未黒と灰呂
思わぬ翠の得意分野を知ることとなったサークルの翌日。
蒼は今日も今日とて大学の講義を受けていた。
ゲームばかりしているイメージがある蒼だが、学生の本分は勉強。
意外にも、日々の勉強は真面目に行っていた。
「次の授業、面倒だな」
「うん、席替えするらしいもんね」
次の講義は他学科も混ざって行う一般教養だ。
授業自体も二週目に入り、いよいよ全ての学科がごちゃ混ぜにされるようだ。
「えー、でもさでもさ、新しい出会いがあるかもって考えたらよくね??
な?な?」
そこで会話に参加してきたのは、同じ学科の峯岸未黒だ。
お調子者で少しチャラい見た目の彼は、テンション高めに二人に話しかける。
女の子好きな上に性格や趣味は違うが、根は悪いヤツではないため、蒼は紫吹と未黒と一緒に行動することが多かった。
「あれ?未黒って彼女いるんじゃなかったっけ?」
「あー、この前別れた!
ぶっちゃけ束縛きつかったし重かったしもういいやってなってさ〜。
だから絶賛彼女募集中でっす!」
びしっ、とピースマークを決める未黒に、蒼と紫吹は呆れ顔。
「……僕、未黒のこういうところはわかる気がしないや」
「大丈夫、俺もわからないから」
今まで散々惚気てきていたくせに、その彼女とあっさりと別れている事実は、蒼と紫吹には全く理解が出来ない。
蒼は長い間恋愛というものに触れてこなかったせいで軽い恋愛音痴だし、紫吹はシャイな性格上あまり自分から積極的に女子に話しかけるタイプではない。
なぜ自分達が未黒と仲良くなったのか、と蒼は軽く首を捻るのであった。
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ペアワークや班学習。
初対面の相手と行われるそれは、コミュ障の人にとってはかなりきついイベントである。
無論、蒼にとってはそれほど苦痛ではない。
話すのが好きな蒼としては、友達を増やせるこのイベントはむしろ好きな方であった。
「初めまして、小数の神谷蒼です。
よろしくね」
席替えが行われた後、ペアワークが始まったため、蒼は隣になった相手に挨拶をする。
隣になったのは、黒い髪を長く伸ばした眼鏡がお洒落な女の子である。
その子は蒼のことを興味なさげに眺めると、面倒くさそうに言葉を返す。
「……小国の水井灰呂。
ペアワークとかめんどいし、別にやらなくていいし話しかけなくてもいいから」
その突き放すような態度に、蒼も思わず言葉を失う。
灰呂は言いたいことを言って満足したのか、蒼から視線を外し携帯をいじり始めた。
あまりこういうタイプの子と話したことがない蒼は、しばし考えると、灰呂の言った言葉で気になるところがあったのでめげずに話しかけることにした。
「小国って、翠と桃がいるところだよね?」
「……そうだけど、なに、あの二人知ってんの?」
「うん、同じサークルなんだ。
灰呂さん、でいいのかな?灰呂さんは仲良いの?」
「別に。しょっちゅう話しかけてきてうざいだけ」
それだけ返すと、灰呂はまた携帯の方に集中してしまう。
これはまた難儀な相手が来たものだと、蒼は内心で唸るしか無い。
だが、その後も蒼は諦めずに話しかける。
というのも、ペアワークでの成績は、ペアでの議論を纏めたもので行われる。
なので、灰呂の態度は隣の席になってしまった蒼にとっては大変困るものであった。
「めんどくさいのは分かるけど、一緒にやってくれないかな?
ずっとやらなかったら、灰呂さんも困るよね?」
「……はぁ、めんどくさ。
そんなの、適当に書けばいいじゃん」
灰呂の言う通り、ペアワークをしなくてもある程度は捏造で書けてしまう部分はある。
ただ、それだと明らかに寂しい文になってしまうし、評価も低くなってしまうだろう。
「俺は困るんだよ。
灰呂さんが良くても、他の人に迷惑かけるのはよくないと思うよ」
そう言うと、灰呂は諦めたように携帯を触っていた手を止める。
どうやら、蒼には何を言っても無駄で、反論の方が気力を使うことに気づいたらしい。
「じゃあ、さっさと終わらせればいいんでしょ。
はぁ、めんどくさ」
ため息をきながら「めんどくさ」と言うのが彼女のクセであることに蒼は気づく。
口ではそう言うものの、意外にもやると決めたら真面目で、ペアワークはあっさりと終わってしまう。
最初はどうしようかと思ったものだが、これなら何とかなりそうだ。
蒼はそんな感想を抱きながら、やることはやったとばかりに携帯を触る灰呂の姿を、今度は咎めようとしないのであった。
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「…………ってことで、日曜日で大丈夫かな?」
『うん、わかった!
集合時間とかどうしよっか?』
その夜、蒼が電話をしているのは翠であった。
先週の約束通り、今週末は二人でショッピングモールに行く予定となっている。
細かい部分まで決めるため、二人は『Line』で通話を開いていた。
「どうせだったら昼ご飯も向こうで食べたいし、12時に現地集合でどう?」
翠の家からショッピングモールまではすぐそこだ。
どちらかと言うと、蒼の家からの方が遠出になるだろう。
なので、もし家で昼ご飯を食べようとすると、家を出る時間の都合上、かなり早い時間からご飯を作り出さないといけなくなるし、朝から忙しくなってしまう。
それを避けたい蒼は、昼ご飯はショッピングモールで食べようと決めていた。
『うん、それで大丈夫だよ!
なんだか、蒼と二人で遊ぶって、不思議な感覚だね。
いつもは四人で遊んでるから』
思えば確かに、蒼が翠と遊ぶ時は『Wish』のメンバーとして遊ぶことが多い。
というより、今のところそれしかないと言ってもいい。
緋色と桃は夜にグループ通話で『狩りゲー』をしたりと、二人で遊ぶこともしばしばあるが、比較的忙しい蒼が翠と二人で遊ぶことは今までにない事だった。
「確かに、初めてかもしれないね。
でも、楽しみだよ」
「……うん、私も」
そうか細く呟く翠の声は、難聴ではない蒼にはしっかりと届いてしまう。
翠との会話は、時折無性に照れくさくなることがある。
その原因がなんなのか、蒼はまだハッキリとは分からないが、悪い感情ではないことは確かだった。
その照れを吹き飛ばすように、蒼は話題を変える。
「そういえば、翠は灰呂さんと知り合いだよね?
水井灰呂って子」
『え、うん。同じ学科だけど、蒼も知り合いだったの?』
そう問われ、蒼は大学の講義中での出来事を翠に伝える。
流石に、しょっちゅう話しかけてくるのがうざい云々に関しては言わなかったが。
「まあそういう事があってさ。
灰呂さんって、いつもあんな感じなの?」
『うーん、私が見た限りではそんな感じかなぁ。
あんまり誰かと話してるのも見た事ないし、なんだか壁があるっていうか。
私も時々話しかけたりするんだけど、それも迷惑そうだし、もしかしたら人と関わるのがあんまり好きじゃないのかも』
翠の言葉に、蒼はうーん、と考える。
普段もそんな感じなら、別に蒼の事が特別嫌だったってことは無いのだろう。
その後のやり取りはめんどくさいと思われたかもしれないが。
とにかく、灰呂はそういう人なのだと流してしまえばいいのだが、蒼はなんとなく気にかかるものがあった。
それは別に灰呂の容姿が可愛かったから、だとかペアワークの成績がどうこうとか、そういう理由ではない。
ただ、灰呂とは仲良くできるような、そんな根拠の無い予感がしただけだった。
『なに、灰呂さんのことが気になるの?』
何故か心無しか不機嫌な声音の翠に、蒼は苦笑して否定する。
「そういう訳じゃないんだけどね。
偶然隣になったし、どんな人なのかなって」
『ふーん。
あ、そうだ、なら未黒君がどんな人なのかも教えてよ。
その授業で、隣の席になったんだけど、蒼は同じ学科だよね?』
その初めて知る事実に、蒼の頭の中に未黒のピースサインした姿が過ぎる。
彼女募集中だと豪語していた未黒が翠の隣になったということに、不思議とモヤッとするものを感じながら、蒼は端的に言葉を返す。
「女好き。あと、チャラい。
でも、悪いやつではない」
『ふふ、蒼がそんなに言うってことは、よっぽどなんだろうね。
確かに、話し方はちょっとチャラかったかも』
未黒の話し方は、節々にチャラ要素が紛れ込んでいる。
翠も既にその片鱗を感じ取っていたようだ。
その後、しばらく話し込んだ二人だったが、そろそろ蒼の寝る時間が近づいていたため、話を切りあげる。
「とりあえず、今日はこんな感じで終わりかな?
じゃあ、日曜日楽しみにしてるよ」
『うん、またね。
おやすみなさい』
そう挨拶を終わり電話を切ると、蒼はふぅと一呼吸。
女子と二人で通話をするのは、蒼にとって初めてのこと。
態度には出さないが、人並みには緊張していたのだ。
「日曜日、もしかしなくても、デートだよね?」
『デート』という定義がどんなものかは曖昧だが、女子と二人で買い物に行くというのはやはりそれに当てはまるだろう。
今更になってそれに気づき、大胆な誘いをしたものだと過去の自分に驚く蒼は、やはりどこか少しズレているのであった。
新キャラ続々と。
名前こんがらがるかもだけど覚えてあげてください