『メロクエ人生ゲーム』3
「あれ、ほっといてもいいのかなぁ」
「大丈夫でしょ。
仲間が『ほねゾンビ』だけになって絶望してるだけだろうし」
「それは大丈夫なのかなぁ」
桃と同じく、一番レア度の高い魔物である『シーフ』を失った緋色は、過去に蒼が一度見たorzの姿で脱力していた。
一方、それを見て桃は大爆笑。
普段そこまで激しく感情を表すわけではない桃がここまで笑うのを見るのは初めてなので、蒼は驚きを露わにする。
翠も久々に見たのか、キョトンとした表情を浮かべた。
「桃があんなに笑ってるの、珍しいかも」
「確かに初めてみるね。
そのタイミングが緋色の『アレ』ってのはどうなのかなって思うけど」
その緋色の『アレ』な姿に翠も思わず苦笑する。
それほどに今の緋色の姿は物悲しいものとなっていた。
「ほら、緋色も早く立ち直って。
ゲーム進めるよ」
「あぁ、俺の可愛いシルフがどっかいってもうたぁ」
蒼が急かすも、緋色は一向に立ち直らない。
それを見て諦めた蒼は、緋色を一旦放置して翠に順番を促す。
「もう翠、次始めていいよ」
「うん、そうするね」
翠もまた、緋色を放置する方針には賛成なのか、素直に頷く。
そして一度大きく深呼吸をした。
「やっぱり、緊張するね。
桃と緋色君のを見てると、どうしても」
そう、これから翠が足を踏み入れるのは『結婚マス』以降。
いわゆる闇のゾーンであった。
現段階でも少なくない被害に襲われている桃と緋色の姿に、翠は恐れを隠しきれない。
すると、翠が闇のゾーンに入ることを聞き、緋色があっさりと復活する。
「さぁ翠ちゃん、早く回そうや。
ほら、怖ないで。これから待ち受けるのは楽しいことばっかや」
「緋色、お前いい性格してるな」
ゲスじみた表情を浮かべる緋色に、蒼は呆れるしかない。
緋色のポジションが今日の人生ゲームだけで、段々と悪い方向に確立していっているように見えてならなかった。
「んー、お願い、7だけはやめて」
緋色と桃と同じ運命だけは辿りたくない、と願いながら回したルーレットは5の数字。
とりあえず7では無いことに、翠は安堵の息を吐く。
「えーっと5マス進めて、と。
あ、『道具屋』だ!やったあ」
翠が止まったのは『道具屋』のマス。
何気にまだ誰も止まっていなかったこのマスに、翠が初めて立ち入ることとなった。
「翠、お金めちゃくちゃ持ってるもんね」
「そうなんだよねぇ。
やっと使える時が来たよ」
「ふっ、ふっ、ふっ」
そうやって素直に喜ぶ翠に、緋色が不気味な笑い声を上げる。
「喜ぶのも束の間やで。
『結婚マス』以降の『道具屋』ではな、パートナーが出来たせいか謎に欲しくもないもん買わされんねん。
そのマスよく見てみ」
「あ、ほんとだ、何か書いてある。
えーっと、『パートナーがいる場合は8000Gを使い銀のメダルを購入しなければならない。足りない場合は道具屋を利用することはできない』って。
それって…」
「まあ要するに、8000G払ってからじゃないと道具屋使われへんってことやな」
「え、あ、でも、じゃあこの銀のメダルってのは」
「ゴミやで。なんと驚愕の『効果なし』」
「そんなぁ」
次々と明かされる悲しい現実に翠は頭を抱えるしかない。
また、蒼と桃もあまりの鬼仕様っぷりに絶句してしまう。
「まあ翠ちゃんはまだええほうやと思うで。
一応道具屋利用できるからな。
お金持ってないやつは、払うだけ払って買わせてさえくれんし」
「地獄すぎるだろ」
もしも自分が『道具屋』のマスを踏んでしまったら。
そう考えるとゾッとしてしまう。
普通のイベントすらも簡単に地獄に変えてしまう。
これが『結婚』か、と恐れおのめく緋色以外の三人に、緋色は「やっとわかったか、この真の怖さが」と何故か少し嬉しそうだった。
「じゃあ、8000Gは仕方ないから払うとして。
4000G残ってるから、何か買おうかなぁ」
『道具屋』に売っているのは『木の棒』、『石の剣』、『高級な槍』、『薬草』、『悪臭の香水』の5つである。
『高級な槍』は、『木の棒』や『石の剣』がルーレットの出た数字+1と+3だったのに対して、+5することができる強力な効果を持っている。
ただしその分値段も高く、『木の棒』、『石の剣』、『高級な槍』の順番で500G、1500G、2500Gとなっていた。
『薬草』は蒼が既に入手していたことでも知っているとおり、一度魔物へのデメリットイベントを無効化することができるアイテムで、これは2000G。
そして最後の『悪臭の香水』は15000Gと桁違いに高いものの、使うと離婚しパートナーと別れることができるため、パートナー関連のデメリット効果を今後全て受けなくなる破格の性能をしていた。
「でもこれ、8000G先に払わないとだから、実際は23000Gもいるよね。
無理じゃないかなぁ」
「まあ、俺も何回がやってきてるけど、このアイテムで別れたやつは見たことないで。
製作者の遊び心やろ多分」
序盤からお金のマスを踏んで稼いでいた翠でさえ、10000G以上も足りない事実に、緋色は夢のない現実を告げる。
パートナーと別れることができるという一縷の希望を与えるだけ与えて、実はほとんど無理だと言うことを知って落胆する。
「ほんま、このゲームの製作者は性格最悪やで」と緋色はそう呟いた。
「じゃあ、貯めていても仕方ないし、『木の棒』と『石の剣』と『薬草』で4000Gちょうど使おうかな」
この『メロクエ人生ゲーム』には借金というものはない。
Gが0を下回ることは無いので、使い切るという翠の選択は正しいものだった。
銀行係の緋色にお金を渡し、道具を受け取る。
これで翠は所持金が0G。
その代わり、三つの道具を入手することに成功した。
「なんか、あれだけお金を持っていた翠が一文無しって、新鮮な感じがするね」
「あはは、ほとんどは『銀のメダル』のせいだけどね……」
苦笑する翠が見つめるのは、一応貰った『銀のメダル』の道具。
8000Gで効果なしという驚きの性能に、翠も遠い目をするしかない。
その後の『魔物とのエンカウント』で、翠は☆5の『サイクロプス』を『木の棒』を使って仲間に加えることに成功する。
そして次は蒼の順番だ。
回したルーレットは9。
「あー、遂に俺もそっち側に行っちゃったよ」
ここで大きい数字を出してしまった蒼は、『結婚マス』へと到達してしまう。
それを見てニヤリとするのは緋色と桃。
「おーおー、随分遅い到着やったなぁ」
「これで平等。
ここからが本番」
「あーもう、もうちょい準備しときたかったなあ」
いい加減緋色と桃の口撃にも慣れた蒼は、慣れた手つきで『魔物カード』を引く。
そこに書かれていカードは☆9の『クラーケン』。
巨大なイカの姿をし、作中では『海の怪物』とも言われる強力な魔物に、緋色はそれはチートや!!と騒ぎ立てる。
「そんな連続でレア魔物引き当てるのはずるいやろ!
さてはなんか仕組んどるな!?」
「緋色の家にあったゲームなんだから仕組めるわけないでしょ。
それに、そう何回も運良く仲間になんてできないから」
そう笑いながらルーレットを回した蒼は、その数字がしっかりと9を指し示しているのを見て冷や汗をかく。
そっと緋色の方を見ると、そこにはまるで顔面を般若のようにした男の姿があった。
「なんや、これがフラグの力なんか……。
俺の運気を操る云々が、アホらしいやないか……」
「緋色、嫉妬ばかりは良くない。
誰にでも波はある」
そんな荒んだ緋色を宥めるのは、さっきまであれほど緋色と一緒になって蒼を口撃していた桃であった。
先程までの動揺はどこへやら、今は涼しい顔で余裕を見せている。
「おお、この短時間で桃が成長したぞ」
「……ううん、あれは違うと思うなぁ」
そう困り顔をする翠に首を傾げる蒼だが、直後にその理由がわかることになる。
「次は私の番。
そろそろ私にもいい波が来るはず」
謎に自信満々にルーレットを回す桃だが、その止まったマスは『1000Gを支払う』というイベントマス。
500Gしか持っていなかった桃は、その全財産を失うことになってしまったものの、被害は少なく済んだのでほっと息を着く。
そしていよいよ『魔物とのエンカウント』の時間が。
ここで、桃に不思議な確信があった。
「私にはわかる。
ここで、強力な魔物が来る。
蒼にばかり集まるはずがない」
そう言いながら引いた魔物は☆10の『バルキリー』。
作中では『勇気の精霊』と呼ばれる美しい姿をした精霊で、その人気もかなりのもの。
有言実行で引き当てた桃に、三人は言葉を失う。
「ふっ、予想通り。
後は仲間にするだけ」
「おいおい、嘘やろ桃ちゃん。
まさか俺を裏切るんか……?」
「グッバイ緋色。
私は先に行く」
そう言いながら、桃はルーレットを回す。
その堂々とした姿は立派なもので。
誰もが本当に10を出すんじゃないかと、そう錯覚していたほど。
だが現実はそう上手くいくわけでもなく。
ルーレットは1という、無情な数字を指し示していた。
プルプルと震える桃。
何とも言えない結果に、蒼が宥めるように声をかける。
「いや、ほら、10分の1だから仕方ないよ。
それに桃もさっき『誰にでも波がある』って言ってたし」
「そんなことは建前。
蒼ばっかりおかしい。羨ましいに決まってる」
「あちゃー、やっぱりこうなったかぁ」
近年稀に見る速さで意見を撤回する桃に、蒼は言葉を噤み、翠は予想していたのか額に手をやる。
別に桃は成長した訳ではなく、ただ根拠の無い自信に襲われていただけであったのだ。
そして、人の不幸を誰よりも願っているこの男は。
「やっぱ信じてたで桃ちゃん!
いやー、桃ちゃんが『バルキリー』出すとかおかしいと思ったんや。
よかったよかった。
これからも仲良うしよな!」
全力で桃を煽っていた。
いや、もしかしたら無自覚なのかもしれない。
だが、この言葉の一つ一つで桃の額にピキピキと怒りの印が浮かび上がっていることに、緋色はまだ気づくことが出来ていないのであった。
クソゲーは加速する。