第2話 未来都市ニューウルブス
今日は新月。つまり曇りでもないのに月明かりのない真っ暗な夜。
しかしこの科学の街ではそれも関係ない。大通りは昼間と変わらないほどの光を放っているし、人通りも多い。そこら中に高いビルが建ち並び、広い空を狭く感じさせる。
「あれ、鍵......落としたか?」
俺、明励 秀雅はポケットに手を突っ込んでため息をついた。
この街に来て約一か月が経つ。だいぶここの環境にも慣れてきたが、便利なんだか不便なんだかわからない最先端技術に振り回される生活は大変だ。
この街は東京のはるか南に浮かぶ島を拡張して作られた、最先端科学技術実験都市。人呼んで未来都市ニューウルブス。各国の最先端技術がここに集約され、実用段階前の最終調整を行うのだ。
例えば空を見上げてみれば、いくつかの気球が浮かんでいるのが見える。
あれは大気中の水蒸気量を調整し、天候をある程度制御できるウェザーバルーン。重要な式典の日など、確実に晴れにしたい時に使ったりする。ちなみに一般人が使用するためには、貧乏学生にとっては目玉が飛び出て引っ込まなくなるほどの大金が必要らしい。
「カバンにも入ってない......さっきの自販機で落としたか......」
俺が住んでいるこの学生寮にもいくつかの最先端技術が導入されている。
今探している部屋の鍵もそうだ。特殊な合金で出来ており、自由に丸めたり縮めたりすることができる。しかし極端に小さくなってしまうので、すぐどこかになくしてしまう。
実験都市である以上は、こういう不便なものが回ってくることもある。俺たちが身をもって体験し、そのデータをもとに実用化に向けて調整するというわけだ。
この鍵はすぐにでも調整した方がいいと思う。確かに鍵はジャラジャラして邪魔だと感じるときもあるが、これはどう考えても得策じゃないだろう。微妙に生活感のズレた、無駄に優秀な開発者がたまにいるから面倒だ。
「くっそ......今度寮長に言って鍵変えてもらうか」
落とし場所の見当はついている。さっき自動販売機でジュースを買ったときだろう。そんなに距離もない場所だ。すぐに取りに戻れば見つかるはず。
この街には五百万もの人間が住んでいて、実験に協力する代わりに最先端の科学の恩恵を受けて生活している。
外の人たちから見ればこの街はまさに未来の都市なんだろうが、実際に住んでみればこんな小さなトラブルの連続だったりする。まるで魔法のような技術もたくさんあるのだが、全ての技術がそうというわけでもないのだ。
俺は寮を出て、地面に気を配りながら一番可能性の高いと思われる自動販売機へ向かう。学生寮のある区画の一番端、ここには俺の好きなサイダーを売っている自販機がある。喉が渇いた日は、少し遠回りしてこの自販機の前を通って帰るというわけだ。
「え......」
案の定鍵はすぐに見つかった。やっぱり自販機の前で落としたみたいだ。だが問題はそこじゃない。
「これは......どういう状況......です......か?」
俺はしばらくの間、その場で立ち尽くしていた。ここまで戻ってきて鍵を見つけ出したのはいいんだが、その鍵が自販機の前で寝そべる少女の手に握られていることが問題なのだ。