2話 ベジタリアンの悩み(中編)
西島の依頼はこうだった。いわゆる肉もどきを作ってほしい、と。しかも、本物の肉と寸分違わない味のものを。
「そんなの、肉食べればいいじゃん」
「元も子もないことを……」
西島は呆れたように言う。
「その肉が食べられないのですよ」
「つまりさ、ベジタリアン用の肉をもっと改良してくれってことでしょ? でも、そもそも肉の味が嫌いな人もいるから、需要あるのかなって思うんだけれど」
「そう仰ると、やや語弊がありますね」
西島は手を組みやや前のめりになった。
「肉を食べない人には大きく分けて3種類の理由があります。仰る通り、そもそも肉が嫌いな人もいますが、動物が好きで殺したくない人、宗教上の理由がある人もいます」
「ヴィーガンと宗教家か」
「まさか博士」
「君を試したんだ」
西島はため息をついた。
「いやね、この前同じような依頼があってね、彼女ベジタリアンだから肉食べられないって言うんだけれど――」
【1週間前――。
同じ喫茶店で博士と対面していたのは体格の大きな女性だった。歳は二十代前半くらいだろうか。彼女は藍と名乗った。
「博士、今回の依頼ですねんけど」
「うむ。分かっている、みなまで言わないでも私は分かっている」
「さすが博士ですわ」
藍はかっかっかっと快活そうに笑う。
「ダイエットのコツはとにかく体を動かすことで――」
「博士違います! 私そんなこと頼みに来たのと違いますから!」
思わず立ち上がりそうになった藍だが、腹がテーブルに支えて軽く尻餅をつくような形になった。
「わかったわかった、落ち着きたまえ」
藍はグランデサイズのキャラメルフラペチーノをジューッと吸い込んだ。
「私、こう見えてベジタリアンですねん」
「自分がメタボリアンであることに自覚はあるのか……」
「ベ・ジ・タ・リ・ア・ン」
「そんなおもてなしみたいに言われても」
「ベジタリアン」
「ひいぃっ!」
藍は目を閉じて合掌したのだった。しかし、その姿はまるで、いただきますと言うように、これからベジタリアンを襲うような祈りの如く博士には見えたのだった。
「博士、私肉を食べたことがないから、本物の肉を食べてみたいですねん」
「なるほど。でも既にあるものではいけないのかね?」
「あんなん肉ちゃいますよ。不味くて食べられたもんじゃない」
「え? 肉食べたことないのに分かるの?」
藍は一瞬フリーズしたが、
「本物の肉ならもっと美味しいはずってことやないですか!」
と言って、豪快に笑った。
ついでに大きな屁をこいた。】
「それでどうしたんです?」
「……まあ、途中で気づいたんだけどね、彼女その時、マックのハンバーガー、食べてたんだよね」
「…………」
「…………」
「最近はヴィーガンバーガーというのがあるらしいですけど」
「まだ試作段階だよ」
博士は西島に問う。
「にしても、どうしてこのような依頼をされたのですか?」
「はい、ヴィーガンや宗教家に向けた『本物の肉』の販売は未開拓ですから。……それに私には娘が一人いまして、今年で10歳になりますが――」
「ほうほう」
「妻とは早くに離婚してまして、娘とは月に1回しか会えないのですが、いつも食事に行くと……」
西島はうつむき、肩を震わせた。
「娘はベジタリアンだから、肉を食べたくても食べられなくて……」
「え、泣いてる」
西島はボロボロと大粒の涙を流し始めたのであった。
「だ、大丈夫?」
博士は心配そうに西島に問いかけるが、その時、先ほどの女性が脳裏をよぎった。
「あっ、まさか先程の話の女性ってあなたの娘さんなんじゃ――」
いえ、と男は遮った。
「私の娘は太ってませんから。それに、年齢からして別人ですよね」
「そりゃそうですよね」
「「あははははははっ」」
同一人物だった。