第8話 未来都市のはぐれ者
「あーレナトゥスさん? 起きてます?」
朝九時、レナトゥスが寝ているはずの部屋をノックする。
一夜明けて今日、やっぱり色々聞いておくべきことは聞いておくべきだ。魔法使いたちに追われる彼女をこの科学の街で守ると決めたからにはダラダラとしているわけにもいかない。
しかし何度ノックしても反応がない。まさかまだ寝ているのだろうか。それとも昨日のことでまだ不機嫌になっているとか?
いやでもあれは俺が悪いわけではないと思う。とはいえそのすぐ翌日はちょっと気まずいとかそういうことなのか?
「無反応は困る......それなら蹴られたりした方が気が楽なんですけど......」
どれだけ話しかけても反応がない。彼女は追われている身、もしかしたら万が一ということもあるし、確認しないわけにはいかない。
ゆっくりとドアノブを回す。鍵がかかっているわけではない。ドアを少しだけ開けて中を覗く。
すると中には、空のベッドと、全開になった窓が見える。慌てて中に入ると、レナトゥスの持ち物が消えており、持ってきていた彼女の黒いローブもなくなっていた。
「まさか......いや、連れ去られたならもっと部屋が荒れているはず。それに隣の部屋の俺が気づかないはずがない。セキュリティだってちゃんとしてるはずだ。となれば......」
――――自分で出て行った。
俺や屋敷の人間に気づかれないように窓から。その可能性が一番高いと考えられる。
俺はすぐに餅金の部屋へと向かった。
「起きろ! 餅金!」
ドンドンと扉を叩くと、数秒の後に餅金が姿を見せた。
「起きてますよ。どうかしましたか?」
「レナトゥスが部屋から消えた。この敷地の監視カメラの映像を見せてくれ」
「消えた......? 一緒にいた女の子ですよね? わかりました、入ってください」
餅金の部屋には高性能そうなコンピューターが何台も置いてある。高校生でありながらバリバリのビジネスマンな彼にとって、このぐらいは必要最低限な設備なのだろう。
「それで、喧嘩でもしたんですか? 黙って出て行ったんですよね?」
「ああ、喧嘩......はした......と言えばしたけど、黙っていなくなるのは変だ」
「うーん、外からの侵入者はともかく、中から出ていく人の警戒なんてしませんからね。簡単に抜け出せてしまいますが......ありました」
餅金は一台のコンピューターの前に座り、監視カメラの映像をモニターに映した。
「南の出入り口から出ていく姿が映ってます。三時間前ですね。この服装は......魔女?」
「南......? 住宅街の南に駅があるけど、あいつが電車やバスに乗れるとは思えないな......まだ近くにいるはず......」
「気を付けてください。ここの住宅街周りはガラの悪い連中が沢山います。特に南側の十三地区は人気のない区画が多くて、そいつらのたまり場になっています。あの辺りを女の子一人でうろつくのは危険です」
「......わかった。ありがとう」
すぐに南出入り口へと向かい、そのまま住宅街を走り抜ける。
高級住宅街から、一つ門を抜けただけでそこは一気にさびれた街へと変わる。未来都市とはいえ全区画が発展しているわけではない。不良のたまり場のような場所もあるし、ボロボロの区画だってある。
そういう場所には監視の目だって行き届かない。万が一のことがあってもすぐに助けは現れない危険な場所だ。
「なんだって一人で......! ジュースの一本も買えないくせに......!」
いくらなんでも歩いていただけで襲われるような無法地帯ではない。人目につかなそうな危ない場所を避けて通ればなんの問題もなく通過できる。
しかしあいつの世間知らずは筋金入り。自分からヤバイ奴らに関わりにいく可能性も大いにある。
「あいつはこっちの世界のことを全く知らない。行く当てがあるとは思えない......それならこの辺りでうろついてるはずなんだ......!」
街中を走りまわっても、人影すらほとんど見えない。これほどまでに不気味な静かさの街がこんなに近くにあったとは。
この未来都市では、街の中心に行けば行くほど最先端の科学技術が多くなっている。反対に街の端の方では新技術の導入速度が遅く、激しい情報格差を生んでしまっている。
そのため、街一つのなかでも区画によって生活様式が驚くほど違っているのだ。特にこういう地区では外の街とほとんど変わらないような生活をしている人が多く、それを理由に差別的扱いを受けることも少なくない。
巨大なビルなど見当たらないし、道路や建物も全く普通の物。俺としては正直こういうところの方が落ち着いたりもするが、悪く言えばここは科学の街からはじき出されたはぐれ者たちも多い。特にこの十三地区はそれが顕著だ。
「あれ、兄ちゃん。なにしてんだぁ? こんなところで」
少し裏道に入るだけですぐにこれ。無法地帯ではないと言ったのは撤回すべきだろうか。
「黒いローブの女の子を見なかったか? 緑の髪で小柄な子だ」
「はぁ? この十三地区に女が一人で入ったのか? そいつはよっぽどの世間知らずだなぁ」
五人ぐらいの仲間がケタケタと笑い合う。何を考えているかわからないこの感じがどうも不気味だ。
「そいつの居場所が知りたかったらよぉ......まずは俺を通せよ?」
一番奥にいる男が立ち上がり、ゆっくりとこちらに歩いてきた。百九十センチはありそうな巨体に、鋭い目つき、豪快に刈り上げられたワイルドな髪型。どこからどう見ても不良のボスといったところだろう。
「お前、知ってるのか?」
「そんでもって俺に話をするときは、まずは拳でご挨拶だ」
男はその大きな右こぶしを力強く握り、俺の顔の前に挑戦的に突き出した。