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「ようやく楽になりました」


 先ほど入った店からそう遠くない広場、ベンチがたくさん並んでいる場所の一つを占領して横になっていたが、だいぶ楽になってきた。

 吐いたからかな。


「全くひでぇ野郎だ。この俺にゲロぶちまけたのはお前が初めてだぞ」

「それは素直に謝ります、ごめんなさい」


 非常に申し訳ない。

 ただ我慢の限界だったんだよあれは。吐くまで食うなよ、ってツッコミはなしで。

 ちなみに精霊王にぶちまけたものは、こいつの魔術で綺麗さっぱり消えているし、服も洗濯したてのようになっているのであしからず。

 さすがにアレまみれはちょっと引いちゃうからね。

 しかし吐いたせいか、ちょっとお腹が空いた気がする。今度は脂ぎったからあげじゃないものを食べよう。


「さて、目的の本屋に行きましょうか」

「うむ。しかし人間と初めて会話をしたが、なかなか面白い種族だな」

「やけに会話が盛り上がっていましたよねパラウスさん」

「エルフの連中はどいつもこいつも恐れおののくだけだからな。やはり俺の事を知らない連中と会話をするのは楽しい」

「それは仕方無いでしょう。エルフにとって大精霊は信仰すべき相手らしいですし」

「半分エルフのお前は信仰心ゼロだがな」

「あはははは」


 そりゃお前の姿がいけない。

 黒髪黒目の三十ちょっと過ぎで、更に少し腹が出ているおっさんに、どうやって信仰を持てと。

 前の世界なら、スーツ姿で街を歩いていても風景の一部として溶け込む事間違いない。

 

 そんな他愛のない会話を交わしながら二人して広場を抜け、大通りへと戻ってきた。

 てくてくと歩いて行くと、それなりの数の馬車が通り過ぎていく。

 大通りがレンガや石で作られてるのは馬車のためかな?

 しかし馬車をよく見ると、全部鉄製のタイヤ(?)だった。これ、きっと跳ねまくって乗り心地は最悪だろうな。

 ゴムってこの世界はないのかな。もしくは車についてるサスペンションとかあれば多少は楽になるだろう。

 うろ覚えだけど、サスペンションの構造は何となく理解している。

 密閉された筒の中に油とガスが入っていて、そこにピストンを通し上からの衝撃を和らげる。戻すのが筒の外に巻いてあるバネだ。

 どんなガスなのか、ガスでなく空気でもいいのか、その辺はさっぱり分からんけどアイデアとしては生きるはずだ。

 そしてサイサランドはドワーフの国だ。きっとアイデアを伝えれば何かしらは出来ると思う。

 でもな、俺は本屋兼喫茶店だし、そんなものを作ったところで……。

 あー、でも儲かるのならそれもありか。国の支援だって無限じゃないし。

 ま、これは保留だ。


 しかしこうして考えてみると、金儲けのタネってあちこちに転がってそうだ。


 蒸気機関車も、原理としては圧縮させた水蒸気をシリンダーに当てて動力源としているだけだ。

 ガソリンエンジンだって、筒の中に空気とガソリンを入れて上からピストンでぎゅっと押して圧縮し点火爆発、ピストンが押し戻される力を動力源にしているだけだ。

 どっちも言うは易く行うは難し、だけどな。


 交通機関だけじゃない。

 料理も、焼く、茹でる、揚げる、などはあるが蒸し料理が存在しない。少なくともリブベスクでは見たことがない。

 そう考えると水蒸気を利用する、って事がまだ認知されていないのかもしれないな。

 あれ、でも蒸留酒はあるんだから蒸気という概念は理解されているはずだよな。

 うーん、分からん世界だ。


「おい、本屋通り過ぎたぞ」

「えっ!?」

「ぼんやり何考えていたんだ。楽しい事か?」

「いや、金儲けを……」

「ふむ、それはこの世界にとって毒になるか?」


 突然真面目な顔になる精霊王。

 こいつは俺が異界の知識を持っている事を知っているのだ。

 ここからは想像だけど、この世界にとって危険なものも俺の知識の中には含まれている。

 例えば核だ。原子だったか分子の運動がどうたらこうたら、それがぶつかり合って熱を発生して、とかそんな程度しか知らないが、これだけでも大きなヒントにはなると思う。

 さっきの蒸気だって、突き詰めれば水蒸気爆発にまで発展するし、たんなる水だって高圧で噴射すれば鉄すら斬る。

 それらをこいつは判断したいのではないのか? だからこそ精霊王自ら俺に付きまとってきている。

 俺が有害か、無害か、判断するために。


「それは分かりません。薬だって投与しすぎると毒になりますよね? もっと言えば包丁だって料理には便利ですが、武器にもなる。要は使い手次第ですよ」

「確かに。だが危険性の高いものは可能な限り排除せねばならぬ」

「そうでしょうね。ですから悩んでいるのですよ。あまりに先を行きすぎる技術は却って毒になりますから。それに私も詳しくは知りませんし」

「ふんっ、ま、良いだろう。金儲けの案は俺でも他の連中でも構わんから、話は通しておけ」

「りょーかい」


♪ ♪ ♪


 蔵書数は百冊ほど。

 前のうちと同じように、カウンターが店内の真ん中にあってその奥に本がずらりと並んでいる。

 そして店主が差し出してきたのはタイトル一覧だった。


「どんな本が入り用だ?」


 メガネを掛けたご老人がぶっきらぼうに尋ねてきた。

 愛想ないな。

 ローブを着ているし、すぐ側に杖も立てかけてある。多分本人も魔術師なのかな。

 となると取り扱っている本も魔術本が多そうだなぁ。


 チラとタイトル一覧を見るけど、予想通りその殆どは魔術本だった。


「児童書……子供向けに書かれているような本ってありますか?」

「子供向け? 駆け出し魔術師用か、素人向けの魔術書ならあるな」


 ですよねー。

 タイトル一覧を上から順番に眺めていく。

 あ、クォンタム=ガイスの魔術指南書がある。これ読みたいなぁ。

 しかし七万メルかぁ、うん予算オーバー。これ買っちゃうと本来の目的の児童書が買えなくなる。

 今日の予算は十万メルなのだ。児童書を最低二冊、可能なら三冊欲しい。それを考えるとこの魔術書は買えない。

 なーに、今後ここへは気軽に行けるんだ、お金が貯まったら買いに来よう。


「魔術書ではなく、一般書です。ですけどなさそうですね」

「うちは魔術書専門だ。他のところも大概そうだぞ。魔術書以外にも扱ってるのはドナンのところくらいだな。ここから城へ向かって三百メートル先の交差点を左へ行った先にある」

「ありがとうございます!」

「なに、今度はうちでも何か買ってくれ。お前さんも魔術師だろう?」

「はい、クォンタム=ガイスの魔術指南書が欲しいですから、お金が貯まったらまた来ます!」


 本屋を出て、ご老人の言うとおり城に向かって歩く。

 城といっても元々この町は一人の豪族というか金持ちが治めていた土地らしく、そこまで大きくはない。

 首都と呼ばれるようになったのは、その金持ちが中心となって共和国の設立を進めたかららしい。

 最も大きくはない、とは言うけどそれはリブベスクにある城と比べてであり、十分な大きさだ。ここからでもよく見える。


 通りを歩く中でやはり多いのは人族だ、その次に獣人族である。

 幸いエルフは見かけない。やっぱりエルフって引きこもりが多いんだな。

 三百メートルほど進むと、大きな交差点に到着した。ここがおそらくベスガットの中心街なのだろう。

 ここから城側には、如何にも役所って雰囲気の建物が建ち並んでいて、歩いている人の数もまばらになっている。

 ほほぅ、ここから城までの間が役所エリアか。そしてここを左に曲がっていった先の本屋が目的地と。


 左折し、少し歩くと徐々に雰囲気が変わっていく。

 なんだかお上品な感じがするな、多分お金持ちエリアなのだろう。

 高級ブティックっぽい店や、如何にも高そうな料理店、魔道具店に病院っぽいのもある。

 その一角に小さい本屋を見つけた。ここがあのご老人が言っていた本屋かな。

 小さいといっても他の店と比べてって事で、うちの三倍くらいはありそうだけどな。


 しかしお金持ちエリアにある本屋か。

 確かに一般家庭じゃ子供のために本を買う、なんて余裕はないだろう。逆に言えば、お金持ちのお子様がターゲットって事は値段もそれなりにしそうだ。

 三冊くらいはいけるか、と思ってたけど、下手すりゃ一冊しか買えないかも。

 ともかく覗いてみよう。


 店内に入ると二人ばかり先客がいた。

 しかも余所で見られるようなカウンターで区切って奥に本棚が並ぶタイプではなく、入った瞬間本棚がずらりと並んでいた。

 更に警備員っぽい人があちこち立っていて監視している。

 ほー、これだけの人を雇えるほどに儲かってるのか。これは高そうだ。


 新しく入店してきた俺らをみた警備員の一人が、精霊王の前に立った。


「何かご入り用でしょうか?」

「俺は付き添いだ。詳しくはこいつに聞け」


 あー、俺は子供なんだから普通に考えたら保護者に見える精霊王に声をかけるよな。

 警備員は、子供に欲しいのを選ばせてる、と受け取ったようで、少しかがんで俺に視線を合わせてきた。

 そう受け取られたのなら、それに乗っかるか。


「お嬢様、どのような本が欲しいですか?」

「私でも読める楽しいお話が書いてあるような本が欲しいです!」

「それでしたらこちらへどうぞ」


 警備員に先導され、ついた先は児童書コーナーだった。

 コーナーといっても、せいぜい二十冊くらいだけどね。

 えっとなになに『短い靴を履いた猫』『錬金術士ホリーと賢者の石』『長い鼻のゴーレムの冒険』『サイサランド山脈の少女ハルジ』『名探偵ホリムズ』。


 ……なんだこれ、どこかで聞いた事のあるようなタイトルばかりだな。

 児童書には入らなさそうなタイトルも一部混じっているが、それより版権大丈夫か?

 賢者の石はちょっと気になるけど、ぱっと見たところシリーズ物で七冊あるし、一冊九万メルもするので買えない。

 それに一冊買うと続きがすごく気になるからね!

 値段的には『百万回生きた猫獣人』『魔術師の宅急便』かな。二つ合わせて九万三千メル。よしこの二冊にするか。


「これとこれ!」

「はい、では受付しますのでこちらへ」


 お金を払い児童書を二冊ゲットした。

 ちょっと高かったけど、この本はサンプル代と考えれば良い。これを読んで他国の児童書はどのように書かれているか学んで、新しく書くのだ。

 一ヶ月の利益吹っ飛んだけど、これは必要経費だ。

 それにしても警備員含め対応が凄く良かった。お金持ちエリアにある本屋は違うなぁ。


 さて、あとはお土産買って帰るか。

 お土産の定番はご当地のお菓子だが、それじゃつまらないし意外性を持たせるか。







「……ロヴィーナちゃんなにこれ」

「お土産」

「それは分かるけど……なんで仮面なの?」

「貰っても扱いに困るのがお土産です」


 ペナントとか提灯、刀やキーホルダーは売ってなかったから仕方無く仮面にしたのだ。

 右が白で左が黒、目の部分にはアイシャドウっぽく眉毛が強調されているし、口もピンクで描かれている。

 ほら、よく見ると可愛い……かもしれない。

 

 あっ、お母様捨てないで!


 



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