初のサークル活動『タマオカート』
「とりあえず最初は個人戦でいくで。
コンピューターはなしで、翠ちゃんは初心者やし100ccくらいにしよか」
「100ccって?」
「ccっていうのは車の排出量のことで、『タマオカート』ではccごとに速さが決まってるんだよ。
数字が大きくなるほど早くなるから、慣れるまでは100とかでいいと思うけど」
自分のために遅い速さに設定させることに翠は申し訳なく感じ、少し躊躇いを覚える。
それに気づいた桃は、そっと翠に声をかける。
「翠はすぐ遠慮する。
そんなに気を遣わなくてもいい」
「ほんまやで。四人しかおらんサークルメンバーやしな、気遣ってたら疲れるで」
「これからゲームをやる時間なんていくらでもあるんだから、少しずつ慣れていけばいいよ」
全員、全然気にしなくていいよ、とばかりに朗らかに笑ってくれるので、翠はそれを有難く感じながら、お言葉に甘えることにした。
「じゃあ、とりあえず100ccでお願いします。
あ、でも、慣れてきたら全然早くしても大丈夫だから!」
「うん、そこはまた翠の様子を見てから、みんなで話し合って決めよう」
「せやな。ほな、早速やるで〜」
『タマオカート』のいい所は、カセットが一枚あれば四人でプレイすることができる所である。
緋色の招待を受けて入った三人は、それぞれ自分の使うキャラクターを決める。
「悪いけど、俺はこのキャラしか使わんって決めてんねん」
そう言いながら緋色が選んだのは、重量級で上級者向けとも言われる『マッチョ』であった。
金髪の美形男子がマッチョを選んでいる事実に、蒼の口元から少し笑いが零れる。
「俺は何でもいいから、先に二人が決めていいよ」
「え、ありがとう。じゃあ、私は可愛いしこの子にしようかな」
翠がそう言って選んだのは、『タマオ』の世界でのヒロインポジションである『タマコ』であった。
比較的使いやすいキャラであるので、蒼もいいんじゃないかな、と頷く。
「私は、これ。緋色に勝つ」
桃が選んだのは、使いやすさ重視の『チビ』である。
軽く吹き飛ばされやすいデメリットはあるが、操作しやすく小回りも聞くため、人気のキャラクターである。
「なんや喧嘩売られた気がするな。
てか蒼、お前だけレディーファーストしたらなんか俺が恥ずかしいやんけ」
「まあまあ、緋色はマッチョ似合うしいいと思うよ」
「馬鹿にしとんのか!」
緋色のツッコミに、翠と桃が吹き出す。
やはり、緋色がマッチョというギャップが面白かったのは蒼だけではなかったらしい。
「じゃあ俺は、主人公がいないのも可哀想だし、『タマオ』を使おうかな」
最後に蒼がチョイスしたのは、主人公である『タマオ』であった。
『タマコ』と同様に比較的使いやすいキャラであり、主人公なのにあまり人気がない可哀想なキャラでもあった。
「よっしゃ、全員決まったな。
機体は皆同じやとして、コースどうするかやな」
一人しかカセットを持っていない状態での通信対戦では、機体の種類は一種類に固定される。
カセットを持つ本人は自由に選ぶことが出来るが、桃と平等に戦うため、緋色もみんなと同じ機体を選択した。
「コースは各自やりたいコースとか好きなコースを選んで、ランダムにしよう」
「あ、そんなこともできるんだ」
『タマオカート』は今まで様々な種類が出ているだけのことはあり、そのコースの量も多種多様だ。
その中でも特徴的なのは、コースをランダムに決めることが出来るところだろう。
「私はなんでもいい。
緋色の得意なコースでいい」
「よし、なら俺の苦手なコース選んだるわ。いいハンデやろ」
相変わらずバチバチやっている緋色と桃の様子が既に当たり前になりながら、最初のコースが決定された。
翠が選んだ、『グリーンランド』というステージである。
「やった。名前にグリーンって入ってたから、ちょっと親近感覚えちゃって」
「わかるよ、俺も『ブルーランド』選んだしね」
「あ、ホントだ。ふふ、同じだね」
「……なんや、自分が恥ずかしくなってきたわ」
「奇遇、私も」
翠の純粋さと蒼とのやり取りの緩さに、思わず素に戻ってしまう緋色と桃。
だが、蒼と翠は全然そんなことないよ、と首を振る。
「緋色と桃はそのままでいいって。
こっちは緩さ担当、そっちは勝負担当ってことで」
「みんながみんなゆったりしてたら、勝ち負けの価値が無くなっちゃうから」
勿論、ゲームというものはそれ自体を楽しむのが主ではあるが、そこに勝ち負けの要素というのはかけ離せない。
だからこそe-Sportsなるものがあるのだし、勝ち負けを無視してゲームをしてもダラダラと続けるだけになるだろう。
緋色と桃のやり取りに、蒼と翠も触発されていた部分もあったのだった。
「まあそう言ってくれるんならいいけどな」
「俺は最初は翠のフォローに回るし、二人でバトルしててよ。
あ、でも翠が慣れてきたら俺も参加するからね」
「ありがとう。
蒼の分まで、緋色を倒す」
「おっけー、こっちもやったらぁ」
再びやる気になった緋色と桃。
それを見ながら、翠は申し訳なさげな顔をする。
「ごめんね、蒼。
本当は蒼も勝負したいよね」
「いやいや、俺が翠に教えたいからそうしてるだけだよ。
ほら、教育学部は教えるの好きだからさ?」
そうおどけたように笑う蒼に、翠は感謝の念でいっぱいになる。
それと同時に、この恩は忘れないでおこう、と心に留めるのであった。
△
▽
△
ようやく始まったレース。
その個人戦では、緋色と桃が白熱した試合を見せていた。
「ちょ、待てや、それ俺のアイテムやぞ!」
「ふっ、早い者勝ち」
一位争いのデッドヒートは、見るものを熱くさせるほどであった。
今は観客が存在していないのだが。
「よっしゃ、抜いたで、あと一周守りきれば俺の勝ちや!」
「緋色、甘い」
「な!?」
桃を抜かすことに成功し、ドヤ顔を見せる緋色だったが、次の瞬間にその顔が真っ青になる。
緋色の車に迫ってきていたのは、一位にのみ当たる追尾爆弾であった。
「ちょ、誰や!このタイミングはあかんて!」
「え、ごめん緋色君。
それ使ったの私だ」
「翠ちゃんなら仕方ないな!
って、うわぁ、抜かれたァ!」
無事に緋色の車に直撃した爆弾は、そのまま緋色を吹き飛ばす。
その隙に、桃は颯爽とその横を走っていった。
「これで私の四勝二敗。
出直してきて」
「ちょ、まだ分からんやんけ!くそぉ!」
そう強がるものの、正直残り一周のタイミングてあの追尾爆弾を当てられると、かなりキツい。
緋色も諦めそうになる。
だがその時。
「待って、嘘?」
さっきまであれほど落ち着いていた桃が、取り乱し始める。
緋色がその方向を見ると、今度は桃に向かって追尾爆弾が向かっていくのが見えた。
「ごめんね桃。
こっちの方が面白そうだったから」
「蒼、許さない。このタイミングはダメ」
「蒼!!俺は信じてたで!さすが心の友や!」
無情にも桃の車を吹き飛ばした蒼の追尾爆弾は、それを原因として桃を二位に転落させる。
そして、そのまま緋色が一位でゴールを迎えた。
「よっしゃあ!これで三勝三敗引き分けや!」
「まあいい。これでもまだ引き分け。次は勝つ」
その口調とは裏腹に、桃は少し悔しそうだ。
なんだかんだ言いつつも、緋色に驚異を感じているのだろう。
そして、三位と四位で仲良く走っていた蒼と翠も、無事にゴールを迎える。
そこで、蒼から一つ提案があった。
「よかったらさ、次はチーム戦にしない?
翠も結構慣れてきたし、緋色と桃の戦績が五分なら、チーム戦で決着をつけたらどうかな?」
「お、それええな!
負けた方が買った方のチーム二人にジュース奢りや!」
「望むところ」
ジュースを賭けて戦うのが大好きな緋色に苦笑しながら、蒼は翠にも問いかける。
「翠もそれで大丈夫?」
「うん、ルールも大体分かってきたし、私も頑張るね!」
「よし。じゃあ、ジャンケンでチームを決めようか」
そう言う蒼に、緋色が首を傾げる。
「それは四人でやるんか?
さっきまでの順位的に、俺と桃ちゃんがチームなったら不味いやろ」
「まあそれも勝負だしさ。
もし俺と翠がチームになってこっちが負けたら、ちゃんと俺が二人分のジュース奢ってあげるから」
そう言うと何か言いたげな翠を手で軽く制す。
流石に、ジュース程度で奢らせるのは蒼のプライドに関わるのであった。
「まあ、そっちがええんならええんやけどさ」
「話は簡単。私と緋色が敵になればいい」
「確かにな。それが手っ取り早いわ!」
蒼の意見はあまり腑に落ちないが、桃の言う通り、自分と桃が違うチームになればいいだけだ。
確率にして三分の二。半分以上で敵になるから大丈夫だろうと、緋色は高を括る。
そして行われたジャンケンの結果は。
「なーんかそうなる気がしてたんよなぁ」
「不覚、パーを出せばよかった」
不服そうな緋色、残念がる桃の熱血チームと。
「翠、頑張ろうか」
「ジュース半分出すよぉ」
マイペースな蒼、諦め半分の翠のゆったりチームに綺麗に別れてしまったのだった。
こういう展開好きです。