第4話 少女のローブ
「申し遅れたの。私はレナトゥス・サナティオ・ルネ、これからよろしくね」
我が物顔で俺の部屋に入り、ベッドの上で正座して自己紹介を始める少女を前に、俺は困惑していた。
「いや、それはいいけどさ。なんでうちにいるわけ? もう夜も遅いし、帰ったほうがいいと思うけど」
「私はこんなところまで逃げてきたの。私にまたあの要塞に戻れと言うの?」
「いやなんのことかわからんけども。家出少女ですか? そういうのかくまったら俺まで怒られるじゃねぇか!」
「気にすることはないよ。むしろ私を追い出したら私が怒るの」
俺は深くため息をつきながら、とりあえず荷物を床に下ろした。面倒なことになった。こんなメルヘンコスプレ女を家に入れたら、どうせロクでもない男が追いかけてくるに違いない。メチャクチャ世間知らずな子にはガラの悪い男がくっついているイメージがある。
「それにしても汚い部屋なの。こっちの世界の人間はあえて物を散らかしておくの?」
「そうです。そうした方が欲しいものがすぐ手に届くでしょ」
「なるほど! さすが科学人。片付けという不合理な手間を省き、効率的な生活を心がけているというわけなの!」
まともに受け答えるのも面倒になってきた。とりあえず早いところ追い出さないと本当にここで寝始めかねない。
「ところで私はお腹がすいたの。シューガは料理はできるの?」
「まぁ多少なら」
「ではお願いしたいの」
「はぁん? てめぇこの野郎! ワガママ放題もいい加減にしやがれ!」
ぐいぐいと両頬をつねって怒鳴る。
「ひぃごめんなさい! じゃあ私が作るから! 自分で作るから!」
「そういう問題じゃ......いや、料理作ってくれるんならそれはそれでいいか......」
食事の支度というのは、一日の中でも面倒な作業ランキング上位に食い込む過酷な業務だ。それを代わりにやってくれるというならやってもらおう。
「じゃあキッチンそこだから、あとよろしく。冷蔵庫の食材は自由に使っていいよ」
俺は部屋の真ん中で寝転がり、テレビをつける。家の中の家具に関しては、特に最先端技術は取り入れていない。家の中ぐらい落ち着きたいので、慣れ親しんだ機能を持つ家具ばかりを置いている。
俺はこの街で生まれ育ったわけではないので、ここの技術に囲まれてばかりいると少し疲れてしまうのだ。
「おーい、レナトゥス? 何を作ってんだ?」
しばらくたった頃、さっきから妙に静かなキッチンに向けて声をかけてみた。
「シューガ、もうちょっと待って。今もうすぐ火の扱い方をマスターできそうだから」
「火......?」
嫌な予感しかしない。冷静に考えれば、自販機を知らなかったやつにコンロを使ったり、冷蔵庫を開けたり、炊飯器のセットをしたりできるのだろうか。
「うわっ!! こんなところから火がではじめた! 私のローブが燃える!」
案の定大騒ぎし始めた。あんなひらひらとしたコスプレローブを着たまま料理しようとしているのを注意するべきだった。
「大丈夫大丈夫。ちょっと焦げただけだから。とりあえずこんな邪魔くさいローブは脱げよ」
「あっちょっとま......」
汚れがつき、若干焦げてしまった黒いローブを引きはがした。するとその下からは、まぶしいほど白い肌が現れた。
「......え?」
慌てて視線を移すが、どこを見ても目に映るのは白い肌。下着すら身に着けていないレナトゥスの姿だった。
「なんでお前ローブの下全裸なんだよ!?」
「う......ぅぅうるさい! このド変態!」
さっきペットボトルすら開けられなかった非力さからは想像もつかない強烈な飛び蹴りを顔面にくらい、俺は床に倒れこんだ。
「本当に考えられない! レディの服をいきなり引きはがすなんて! 科学人はみんなこんなに野蛮なの!?」
「いや、まさかローブの下に何も着てないとは......」
「言い訳無用! この責任はキッチリ取ってもらうから!」
レナトゥスは顔を赤らめて猛抗議した。今はとりあえず、どこからか引っ張り出してきた俺の昔のパーカーを着て落ち着いているが、いまだに蹴られた頭がジンジンする。
「罰として、やっぱり料理はあなたが作るの! あと私のローブもちゃんと直しておいてね!」
「はい......」
すっかり立場が逆転してしまった。こうなっては家主とはいえ俺も強くは言えない。おとなしくキッチンへと向かうことにした。
キッチンは、居間を挟んでベランダの正面にある。キッチンに立てば、テレビの前で座り込んでいるレナトゥスの姿と、外の景色が同時に目に入るというわけだ。とはいっても外は向かい側の学生寮が見えるだけ。綺麗な夜景が広がっているなんてことはない。
だが今日はなんだか外の様子が気になる。若干いつもと違う雰囲気というか、気配を感じるような気がするのだ。
「シューガ? この外には何があるの?」
レナトゥスも気になっているのか、窓の外を指差しながらこっちを見てくる。
「ああ、そこはベランダなんだけど......」
レナトゥスから再びベランダに視線を移した時、俺は絶句した。窓の外、ベランダの柵の上に人影がある。ここは学生寮の八階、そんなことあり得るはずはない......のだが。
「はぁーい。どうもどうも、お騒がせするぜぇ?」
窓の外の男は、そう言って不気味に笑った。