デートの約束
「まさか、一茶と一緒にいてくれたのが、蒼だったなんて」
「いや、こっちこそびっくりしたよ」
世間は狭いというが、それにしてもこれは狭すぎるだろうと、蒼は思う。
思わぬ出会いをしてしまった二人は、一旦迷惑にならないように店の外に出る。
一茶はようやく『ねえちゃん』である翠に会えて安心したのか、その手をギュッと握って離さない。
「それで、何がきっかけでこうなったの?」
「うん、それが恥ずかしい話なんだけど……」
翠の話によるとこうだ。
お母さんからお使いを頼まれた翠は、一緒に行くと言い張る一茶と共にショッピングモールへとやってきた。
買い物を済ませた後、一茶のためにお菓子屋さんに来た翠だったが、そこで買ったものをひとつ忘れたことに気づく。
折角来たのにすぐに引き返すのも一茶に申し訳なかった翠は、忘れた場所が近かったこともあり、一茶に欲しいものを探しておくように言い、取りに戻ったそうだ。
「それで、すぐに戻ってきたはいいんだけど、一茶がどこにもなくて、凄く焦って、あちこち探したんだけど全然見つからなくて」
そう言う翠の額には汗が滲んでいる。
よっぽど一茶のことを心配したことが伝わってくる。
「俺達もずっと探してたから、上手いこと入れ違いになってたんだろうね」
「うん、本当に、よかったぁ。
もし一茶に何かあったら、私……」
一茶を探していた時の負担が蘇ってきたのか、翠は瞳に涙を滲ませる。
「おれ、にいちゃんといたから、ぜんぜんだいじょうぶだったぞ!」
「こら!迷惑かけたんだから、ちゃんと謝りなさい!まったくもう」
そんな翠に対し、全然気にしていない様子の一茶の姿に、翠は思わず呆れ顔。
そんな翠の姿に、蒼は新鮮なものを見た、と笑う。
「翠のこういう姿を見るのは初めてだから、不思議な気持ちだよ」
「あはは、あんまり人に見られたいものでもないんだけどね。
それより、蒼もショッピングモールに来てたってことは何か買いに来たんだよね?
もしかして、まだ買えてなかったりする?」
「あー、うん。でも、もう時間も時間だし今日は帰るつもりだよ。
色々やらないといけないこともあるしね」
明日以降の課題や、まだ終わっていない家事など、やらないといけない事は盛り沢山である。
それに、ずっと一茶と歩き回って、蒼自身かなりヘトヘトだ。
今からまた自分の買い物をする時間も元気も蒼にはなかった。
「そうだよね、ほんと、ごめんね。
私が一茶のこと目を離したばかりに、蒼に物凄く迷惑かけちゃって。
ほんと、どうやって報いればいいのか」
「はは、そこまで気にしなくてもいいよ。
迷子の子供を見つけたから助けて、それが偶然翠だっただけの話だしね」
蒼はそう言うものの、翠は蒼の優しさに更に申し訳なさが増してしまう。
その様子を見て、蒼は「あ、じゃあこれはどうだろう」と案を出す。
「実は、恥ずかしながら、俺かなりの方向音痴でさ。
今日も、欲しいものがあったのに全然辿り着けなくて困ってたんだ。
だから、良かったらまた今度、買い物を手伝ってくれないかな?」
「え、うん。私でよければ!
でも、ほんとにそんなのでいいの?」
「そんなのがいいんだよ。
ありがとう、助かるよ」
そう言って笑う蒼が、翠にはまるで聖人君子のように映る。
そして、蒼の言葉の意味を噛み締め、少し頬を赤く染める。
「あの、それって、二人で、だよね?」
「え?あ、うん、そのつもりだったけど、翠が嫌なら、別に無理にとは」
「い、嫌じゃないよ!
むしろ楽しみっていうか……あっ」
失言だった、とばかりに翠は口を押える。
が、蒼にはバッチリ聞こえていたらしく、二人は揃って顔を赤くする。
「あー、そっか、嫌じゃないなら、よかった。
買い物はまた来週行くつもりだから、土日のどっちか大丈夫?」
「う、うん、多分、どっちでも」
「そっか、じゃあまた連絡するね」
「わ、わかった」
なんだか照れくさい会話と雰囲気に、しどろもどろになる翠。
そんな『ねえちゃん』の珍しい姿に、一茶はニッコリと笑ってこう言った。
「ねえちゃん、かおまっかだぞ!」
その後翠が恥ずかしさからか、しばらく顔を押さえていたことは言うまでもないだろう。
△
▽
△
翠との偶然の会合を果たした翌週の水曜日。
『Wish』のメンバーは、正式にサークルの活動場所に決定した緋色の家へと集まっていた。
「なぁ、あの二人、なんかあったんか?」
「わからない。
『Line』では普通だった」
緋色と桃が小声で話しているのは、蒼と翠の事についてだ。
グループの中で『Line』している時は何も感じなかったが、面と向かって話していると何故か違和感を感じる。
ショッピングモールでの出来事を知らない緋色と桃は、この短期間に何があったのだろう、と首を捻る。
「でもま、なんとなくそのままにしといた方がおもろそうやな」
「間違いない。
それに、気にする程でもない」
最近は頻繁に顔を合わせて遊んでいる緋色と桃だからこそ、その少しの違和感に気づいたものの、そこまで明らかにおかしいという訳でもない。
どちらかというと、翠が少し緊張しているように見えるという、ただそれだけだった。
「それで、今日は何するんや?
何やら、翠ちゃんが考えてきたって聞いたけど」
疑問を引き摺っていても仕方がないと、緋色は今日のサークル活動についてを聞く。
前回の一緒に帰らなかった緋色は、桃から次は翠の企画であるということは聞いていた。
「うん、今日はこれをしようと思うの」
そう言いつつ翠が取り出したのは、『ワンナイト人狼』と書かれたカード。
いわゆる、『人狼ゲーム』というやつである。
「実は、私こういう頭脳戦みたいなのが好きで、ずっとやってみたかったの」
「へ〜、翠が得意なのは、頭を使う系のゲームだったんだね」
蒼が長年の疑問が解けた、とばかりに納得したように頷く。
土曜日に話を聞いた時から気になっていたことは、あっさりと解決した。
「それで、みんなは『人狼ゲーム』とかやったことある?」
「俺は高校の時にたまにやってたかな。
学校の休憩時間とかにやってたから、『ワンナイト』の方なら大丈夫だよ」
翠の問いにまず頷いたのは蒼だ。
翠と比較的好きなジャンルが被っている蒼は、頭脳ゲームもまた、人並み以上には好んでいた。
「私は翠とやってたし、当然」
次に頷くのは桃。
翠と高校から一緒の桃は、高校時代に何度か『ワンナイト人狼』をしたことがあった。
翠も桃は分かっていたのか、「そうだよね」と頷く。
そして、一番楽しんでやってそうな緋色はというと。
「実は、俺やった事ないねんな。
名前は知っとるんやけどなぁ」
この中で唯一、ルールすら知らない状態であった。
その事に、三人は意外そうに目を見張る。
「いやほら、『メロクエ人狼ゲーム』とかあったらやってたかもしれんけどな?
あんまり複数人でやるような普通のゲーム、やったことないんや」
「『メロクエ』に引っ張られすぎでしょ」
他の三人からの視線に緋色が慌てたように言い訳するが、別に蒼達も緋色を責めている訳では無い。
ただ、なんとなく意外なだけであった。
「じゃあ緋色君のために、ルール説明からした方がいいよね」
「そうやな。悪いけど、よろしく頼むわ」
蒼と桃も、もう一度再確認しよう、と翠の言葉に耳を傾ける。
緋色も一言一句逃さないという姿勢だ。
「えっと、『人狼ゲーム』っていうのはそもそもどんなゲームかわかるかな?」
「確か、人狼と村人が戦うんやったよな。
それくらいしか知らんねんけど」
「うん、そうそう、合ってるよ。
『ワンナイト人狼』も同じで、人狼チームと村人チームで戦うの」
そう言いながら、翠は『ワンナイト人狼』のカードから『人狼』と『村人』のカードを取り出す。
「こっちが『人狼』のカード。
そしてこっちが『村人』のカードね。
他にも色々種類があるんだけど、それは後で説明するね」
『人狼』、『村人』のカードの順に指を指す翠に、緋色はふんふんと頷く。
「それで、ここからが『ワンナイト人狼』の特別なルールなんだけど、『ワンナイト』って言うだけあって、勝負は一日で決まっちゃうの」
「ん?それならどうやって『人狼』は勝つんや?
『村人』を食い殺すんちゃうんか?」
「それは普通の『人狼ゲーム』だね。
『ワンナイト人狼』では、『人狼』は『村人』にバレないように処刑から逃れることが出来たら勝ちになるの」
『ワンナイト人狼』は大きく分けて三つのターンで構成されている。
一つ目は役職を確認して行動するパターン。
例えば『人狼』はそのターンに仲間がいるか、そしているならそれが誰なのかを確認することが出来る。
二つ目は話し合いの時間。
それぞれが得た情報や、怪しい点などについて議論する時間だ。
ここで、誰が『人狼』なのかを『村人』チームは見つけ出さないといけない。
そして最後の三つ目が処刑の時間。
一人ずつ誰かに投票し、一番多い表が集まった人が処刑されてしまう。
この段階で、『人狼』を処刑できれば『村人』チームの勝ち、『村人』を釣ることができれば『人狼』チームの勝ちとなる。
「でも、『人狼』と『村人』しかいなかったら本当に運ゲーになっちゃうよね。
だから、他にも色んな役職があるの」
そう言って翠が取りだしたのは、多種多様なカードの数々。
その中でも、「今回使おうと思ってるのはこれだよ」と数枚のカードをピックアップする。
翠が選んだのは『占い師』、『怪盗』、『てるてる坊主』のカード。
それを見た蒼と桃は、まあ基本だね、と頷く。
「役職の説明をする前に、まずは知っておいて欲しい事があるの。
それは、四人でやる時は四枚のカードを使うわけじゃないってこと」
「へ?一人一枚やないんか?」
「ううん、一人一枚は合ってるんだけど、四枚から一枚ずつだったら、相手の役職が何かすぐ分かっちゃうでしょ?
だから、役職を選ぶ時は六枚のカードからランダムに四枚を選ぶの」
そう言いながら、翠は実際にカードを目の前に並べていく。
ここからが、『ワンナイト人狼』のややこしい部分の始まりだった。
人狼ゲームに著作権はないようなのでそのまま使用しています。
書きたかった頭脳戦。
頑張ります!