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後編

 絵理沙への誕生日プレゼントに名入りのボールペンを用意しておいた。この際良い物をということで奮発したら普通に万札が飛んでいったのにはビックリだ。

 その分良い品だから品質は保証できるけれどな。


 誕生日の予定は一月前に絵理沙に聞いて予約は入れてある。どこかいいレストランでも予約したいけれど、残念ながらプレゼントで資金は大分心許なくなっている。

 ケーキを買って家で食べるかな? どうせ互いの親も集まって皆でお祝いするだろうしな。


 そんな風に久しぶりに明るい予定に気持ちが上がっていた俺だったけれど、それは絵理沙の誕生日一週間前に崩れ去ることになる。




 ――ばあちゃんがまた入院した。




「ごめん、絵理沙。誕生日の約束だけど遅れていいか? ばあちゃんかなり悪いみたいなんだ。最悪の場合もあり得るって……」


「当たり前じゃない! そういうことならそっちを優先するのは当然だよ。おばあちゃんには私もお世話になったから側に居てあげて」


「ありがとう……絵理沙。必ずお祝いするからさ」


「うん、でも今はおばあちゃんのことだけ考えていて」


 そう言ってくれた絵理沙は優しい顔をしていた。






 それからはかなり忙しかった。


 幸いなことにばあちゃんは持ち直してくれて今すぐにはどうこうなることは無いという話だった。もっともそれは治ったわけとかじゃなくて、ただ単に先延ばしになっただけだったけれど。


 いろいろ落ち着いたのは絵理沙の誕生日直前の夜だった。


 何とか時間が取れた俺は絵理沙にスマホで明日の予定が空いてるか聞いてみることにした。もしかしたら空いているかもしれないっている希望的観測を持ちながら。


 ピコっとスマホが鳴って絵理沙から返信が来たことを知らせてくれる。心臓の音が聞こえるくらい緊張しているのが分かる。

 恐る恐る返信を見た俺はその場に脱力してしまっていた。


『ごめんね、生徒会の皆がお祝いしてくれるって言うから先に約束しちゃったの。家族で次の日お祝いするからその時来てくれる?』


 当日にお祝いできなかったのはしょうがない。次の日におじさん達とお祝いできるからまだマシか。そう思った俺は返信を返しておくことにする。


『了解、気をつけろよ。なんかあったらすぐに言えよ』


『うん。ありがとう』


 やり取りを終えた俺はどこか寂しさを感じていた。


 きっと俺は絵理沙のことが女性として好きなんだと思う。


 でもその好きって言うのはどういう感情なのだろうか。


 一緒にいたいって思う。


 でも話に聞く様な抑えきれない衝動のようなものは感じない。




「俺はまだ恋してないのかな……」




 誰も答えなんかくれなかった。








 絵理沙の誕生日当日、俺は日吉と一緒に放課後マックスボムバーガーで時間を潰していた。正確には日吉に呼ばれたんだけどな。


「でさ、話ってなんだよ」


「んー、お前さぁ。絵理沙ちゃんのことどうするつもりだ?


「どうって……明日一緒にお祝いするつもりだけど……」


 俺の返事に日吉は首を振ると大きくため息をつく。


 なんだよ、何か言いたいことがあるなら言えよ。


「今日生徒会の連中と一緒なんだろ? お前ここで指くわえて見てていいわけ?」


「指くわえてって……」


「まんまだろう? どうせ食事した後カラオケとかの流れしかないんだからその途中でさらっちまえよ」


 おいおい、さらうはヤバいだろう。俺がそう言おうとすると俺の目の前で日吉は指を振りながらチッチッチと言ってきた。


「そもそもだ。お前は絵理沙ちゃんとどうなりたいわけ?」


「……絵理沙のことは好きだと思う」


「思うって頼りねぇな。どうせ抑えきれない衝動が無いとか、熱い思いが無いとかそんなテンプレで悩んでんだろう? だったらちょっと想像してみ。お前以外の男の隣でお前に向けるいつもの笑顔をしている絵理沙ちゃんの姿を」


 俺以外の男の隣で……いつもの笑顔の絵理沙……。




 何だろうか……物凄くムカついてくる。


 その隣の男をぶん殴りたくなってくるぞ。


 見慣れた絵理沙の笑顔が俺以外に向くのは……嫌だ!





「な? 答えなんて決まっていただろう? だったら行って来いよ。絵理沙ちゃん待ってるぜ」


 そう言って日吉が指さした先にはファミレスから出てくる北川達の姿だった。


「事前にあの店だって情報を仕入れといたんだ。ほら、迎えに行って来いよ」


 日吉……お前って奴は……カッコいいじゃないか! 


 俺は急いで北川達の所へ向かう。この中にきっと絵理沙がいるはずだから。


 しかし、どう見ても絵理沙の姿が無い……どういうことだ?


「おい、北川。絵理沙はどうしたんだ?」


「……中瀬君か。絵理沙さんは宇都宮先輩と一緒だよ」


「はぁ? どういうことだ?」


 おい、ことと次第によってはタダじゃ済まさねぇぞ。


「宇都宮先輩が宮島さんと二人っきりになりたいって言うから協力しただけです。恋人でもないあなたに文句を言う権利は無いと思いますが?」


 北川のハーレムメンバーの太田がふざけたことを言ってくれる。時間はそろそろ七時を回る頃だろうか。こんな時間に絵理沙が望んでもいない相手と二人っきりだなんて罰ゲーム以外の何物でもないだろうが!


「どこ行ったか教えろ」


「なんであなたに教える必要が……」


「上向公園だよ」


 太田がそう言いかけた時、北川が被せるように言ってきた……こいつ何のつもりだ?

 おれが訝しげに見ると北川は困ったように笑うと言ってきた。


「宇都宮先輩にどうしてもと頼まれたから協力したけれど、邪魔はするなと言われていないからね。早く行った方がいいんじゃないかな? 例の噂流したのは宇都宮先輩なんだし」


 やっぱりか! クソったれふざけんなよ!


 俺は急いで飛び出した。ここから上向公園まではどれだけ急いで走っても二十分はかかっちまう。それじゃ間に合わないかもしれない。どうすれば……。


 そうだ、タクシーだ! 迷うことなんか無い!


「タクシー!!」







 タクシーのおっちゃんに急いでくれって言ったら裏道を駆使して五分で着いてくれた。感謝しかないぜおっちゃん。


 釣りをもらう余裕なんか無いから急いで万札を渡して飛び出す。


 この公園はカップルがよくデートしているけれど、実は人目につかない場所がいくつかある。そう言うところでまぁ……あれなことをしているカップルがいるんだが。


「どこだ絵理沙!?」


 いそうな場所を片っ端から探していく。さっきスマホにかけても出なかったからきっと何か起きているに違いない。


「……して……さい」


 公園の本当に端の方まで来た時かすかに声が聞こえた。

 聞き間違えるはずもない大事な人の声。俺は自分の耳を信じて急いで声のした方へ駆けていく。


「絵理沙!!」


 そこには壁に腕を押さえ付けられている絵理沙の姿があった。押さえつけているのは生徒会長の宇都宮だった。


「何やってんだよあんた?」


「誰だ君は? 見ての通りこちらは取り込み中でね。ただの痴話喧嘩だから放っておいてくれないか?」


「ち、違います! いい加減なことを言わないでください!」


「おかしなことを言う。違うというのなら何故こんな人気のない場所についてきたのかな?」


 アホかよ。そんなもんあんたに最低限の信頼があったからに他ならないだろうが。

 その信頼を踏み躙っておいて絵理沙に責任転嫁するなんざこいつマジのクズだな。


「分かったら君も……」


「うるせぇよ。何で自分を少しでも信頼してくれた女性にそんな真似が出来るんだ? お前救いようのないクズだよ!」


俺はそう言うと絵理沙と宇都宮の間に入るように体を割り込ませた。

 そのまま押さえつけている腕を掴んで捻るように動かしていく。


「や、やめろ! 急に何をする! 野蛮な奴め!」


「女性に無理矢理迫る奴よりかはマシな自信あるけどな」


「貴様……」


 かなり怖かったはずだ。その証拠に絵理沙の声は震えている。

 俺だってこんな場所に連れ込まれたら怖いしな。


「腕を掴まれて……ここまで引っ張られて……私……」


「気にすんな。絵理沙のせいじゃねぇよ。こんな公園の東の外れまで連れてこられたらどうしようもないしな」


 俺の背中に隠れて震えている絵理沙を見ると怒りが込み上げてくる。


「宇都宮、お前はもう帰れ。今日は見逃してやるからよ。でももし、次にこんな真似してみろ……タダじゃ済まさねぇからな」


「うるさい! 私に指図するなぁ!」


 宇都宮の拳が俺の顔を殴りつけた。殴られたとこは痛いけれど、絵理沙が受けた痛みや恐怖こんなもんじゃなかったはずだ。だったらこんなもん我慢できる。


「ちょっと! 何するんですか!」


 絵理沙が俺を押しのけて前に出ようとするけれど、お前は俺の後ろにいろ!


「どうした! やり返す気概も無いのか!!」


「ぅるせぇよ……お前馬鹿だろう?」


「ふん、殴られているにもかかわらず、殴り返すことも出来ない奴に言われる筋合いは無い!」


 馬鹿だろうこいつ! ここは現代日本だぞ!? やられたらやり返す戦国時代じゃねぇんだよ!


 手は打ってある。問題はそれが間に合うかだ。


 まだか! まだ来ないのか?……日吉!








「ほんと馬鹿だよね。宇都宮先輩って」


 俺を殴り続ける宇都宮先輩の後ろから声がした。声の主は楽しそうに懐中電灯で宇都宮の顔を照らしながらスマホを向けている。


「な、何をしている?」


「ん? 撮影っすよ。実録! 生徒会長の暴行現場ってところですかね」


「おせぇよ、日吉」


「わりぃわりぃ。場所の特定に時間かかっちまった。でもお前だって悪いんだぜ。いくら急いでいるからって通話の内容だけで場所を特定しろなんて無茶振りもいいところだぜ」


 ここに絵理沙に迫る宇都宮を見つけた瞬間か、俺はスマホで日吉に電話してそのままにしておいた。

 そうすればきっとあいつのことだから何とかしてくれるに違いないってな。


「おっと先輩、これ以上罪を重ねない方が良いですよ。この状況は撮影していますからね。あ、無駄ですよ壊そうとしても。データは家のパソコンに転送済みなので」


 日吉からスマホを奪おうとした宇都宮の手が空を切る。

 俺は一切反撃していないからな。何かあってもこれなら俺が責められることは無い。


「分かったらさっさと帰れよ」


「まっすぐ帰った方が良いですよ。これ以上罪を重ねないでくださいね」


 俺と日吉の言葉に宇都宮は悔しそうにしながらも背を向けると去っていった。

 しかし痛ぇな。殴られ慣れていないから殴られた場所がズキズキする。


「大丈夫! 潤!」


 絵理沙が殴られたところに心配そうに手を当ててくる。柔らかい絵理沙の手が気持ちいいや。


「すぐに冷やした方が良いね。絵理沙ちゃんとりあえずここを離れよう」


 日吉の言葉にうなずいた俺達は適当なベンチへと移動する。

 絵理沙が買ってきた缶ジュースを殴られた場所へ当てる。ヒンヤリとした感触が熱を奪っていって気持ちいい。


「それじゃ俺は行くな。宇都宮先輩のことは任せておいてくれよ」


 日吉はそう言ってまた明日なと手を振りながら去っていった。


 今度このお礼をしないといけないな。ずいぶん助けられちまった。


「……ありがとう、潤。来てくれて嬉しかった……よ」


 そう言いながら絵理沙が俺の腕を抱き抱えてきた。柔らかい絵理沙の感触に胸がドキドキする。


「いや、そのあれだ。当たり前のことをしただけだからさ。絵理沙は俺の……幼馴染だし……それに」


「……それに?」


 ここだ! 行け俺! ここで行かなくていつ行くんだよ!?







「……絵理沙のことが大事だから……好きなんだよ、絵理沙のことが」







 言っちまった! とうとう言っちまったぞ!


 絵理沙の反応が知りたいけれど不安で中々見ることが出来ない。

 ふと俺の腕を掴む絵理沙の力が強くなった気がした。


「……私も……潤のことが好き……ずっと前から……」



 聞き間違いじゃないよな!? 


 絵理沙も、絵理沙も俺のことが好きって!!


「絵理沙! お、俺!」


 思いが溢れてつい抱き締めてしまった。腕の中にある絵理沙の暖かさが愛おしくてたまらない。


「うん……大好きだよ、潤」


 絵理沙がそう言って俺の胸に頭を預けてきた。し、心臓がドキドキいってるのバレないか!?


 そ、そうだ。


 誕生日プレゼント渡さないと。


「えっと、絵理沙。これ……誕生日プレゼント」


 そう言ってボールペンの入った袋を渡す。絵理沙が好きそうな可愛い感じのにしたから気に入ってくれるはずだ。


「何かな?……わぁ! ボールペンだ! しかも名前入ってるよ!……ねぇ、潤。これって確か高いやつじゃなかったっけ?」


「いいんだよ、こういう日はそうことよりも気持ちの方が大事なんだよ!」


 言えるかよ具体的な金額何て。


「ありがとう……潤。これ大事にするね」


 大事そうに抱えている姿が見れただけでも十分だからな。


 良かった……上手くいって。


「そろそろ帰らないとな……」


「うん、そうだね……」


 絵理沙と一緒に公園を出ようと、入り口まで来たらタクシーのおっちゃんが声をかけてきた。


 どうやらまだ残っていたみたいだけどもしかして足りなかったとか!?


「坊主、釣り渡せてねぇんだからちゃんと受け取ってくれよ。それで家はどこだ? 送っていってやるよ」


「え?」


 驚く俺におっちゃんは続けて言う。


「どうせそんなに遠くないんだろう? だったらお前さんらを送り届けても釣りが出るってもんだ。ほら分かったらさっさと乗りな」


 やべぇ、おっちゃんカッコいいじゃねぇか。


「どうするの潤?」


「甘えようぜ。歩かなくて済むならその方がありがたいし」


 こんないかにも喧嘩しましたって顔で歩けば職質されかねない。


 タクシーのおっちゃんのおかげで無事に帰れた俺達を待っていたのは俺のお袋の悲鳴とおばさんのお説教だった。

 親父やおじさんはむしろよくやったと言ってくれたけれど、その後どっちもお袋達に叱られているんだから笑えないぜ。







 それからは平穏な日々が過ぎていった。生徒会長はいつの間にか辞任していて、逃げるように転校していった。

 日吉に聞いて見たら匿名のタレコミがあったらしい。言い逃れできない暴行の証拠映像もあったらしく、大事にしない代わりに自主退学になったのだとか。


「良く宇都宮が俺達のこと話さなかったな?」


「俺は何もタレコミしていないからね。だからきっと他の誰かが取った映像だったんだろうよ。そっちには俺達のことは映っていなかったんじゃないの? それに喧嘩よりも婦女暴行の方がマズいってことくらいは頭働くだろうし」


 それもそうか。何も無かったとはいえこの話が出回れば嫌な思いをするのは絵理沙だ。だからこの話はこれ以上誰も知らない方が良い。


「それで今日も絵理沙ちゃんとデートなんだろ?」


「ああ、絵理沙が服を買いに行きたいって言うからさ」


 そんな話をしていると絵理沙がやってきた。絵理沙はもう生徒会の手伝いは辞めている。あんなことがあった後だ。これ以上あいつらに絵理沙が手を貸す理由なんか無い。


「気をつけろよ」


「ああ、それじゃ行って来る……ありがとうな日吉」


 手を振る日吉にまた明日と言って絵理沙と合流する。

 気づけばもう三月も終わりそうだ。俺の高校生活は絵理沙と言う大事な恋人がいる日々へと変わった。


「高二の夏は特別だって言うしな」


「ん? 何が特別なの?」


「なぁ、絵理沙。今年も一緒に海行こうぜ」


「うん、潤も水着選ぶの手伝ってね」


「お、おう……頑張る」


 これから始まる絵理沙との新しい日々に俺は心が弾んでいた。


 待っているであろう幸せな毎日を想像して。

というわけで実は完結編本編はまだです(ヲイ

ここでハッピーエンドでいいのですが、気になる人は完結編の方も読んでもらえると嬉しいです。

もっともまだスタックが溜まっていないのでもう少しお待ちください。


評価、感想、ブックマーク等あると嬉しいです。

読んでくださってありがとうございました。

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