかったイケメン勇者もとい結十が、涙を流して嘆きを叫んでいる…。



「お、落ち着けよ?な??«剣脚士»?なんだよカッコイイじゃん?ほら、俺らの世界にあった漫画でも脚で戦う奴とかいたしカッコ良かったじゃん??元気出せよ!な??」


「う、うぐっ…慰めてくれてるのか…?君は、こんな初対面の僕を…?」


「初対面とか関係ないって!こんな状況だし、俺らはもう仲間だろ?仲間心配しない奴がどこにいるよ?」


「き、君は……そうだね、そうだよ…!君の言う通りだ!なんて良い人なんだろう、君は!名前はなんて言うのかな?」


「鹿馬 竜兎だ」


「よろしく竜兎君!僕の名前はもう知ってるかもしれないけど、壱祓 結十だよ。結十って呼んで」


「おう、よろしく」



 立ち上がった結十と握手を交わし、少し距離を縮める。

 男と男の友情だぜ。く~!燃えるな!



「きっと竜兎君なら良い《職業》に恵まれるよ。さあ、あそこの祭壇で《魔能》に直結する《職業》を連想してごらん?《職業》の神が君に相応の職業を選定してくれるよ」


「案外簡単なんだな」


「僕もあっさりと出来てビックリしたよ。色々とね…」



 遠い目をし始めた結十に触れない様にして俺は祭壇へ向かう。

 祭壇には甲冑を着込んだ騎士の様な外見をした石像があり、剣を天へ掲げている。

 結十の言う通りであれば、ここで《聖葬》に直結する《職業》を連想するだけで選定が完了すると言う。

 早速だが連想ゲームを始めてみる。と言っても《聖葬》がどう言う《魔能》なのか皆目見当もつかない。

 《魔剣脚》の様に名前から想像が付くものなら良かったんだが、《聖葬》なんて音だけ聞けば清掃だ。

 これってつまりアレか?俺がリアルに清掃員の《職業》だからそれに乗じた《魔能》だったりするのか?《職業》が聖葬員(せいそういん)

 そんな馬鹿な。



「シカバ・リュート、《職業》―――《勇者》!!」


「なんて?」


「《職業》―――《勇者》!!」


「ちゃんと言い直してくれるんだぁ…」



 受け止められない現実から避けようにもはっきり2回も断言されちゃ受け止めざるを得ない。



「な、なんてこと…!?魔王と並ぶ存在と謳われる幻の《職業》、《勇者》…!《滅びの時代》以降目撃されていなかったと言うのに…!父上に報告しなくては…!皆様は自室にてお休み下さい!騎士団副団長のアスラが先程の部屋までご案内します!」



 シウェはそれだけ告げると脱兎の如く素早さで《ジョブチョイサー》を飛び出してしまった。

 着いて来た生徒は皆、蚊帳の外。せっかく着いて来たのに可哀想だ。

 それにしても《勇者》か。《勇者》とは恐れ入った。予想を斜め上どころか四方八方かつ縦横無尽に反してきた。

 絶対バグだよこれ。後になってやっぱり違いましたとか止めてくれよ。



「皆さん、こちらへ」



 石像の前で突っ立って呆然としているといつの間に来たのか、アスラらしき赤髪の女騎士が1年5組の誘導を始めているのに気付き、置いて行かれない様にと合流を果たす。

 そこからはながーい廊下を歩き、階段を登り、ながーい廊下を歩き。足が疲れてきたタイミングでようやく部屋に到着した。



「この部屋の説明は既にシウェ様より聞いていると思われるので省略します。各自、次の呼び掛けまでご自由にお休み下さい」



 アスラの言葉に1年5組+俺―――いや。召喚された者達…通称、召喚者と命名しよう。

 その召喚者のそれぞれが返事をし、好奇心からか早速自分の部屋に繋がると言う魔法が掛けられた扉に殺到している。

 最近の若い子舐めんなコラ。物珍しいものにはハイエナかそれ以上に群がるんだぞ。

 そんな召喚者を遠巻きに見ていると、役目を終えて退室しようとしていたアスラが何かを思い出したかの様に立ち止まり、俺に近付いて来た。



「…何か?」


「個人的な用事ではないのですが、《職業》を選定されたリュート様とユウト様は今後、次の段階として戦闘訓練が控えていますので、伝えておこうと思いまして――――個人的には、そうですね。一度アナタと手合わせしてみたい…と言ったところでしょうか?」


「…勘弁してくれ」


「ふふ、冗談ですよ。戦闘訓練の事、ユウト様にもお伝え下さいね。それでは私はこれで」



 チクショウ、可愛い笑顔見せやがって。異世界美形多過ぎだろ。

 退室するアスラを尻目に、俺は吉田もとい金髪に絡まれている結十に話し掛けた。



「結十」


「あ、竜兎君!どうしたの?」


「アァ?テメェ…何の用だよ?」


「金髪には用はねー。結十に伝言だ」


「あンだとぉ!?つーか金髪って呼ぶんじゃねえ!!」



 相変わらず五月蝿い奴だ。耳にキーンってくる。



「はいはい、吉田だろ吉田。おい吉田。焼きそばパン買ってくるか、それかどっかに行ってるかしててくれ」


「はあぁ??なんで俺がどっかに行かなきゃなんねぇんだよ??テメェが後から来たんだからテメェがどっか行ってろや!!」


「悪いが騎士様からの伝言でね。お前に構ってる暇はないって訳。だから、ハウス」


「は、ハウス…?家…?て、テメェ!!なんだか知らねえけどバカにしてんだろ!?ぐわーっ!!もう堪忍ならねえ!!ここでぐちゃぐちゃにしてやるぜぇ!!」


「シャラップ!」


「ぐげべっ!!!」



 別に殴る気もなかったし、吉田が五月蝿かったからとかそんな感情からやったのではない。

 ただ、これ以上続けると話が余計に拗れるからだ。そう言う事にしておいて、俺は割と力いっぱいに吉田へ腹パンをお見舞いした。

 結果的に言うと、吉田は吹っ飛んで壁にこびり付いた。文字通り、ギャグみたいにベチャッと。

 周囲から「大丈夫アレ…?」とか「死んだんじゃない…?」とか囁きが聞こえてくる。

 俺もそう思う。大丈夫か、吉田。悪気はなかったんだ。



「殺す気かテメェーーーーーーッ!?!?」


「あ、大丈夫そう」



 全然ピンピンしてた事に安堵の溜め息を吐き、改めて結十と顔を合わせる。



「え、えっと…伝言があるんだったよね」


「ああ、そうそう。アスラって人からの伝言で、俺ら職業選定組は今後皆とは別行動で戦闘訓練やるらしいからそのつもりで…ってそれだけ」


「そうなんだ。わざわざありがとう!…それにしても、正隆君の事だけど、アレ見えた?」


「…アレか。一瞬だったけど、吉田が壁にぶつかって潰れた・・・瞬間に、まるで逆再生でも見てるみたいな感じで身体が元に戻ってたな」


「もしかして、正隆君って…」


「いや、そんなまさかな…」


「でも、《解放者》は何とも言わなかったし…」


「気のせい…だろうな」


「そう、だと信じたいね…アハハ…」


「ハハハ……っと、もう()いてきたみたいだぜ。先に行ってこいよ」



 吉田、既に《魔能》獲得してる説を振り切り、召喚者達が粗方自室に転移している事を確認して結十に先に行く様に促す。



「じゃあお言葉に甘えて。また会おうね、竜兎君」


「おう。またな」


「…ところでこれ、どうすれば…?」


「…ああそっか。お前さっき居なかったもんな」



 俺も原理はよく理解出来ていないが、取り敢えずシウェが言っていた事を結十に伝えて、«転移»する様子を後ろから見守る。



「こう、かな?」


「おお、消えたぞ」



 足下に魔法陣らしき模様が現れると同時に魔法陣ごと結十の姿が消える。まるで瞬間移動だ。

いや、実際そうなんだろうが。



「俺もやってみるか」



どんな部屋になるんだろうと内心ワクワクしながら、俺は扉に触れる。

 次の瞬間、頭の中で扉が形成されて、一息付く間もなくその扉は開かれる。



「……お?」



 気付けば俺はさっきとは別の場所に立っている。

全面灰色の部屋。置かれている家具は白いベッドと白い机、白いタンスにずっと砂嵐の白いテレビ。

背後の俺が入って来たと思われる転移用らしき黒い扉以外に、もう1つ黒い扉があるが、そこは驚く程灰色の洗面所と浴室に繋がっている。

 試しに洗面所の鏡の前に立ってみると、その鏡は真っ黒で何も映さない。



「こ、これが俺の内面かよ…何もねえじゃん…!」



 あまりにも無機質。人が住んでいるとは思えない部屋の有様に俺は嘆いた。

 これが俺に合った部屋だと言うのか。だとしたら許せねえ。遠回しに何も無い人間だと言われている様で許せねえ。

 こんな人を馬鹿にした幽霊屋敷の一室みたいな部屋で寝ていられるか。

 そう思ってベッドに横になればあら不思議。意識が暗闇の中に…。

  爆睡した。



「…俺は思った以上におかしな人間なのかもしれない」


「――――そうかもしれません。確かに、立っているだけで不安な気持ちになりそうなこの部屋で、ここまで寝ていられるのは正常ではないです」


「…不法侵入だぞ」


「何度《呼鈴(コール)》しても応じなかったのはどこの誰です?」


 もしかして滅茶苦茶俺の事呼んでた?そのコールってのはインターホン的なやつ?

 この女騎士―――アスラの言う事が本当なら悪い事したと思う。でもそれと不法侵入は別の話だ。

 少し悪戯してやろう。



「だからってこんな男の部屋に女が1人で入ってくるなんてあまりに無防備じゃないか?」


「大丈夫ですよ。もし襲われてもアナタくらいなら余裕で何とか出来るので」


「へえ…言ってくれるな…?だったら……」



 こう見えて結構短気なもので。アスラの一言でマジになってしまった俺は《聖葬》を発動する。



「――――これでもまだ何とかなるって言えるのか?」



 漲る力を何とか抑え、その上で手加減をしてアスラの腕を掴み、引き寄せる。抵抗は見られたが、それでも《聖葬》によって強化された俺の力には勝てなかったらしく、簡単に俺に抱き寄せられる形になった。

 予想外だったのだろう。俺の胸の中で目をぱちくりさせているアスラは何とも可笑しい。



「それにしても綺麗な赤髪だな。運命の赤い糸が盛り沢山だぜ、ハハハ!」



 不躾ながら勝手に女子の髪を手繰り寄せたりしつつ渾身のジョークを披露する。

 誰も笑わなかった。



「………本題ですが、戦闘訓練が始まるので、自室前(ロビー)で待っているアイル騎士団長の下へ行って下さい。早急に。今すぐです」


「お、もう面倒臭いのが始まるのか。嫌だが待たせちゃ印象悪いからさっさと行くかぁー」


「…既に待たせてますが」


「マジ?いっけねー、どんだけ寝てたんだよ俺」



 アスラをベッドに置き去りにして俺は退室する。良い女を抱いてるのも至福の一時だがこれは悪戯だ。悪戯に私情は持ち込んでは行けないと相場が決まっている。

 名残惜しさもあるが俺は心を無にして《転移》した。

ロビーってこの部屋の外で良いのかな。





 一方、耳まで真っ赤に染まった顔を腕で覆う様にしてベッドに横たわるアスラは、高鳴る胸の鼓動を聞きながら、何も無い、灰色の天井を見つめていた。



「…………もう少し、ああしていたかったな……って、私は一体何を言ってるんですかっ……!これは、これは喜び!あんなに容易く私の力を上回る人がいるんだって言う喜びっ……別に、あの人の腕の中、暖かったとか、心地良かったとかそう言うのではなくてですねっ!その……うぅぅっ!誰に何の言い訳してるんですかっ、私は!」



 その気持ちは、強者への闘争心か。

 それとも単なる異性への夢想か。

 人の気持ちも知らない気ままな清掃員兼«勇者»の男は、1人の女騎士の心を気にせず、我が道を行く。

 全ては思うままに、適当に。

 それがシカバ・リュートの人生の流儀だ。

たせ

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