1話 ベジタリアンの悩み(前編)
時は2xxx年、人類は全てを手に入れた。永遠の命に取り換え可能な肉体、肉体を捨て電子の世界で生きることも可能となり、また肉体に戻ることも可能となった。
人類は魂の支配に成功したのだった。
今迄観測できなかった魂という未知の存在を初めて特定し、コントロールした男の名を――阿部サダ丸という。
これは、彼がその名を歴史に刻む前の話である。
残暑が続く9月中頃、日中のオフィス街のある喫茶店で二人の男が対面していた。
一人はブランドで固めたスーツ姿の男、もう一人は研究用の白衣を着た男。スーツ姿の男は西島秀丸と名乗った。
「博士、今回の依頼なのですが」
「うむ。分かっている、みなまで言わないでも私は分かっている」
「さすが博士だ」
「コーヒーをオレンジジュースの味に変える、と言ったところだろうか」
言って、博士と呼ばれる男は注文したアイスコーヒーを『チュー』と一口飲んだ。
「果汁100%」
「違います博士」
「何が違うのかね」
博士はもう一口飲んだ。
「100%……だと思うけどなあ」
「そうではないのです博士! 私はそのような依頼をするつもりは毛頭ありません」
「そうか、失敬失敬」
西島は眉をひそめて言う。
「あなた、本当にあの博士なのでしょうね……?」
博士は思わず吹き出しそうになるが、ストローで飲んでいるものだから、コーヒーがぶくぶくと泡立った。
「なっ、失敬な!」
グラスをドンッと置くとスクッと立ち上がった。
「私は本物の阿部サダ丸だぞ! この、アイスコーヒーも私にはオレンジジュースの味がする。それに――」
『チューーーー』
「果汁100%」
博士はキメ顔でそう言った。
「何故そのようなことを……?」
「コーヒー飲めないんだよ」