第6話 治癒魔法能力者
「すごいねシューガ! こっちの鍵は武器にもなるんだね!」
「普通ならないけどな」
突然俺の部屋を襲撃してきた男。あいつの目的はレナトゥスだった。
それにあの磁力、いくらここが未来都市とはいえ、ちょっと信じがたい技術だ。いまだに何かのトリックだったんじゃないかと半信半疑になる。
「ごめん、シューガ。まさかこんなに早く追ってくるとは思わなくて、巻き込んじゃったよ......」
「悪いと思ってるなら説明してくれ。あいつは何者なんだ?」
「私は、この世界の裏側から来た魔法使い。あいつも私を追ってきた魔法使いだよ」
「あぁ......魔法使い?」
立て続けに色々なことが起こって、現在絶賛混乱中だが、それに加えて魔法使いときたか。確かに戦闘中に魔法がどうとかって話をしてた気がする。そう呼ばれている未知の技術のことだろうか。
「世界の裏側ってことは、ブラジルあたりから来たってこと?」
「ん......? 地球の裏側じゃないよ? 世界の裏側だよ?」
「......何が違うんだ?」
「この世界を紙みたいな平面だとした時、その世界には表と裏があるでしょ? 私はこの世界の裏側から来たってこと」
「......要するに、異世界から来たってことか?」
「そういう認識でいいと思う」
いよいよわからなくなってきたぞ。異世界から来た女の子と、それを追ってきたガラの悪い磁力野郎。この科学の街で魔法使いだと? 外の街から見ればこの街も充分魔法じみてるけど、それはそれだけ信じられない技術があるっていう比喩表現だ。本物の魔法が出てきちゃったら意味合いが変わってくる。
「信じてないの?」
「半信半疑だけど。いやなんなら一信九疑ぐらいかも」
「あいつの磁力空間を間近で見ておいて信じられないって、聞いてた通り科学の人間は頭が固いね」
「そうは言ってもな......」
「じゃあこうする。さっき怪我したところを見せて」
「怪我?」
レナトゥスは俺の左頬に手をかざした。マグネースが蹴った破片がかすめたところだ。戦いに夢中で気が付かなかったが、そこそこの量の血が出ている。決して傷は浅くない。
「よく見てて」
レナトゥスが目を閉じた。すると俺の頬にかざされているその手の周りに緑の光が集まり、傷周りにくっつき始める。
「これは......」
まさかと思い鏡を見てみると、何もなかったかのように跡形もなく傷は消えていた。ヒリヒリとした痛み自体は残るが、つねったり引っ張ったりしてみても傷が開くことはない。
「これが魔法だよ。私の魔法は生命修復、私は魔法世界でも五人しかいないとされる治癒魔法能力者なの」
「傷がすっかり......確かに科学では説明がつかないな。どうやらデタラメってわけでもないらしい。それで、お前がここまで逃げてきた理由は?」
「私の希少な能力を手に入れたい人たちが、私を捕まえて実験しようとしてるの。それで逃げ出したんだけど、追い込まれちゃって、こっちの世界に来るしかなかったの」
「なるほどな。それじゃあこれからどうする? 魔法の世界とやらに帰るか、科学の世界にしばらく隠れてるか」
「こっちの世界に慣れていないのはどの魔法使いにとっても同じこと。だから科学世界の方が逃げ続けられる可能性は高い......かな」
「それじゃあついて来いよ。この部屋も場所がバレちまったし、他の場所に移動しよう」
レナトゥスは目を丸くして、首を傾げた。
「いいの?」
「え? ここにいたらさっきの奴の仲間が来るだろ? 今はまだ気絶してるだろうし、無人救急車で搬送されていったから時間は稼げると思うけど」
「いや、そうじゃなくて、私をかくまったらまた襲われるかもしれないんだよ? そこまで頼るつもりは......」
「いやいや遠慮すんなって。命がけのスリリングな生活は正直勘弁だけど、このまま全く勝手のわからない世界に女の子一人放り出すわけにもいかないだろ? それに、俺だってあいつの恨みを買っちまったからな。どっちにしろひとまず身を隠さなくちゃ」
レナトゥスは急に口をモゴモゴさせ始め、左右に視線を送り始めた。両手の人差し指をくるくると回したかと思えば、パーカーについているフードの紐を交互に引っ張り始める。
「なにしてんの?」
「いや、別に? 助けてくれる人なんて、今までいなかったから......。どこへ行っても厄介者扱いされて、もう逃げ場がなくって、こんな世界の裏側まで逃げてきたけど、初めてそんなこと言ってもらえたから......」
「それは......」
「でもシューガがそう言ってくれるのは、魔法を全然知らないからなんだよね。私の魔法がどれだけ残酷なものか知らないから、どれだけ気味の悪い魔法か知らないから......追ってくる敵の規模をしらないから......そんなことが言えるんだよ」
「レナトゥス......」
彼女は、暗い表情の上に、薄い笑顔の色を塗ったような、アンバランスな顔を見せた。詳しい事情を知らない俺には、これ以上彼女を元気づけるような気の利いた言葉が出てくることはなかった。