『Wish』の改善点
「はい、約束通りジュース奢ってね?」
ニッコリと笑う蒼に、緋色はぐぬぬ、と声にならない唸り声をあげる。
「約束は約束や!
ただ、ずるいぞ蒼!
あんな上手いとは思わんかったやん」
「能ある鷹はなんとやら、ってね。
俺は、ゲームは大体得意なんだよ」
「くっそぉ、次は負けやんからな!」
堂々と悔しがる緋色と違い、桃はひっそりと悔しさを抱えていた。
「桃、私は別にジュース奢ってもらわなくても大丈夫だよ」
「翠、これは勝負。
私が悔やんでいるのは、奢ることよりも負けたこと」
いや、それ以前に。
無意識に、翠を下に見てしまったことが、桃にとって一番自分に憤りを感じることだった。
「確かに、私が桃に対戦で勝つのなんて滅多にないもんね。
でも、次からも頑張って勝つから」
『次は勝つ』
その言葉を翠の口から聞くことが信じられず、思わず桃は目を大きく開ける。
だが、未だに緋色を弄っている蒼の姿を見て、ふっと微笑む。
「蒼に影響受けすぎだよ。
でも、次は負けない。今回のジュースはその貸し」
勝負にこだわる翠を見るのは、桃にとって初めてだ。
ただそれは、確実にいい方向に翠を変えてくれるのだろう。
そう感じ、桃はそっと蒼に感謝するのであった。
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「はぁ〜、楽しかったなぁ」
「ほんまに、一人でやるのもおもろいけど、みんなでゲームするのもやっぱ最高やな!」
あっという間に下校時間(正確には、翠と桃が帰らないといけない時間)になってしまったので、四人は伸びをしながら『watch』を片づける。
結局、あのチーム戦のあとはみんなでレースをしたり、色んなルールで遊んだりと、終始盛り上がりを見せていた。
「なんだか、今日でゲームのことがもっと好きになった気がするなぁ」
「ん。今度は、違うゲームもしたい」
翠と桃も、今日一日で、すっかりみんなと打ち解けることが出来たようだった。
桃に至っては、もう次のサークルについて考え出している。
「疲れているところわるいんだけど、今日は一回目のサークル活動だったし、直したほうがいいとことか、良かったところとか、参考程度に教えて貰ってもいい?」
そんな中、蒼はサークルの代表として、ある意味客観的に物事を考えていた。
今日も十分に楽しかったが、よりよいものにするために。
蒼が考えるのはそういうことであった。
「んー、おれは強いて言うなら、やっぱ『タマオカート』みたいなゲームするんなら、テレビ繋いで大画面でした方が楽しかったやろなぁってことかな。
あ、勿論今日も楽しかったんやけどな?」
そう言う緋色の意見を、蒼は頭の中にメモする。
「私は、教室の前を誰かが通ったらちょっとビクッとしちゃったかな。
間違えて入ってこられたらどうしようって」
その意見には、蒼も同意であった。
別に悪いことをしている訳では無いのだが、大学生になりたてとしては、学校内でゲームをするというのは不思議と心臓に悪い。
「私は、持ってないゲームをどうするのか、気になった。
一つのカセットでみんなでできるならいいけど、そうじゃなかったら、どうするのかなって」
確かにそれは課題であった。
非公認サークルとして、部費が出る訳では無いので、原則自給自足でするしかない。
そうなると、いずれは同じゲームばかりになってしまうのではないかという懸念が出てしまうのだ。
「おっけー、ありがとう。
みんなの意見は、また考えておくよ。
もしかしたら、みんなにもまたアドバイス貰うかも」
「うん、副代表だし、いつでも聞いてね」
「そんな全部一人で抱え込まんでも、みんなで決めたらええと思うけどな」
「んー、俺の性格的に、自分の中で結論出さないとしっくりこないんだよ」
「まあ、それならええんやけどな」
緋色の言うこともわかるので、気持ちだけありがたく受け取っておく。
そんな会話を経て、一回目のサークルは解散となった。
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ある程度家事をすることにも慣れてきた蒼であったが、全てをこなさないといけないため、どうしても時間がかかってしまう。
そのため、19時頃に送られてきた翠の『Line』に気づいたのは、時計の短針が21時を示す時間帯であった。
緊急の用事だったらどうしよう、と慌てて確認すると、そこには今日話し合ったサークルの改善点についての意見が書かれていた。
『みどり:テレビに繋いだり、教室の前を人が通ったりするのは、空き教室を使うなら仕方ないから、この前も言ってた緋色君の家にお邪魔させてもらうのはどうかな?
桃も大丈夫って言ってます(´˘`*)』
下には丁寧に、『アワークラフト』のキャラクターが「どうかな?」と首を傾げているスタンプが添えられている。
それを見て蒼はふっと微笑むと、翠にしっかりと返信をした後(『アワークラフト』のスタンプを返すことも忘れない)、緋色にも『Line』を送ることにした。
『そー:今翠から連絡きた。
来週から緋色の家使えないかな?』
すると、一瞬で既読がつき、緋色からすぐに返信が来る。
『緋色(☆ミル☆):全然構わんで。グループで聞いてくれたらええのにな。
やっぱ、まだほとんど動いてないから言いづらいんかもしれんな』
『そー:そんなことより名前やばいな』
緋色の知りたくなかった『Line』の名前に唖然としながら、蒼は緋色の言った言葉の意味を考える。
確かに、グループにいきなり発言するのは緊張するものである。
例えそれが四人であっても。
なので、話しやすくするため、グループに軽くメッセージを送っておくことにした。
『そー:これから、暇な時とかあったらここでゲームとか誘うから、暇な人がいたら入ってきて欲しいかな。
俺じゃなくても、みんなも自由に誘ってね』
すると、意外にも桃から一番最初に返信が来る。
『桃:それなら、今『狩りゲー』してるから、誰か手伝って欲しい』
『緋色(☆ミル☆):俺今暇してるし、手伝うわ。ちょっと待ってや』
『桃:緋色、名前やばい。了解』
桃まで緋色の名前に突っ込んでいるのは面白いが、一緒に『狩りゲー』をする相手が見つかってよかったな、と蒼は何故か親心のようなものを感じる。
蒼は残念ながら『狩りゲー』を持っていないので一緒にやることは出来ないし、サークル申請云々の書類でやらないといけないこともあったので、ゲームをする余裕が今日はなかった。
グループ通話を始めた緋色と桃を羨ましく思いながら、蒼は机に向かうのであった。
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翌日、授業前の休憩時間に、蒼が学科の友達と駄弁っていると、こんな質問が届く。
「そういえば、蒼はなんのサークルに入ったの?」
聞いてきたのは、学科の中でも蒼が一番話すことの多い、小中紫吹だ。
中性的な見た目をしていて、割と大人しいタイプでもある。
蒼自信、陽キャグループに混じってウェイウェイ言うようなタイプでもないので、紫吹といるのは落ち着くということで普段からいっしょに行動することが多かった。
紫吹はそういえばスポーツ系の緩いサークルに入っていたな、と思いながら、蒼は最近できたばかりのサークルについて話す。
「ゲームのサークルだよ。
『Wish』っていう、四人しかいない小さいサークルだけどね」
「あれ?
ゲームサークルって、確かなくなったんじゃ」
「あぁ、だから俺が新しく作ったんだよ」
そういうと、紫吹は感心したように目を瞬かせる。
「行動力、凄いな。
じゃあ、蒼はもうサークルの代表なんだ?」
「まあ、そういう事になるね。
と言っても、まだまだ実感はないけどね」
そう言って苦笑する蒼だったが、一年生からサークルを立ち上げ、更に代表もにもなっている蒼を、紫吹は素直に尊敬する。
どちらかというと気弱な性格である紫吹にとって、蒼のその行動力は真似したい部分であった。
「僕はあんまりゲームとかしないけど、機会があったら遊びに行ってもいいかな?」
「ああ、大丈夫、だけど、まあ前もって言っては欲しいかな」
すぐに頷きかけた蒼だったが、サークルの活動場所が空き教室から緋色の家に変わったことを思い出し、少し補足をする。
緋色なら、「全然ええで〜」とかなんとか言って簡単に許してくれそうだが。
「ほら、そろそろ授業始まるぞ」
気づけば教授が黒板の前で授業の準備を始めている。
後一分程度で開始するギリギリの時間であった。
「あ、ほんとだ。
じゃあまた、サークルの話聞かせてね」
そう言って自分の席へと向かう紫吹を見ながら、蒼は静かに呟いた。
「ほんと、早くサークルの日が来て欲しいよ」
紫吹君が出てきましたが、蒼の恋のライバルとかではありません。