第1話 裏の世界の少女
満月の夜、頼りない月明かりだけが世界を照らす真夜中。
草木も眠り込むような深夜に、二人の男は駆け回っていた。
「そっちはどうだ?」
「いや、こっちには来ていない。要塞から出た様子はなさそうだ」
「見張る者の様子は?」
「異常なし、全て正常に作動している。やはりまだこの要塞のどこかに隠れていると見るべきだ」
見渡す限りの広い森の中にたたずむ石造りの要塞。
五階建てで、敷地はそれほど広くはない。しかし見る者の心を圧迫するには充分な威圧感を放つ堅牢な要塞だ。
普段は静かなこの場所だが、今晩はにぎやかである。
「要塞内をしらみつぶしに探すぞ。一階から順にすべての部屋に知らせる者を投入しろ。どうせここから逃げられるわけねぇんだ。隠れ場所さえ潰せば終わりだ」
要塞の手前でなにやら話している二人の男のうち、一人が右手を要塞の入口に向かって掲げた。すると、白い光の球が次々と要塞に向かって発射されていく。
その白い球には口のような物がついており、要塞中の部屋の扉をぶち破っては中をぐるりと一周して次の部屋へと向かう。
「さぁ......どこからでも出て来い。二度と希望を持てないように痛めつけてやるよ。どれだけ壊してもすぐ治るんだからなぁ。不気味なもんだぜ」
「やりすぎるなよ? 彼女の魔法は貴重だ。明日、精神操作系の魔法使いが到着すれば、逃げようなどとは思わなくなる。お前の拷問など不要だ」
「いいじゃねぇか。精神が弱ってた方が精神操作も効きやすいだろ?」
そんな話をしていると、要塞の二階の一室からサイレンの音に近いような、甲高い叫び声が聞こえてきた。
「見つけたようだ。ここからはお前の出番だぞ」
男は真っ白な歯をむき出しにして、不気味な笑みを浮かべた。その直後、驚異的な跳躍力でその部屋の窓に飛び込み、中に隠れていた一人の少女と目が合う。
「さぁさぁさぁさぁさぁ! 逃げ道はないぜどうするよぉ!」
少女は部屋の外へと飛び出した。その逃げ足は決して速いとは言えない。
そして甲高い叫び声をあげながら少女の周りを光の球が付きまとう。警報のように鳴るその音のせいで、少女の位置は遠くにいても簡単にバレてしまう。
「おいおいおいおい、往生際が悪いねぇ。知らせる者はお前に振りきれるようなモンじゃねぇだろ? そして相手はこの俺だ。まさに絶体絶命! おっと、絶命されちゃマズイわけだが」
男はゆっくりと歩いて少女を追い始めた。逃げ回る少女の周りには次々と光の球が集まってくる。もう隠れることなどできるはずもない。
「お前に自殺は不可能だろうがよ! どうすんだ? 他に逃げる手段でも持ってんのか?」
段々と甲高い叫び声が近づいてくる。それは少女の居場所が近いことを表している。
「この部屋か......こんなところに隠れて、一体どうしようって......」
男の顔が青ざめた。部屋の扉を蹴破り、中へと侵入する。
部屋の中には大きな鏡のような物が一つあるだけで、隠れられそうな場所などない。光の球も鏡の前でウロウロしている。
「やられた......あの女......! まさかあっちの世界へ逃げるとは......!!」
その鏡は男の姿を映し出しているわけではなく、表面は海のように波が立っている。
男は近くにあった壁を、怒りに任せて蹴り崩した。
お読み頂きありがとうございます。
よろしければ、下から五段階で率直な評価をお願いします。
活動の反省、励みにしていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。