ショッピングモールでの一幕
「どうしてこうなったかなぁ」
5歳くらいの男の子を背中に背負い、ショッピングモール内を歩く蒼は、今自分が体験している不思議な状況にため息をついていた。
話は少し前。
迷子の子供を見つけたところから始まった。
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一人暮らしは大変である。
洗濯や掃除、料理を自分でしないといけないのはもちろんのこと、様々な必需品を自分で買いに行かないといけない。
土曜日は『Wish』のメンバーで遊んだ蒼は、翌日の日曜日、買い物のためにショッピングモールにやってきていた。
普段買っている食材などは近所のスーパーで手に入れることが出来るが、今回蒼が求めるのは大学で使う道具。
スーパーには売っていないそれを買うために、蒼は重い足を運ぶことになったのだ。
「あー、誰かに付いてきてもらえばよかったなあ」
そう独り言を呟きながら、蒼は広いショッピングモールを探索する。
大きく品揃えが多いと噂されていたこの店に、やってくるのは今日が初めてのこと。
よって、不可抗力とも言えるが、蒼は見事に道に迷ってしまっていた。
「嘆いてても仕方ないかあ。
ほんと、どこだよここ」
マップを見たはずなのに全くどこを歩いているか分からない蒼は、自分でも認めるほどの方向音痴。
改めて「緋色か紫吹に手伝い頼めばよかった」と嘆く蒼の元にその子供が現れたのはその時だった。
「なあなあ、ねえちゃん、まいご!」
蒼に話しかけてきたのは、まだ幼い男の子。
恐らく幼稚園生くらいの子だろうと、蒼は判断する。
「どうしたの?」
「ねえちゃん、まいご!」
姉ちゃんが迷子であるとしきりに蒼に伝える男の子に、蒼もある程度状況を察する。
(あぁ、この子が迷子になったパターンかな)
恐らく、この子の言う『ねえちゃん』も心配していることだろう。
これくらいの小さな子供が一人で出歩くには、このショッピングモールは危険すぎる。
無視して放置することも出来ないので、蒼は『ねえちゃん』探しを手伝ってあげることを決意する。
「えっと、お名前はなんて言うのかな?」
「おれ、いっさ!5さいだぞ!」
ご丁寧に年齢まで教えてくれたいっさに、蒼は優しく微笑みかける。
「よし、じゃあお兄さんがねえちゃん探すの手伝ってあげよっか」
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回想終わり。
なし崩しに『ねえちゃん』探しを手伝うことになった蒼だが、困ったことに、その『ねえちゃん』の特徴が全然分からない。
優しいことと髪の毛がちょっと赤いということくらいしか分からず、どうすればいいんだ、と途方に暮れる。
それに、簡単に蒼に背負われているいっさに、蒼は別の意味で心配する。
今手伝っているのが自分だからいいものの、もし怖い人だったらどうするのか。
知らない人について行っちゃダメだよと教えたいものの、今は自分がその知らない人であるので、その言葉も言えない。
何とも言えない状況に、蒼は内心で頭を抱えていた。
「えーっと、お姉さんとはどこではぐれたのかな?」
「ねえちゃん、おれがおかし見てたら、いなくなった」
「うん、お菓子屋さんだね」
ハキハキと答えるいっさに、蒼は笑顔で語りかける。
蒼自身どうなるか全く分からないが、自分まで不安そうにしていたら子供に伝わってしまう。
だから、安心してね、と言わんばかりの雰囲気で蒼は歩みを進めた。
「ねえちゃん、おれがいないとダメだから、早くみつけてあげないと」
「うんうん、早く探さないとね」
いっさの言葉は、恐らく自分の気持ちも入っているのだろう。
泣いたり喚いたりせず、強い態度をしているが、まだ5歳。
『ねえちゃん』がいないことに一番不安を感じているのはいっさなのであろう。
だから早く探してあげたい気持ちは山々なのだが、蒼は内心かなり困っていた。
理由は勿論蒼の方向音痴にある。
お菓子屋さんというキーワードが出たものの、お菓子屋さんの場所がわからない。
迷子センターに連れて行こうにも、迷子センターの場所がわからない。
これじゃ何のためにいるかわからないや、と自分の情けなさに脱力する蒼は、それでも自分にやれることはやろうと決意する。
とりあえず、全部回ろう。
そうすれば、いつからお菓子屋さんにたどり着くだろう。
そう覚悟を決めた蒼は、不思議な運命に苦笑しながら、その歩みを進めるのだった。
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お菓子屋さんが見つかったのは、その1時間後。
1時間もの間、5歳の子を背負いショッピングモール内を歩き回った蒼は疲労困憊だ。
ただ、これでようやく少しは進展したか、とホッと息を吐く。
「いっさくん、ここで合ってるかな?」
「おう、ねえちゃん、ここでいなくなった」
念の為いっさにも確認してみるが、間違ってはいないみたいだ。
いっさに「お姉さん見つけたら教えてね」と声をかけ、蒼は一旦休憩モードに。
さすがにずっと背負ったままは疲れるので、いっさを一度地面に下ろす。
「これ、いつになったら見つかるんだろう……
」
1時間歩いた成果が『お菓子屋さんを発見』だけというあまりにも悲しい事実に蒼は軽く嘆息。
もう少し方向感覚を身につけよう、と蒼は心に決める。
「なあ、ねえちゃん、いなかったぞ」
店の中を一通り見たらしいいっさが、軽く目をつぶって休んでいた蒼のスボンをグイグイと引っ張ってきた。
その表情は不安げに包まれたもので、なんだか見ていられず、蒼は頭を優しく撫でる。
「大丈夫だよ、きっと見つかるから」
「ほんとうか?」
「うん、本当だよ」
そう微笑みかけ、蒼はふぅぅ、と深呼吸。
ちゃんとこの子を『ねえちゃん』の元へと送り届けよう。
改めてそう決意し、蒼はいっさがおんぶしやすいようにしゃがむ。
だが、いっさはぶんぶんと首を横に振った。
「にいちゃん、つかれるだろ。
おれ、じぶんであるけるぞ」
ん!と手を差し出してくるいっさの手を握ると、いっさは蒼を引っ張るようにして歩き出す。
その様子を微笑ましく思いながら、これなら体力も持ちそうかな、といっさの気遣いをありがたく思う。
「いっさ君、もしかしたらお姉さんここに戻ってくるかもしれないから、あまり遠くには行かないようにね」
「おう、わかったぞ!」
迷子になった子供がいた時の保護者の心情としては、手の届かないような遠い所へ行かれるより、あまりその場を動いていないことを望むだろう。
いっさに関しては蒼と出会った時点でだいぶ移動していたため参考にならないが、いずれはいっさがはぐれたお菓子屋さんに帰ってくると、蒼は考える。
本当はすれ違いにならないようにお菓子屋さんでずっと待っているのがいいのだろうが、いっさは『ねえちゃん』を探したくて仕方がないみたいで、じっとしていられそうに無かったので、お菓子屋さんの周辺だけで探すようにと注意しておいた。
そして探すことかれこれ1時間。
「なあ、ねえちゃんはおれをおいてったのかな」
「そんなわけないでしょ。
お姉さんはきっとずっといっさ君のことを探しているはずだよ」
いよいよ不安になってきたのか、いっさは泣きそうな顔で蒼のことを見上げる。
確かに、いっさと蒼が出会ってからもう2時間以上が経過している。
『ねえちゃん』が探していないとは考えづらいので、恐らくは上手く行き違っているのだろう、と蒼は考える。
大人しく迷子センターに行っとけばよかったかなぁ、と後悔するも、それももう既に遅い。
だいぶ疲れてきた様子のいっさを連れて、また迷子センターを探す旅に出る選択肢は、蒼には選択できなかった。
「もしかしたら、今度はお菓子屋さんで待ってるかもしれないよ。ほら、いこ?」
こうやってお菓子屋さんとその周辺を行き来するのももう何度目か分からない。
今お菓子屋さんに戻っても、いる保証などどこにもない。
ただ、いっさを少しでも安心させるような声をかけるしか、蒼には出来ることがなかった。
そして再びお菓子屋さんの元にやってきた二人。
すると、いっさが店の中にいる一人の女性を指さす。
「あれ、ねえちゃんかも」
「え、ほんと!?」
まだ少し距離があるため確証はないのか、自信なさげにいっさが頷く。
頼むから本人であってくれよ、と願いながら蒼はいっさを連れて中に入った。
そして、見える距離まで来たいっさが叫ぶ。
「やっぱ、ねえちゃんだ!
ねえちゃん!ねえちゃん!」
「!!
いっさ!?」
いっさに声に反応し、しゃがみこみ顔を項垂れていた女性が顔をばっと上げキョロキョロ。
そしていっさと目が合い、安心からか涙をこぼす。
いっさは蒼の手をパッと離すと、急いでその女性の元へと駆けて行った。
蒼はあまり目が良くないため、この距離からはよく見えないが、無事にいっさが『ねえちゃん』と出会えたことに安心したとばかりに一息つく。
そして、今までいっさがどこにいたのか説明しないといけないなと思い、いっさが走っていった方向へと向かう。
「ねえちゃん、あのにいちゃんがさがすのてつだってくれたんだ!」
「そうなんだ、じゃあお礼を言わないと」
大声でこちらを指さすいっさに蒼は苦笑しながら、その声の方向へと歩く。
そして顔が見える位置に来た時、蒼はまさかの展開に驚愕した。
「……えっ、蒼?」
「……もしかして、いっさのお姉さんって、翠だったの?」
いっさが探していた相手。
『ねえちゃん』の正体が、昨日一緒に遊んでいた同じサークルのメンバーだったことを知り、このドラマのような展開に蒼は唖然とするしかなかったのだった。
こういう王道物が好きです。