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「お疲れ様でした!」

「お疲れ様です、ロヴィーナさん」


 今日も無事に店は閉店を迎えた。

 オープンして一ヶ月、未だに客足は途絶えていない。むしろ増えている。

 確かにこういった服装を来た女の子がウェイトレスしてる喫茶店はこの街にはないから独壇場になっているけど、きっとそのうち似たような店が出てくると思う。

 そうなったら、たぶん売り上げは落ちる。

 いや、別に喫茶店がメインじゃないからそっちは別にいいんだけどね。


「水の大精霊さんも店番お疲れ様、ありがとね! お茶飲んでいく?」


 こくこく、と女性の体格を形取った水の大精霊が頷いた。

 この子はシャイなのか会話出来るはずなのに、いつも会釈しかしてくれないのだ。


「エルセさん、お茶三人分お願いします」

「はい、承りました」


 店内のテーブルに俺と水の大精霊が座り、一息つく。

 今日も疲れた。

 ずっと立ちっぱなしだからな。


「それにしても水の大精霊さん、ずっと空調を維持しているけど疲れてない?」


 こくこく、と頷く。

 疲れてないって事かな。

 でも悪いし、魔力あげようかな。


 両手を合わせて水の大精霊の頭を撫でるように魔力を溢れさせた。

 ずわわっと、魔力が吸い出されていき、残り二割くらいになったところで止めた。

 ふー、こんだけ上げれば十分かな?


 彼女、水の大精霊は腕を口元に当ててジタバタしている。喜んでいるのだろう。

 その姿を見て可愛いなー、と和んでいるとちょうどエルセがお茶を煎れて戻ってきた。


「お待たせしました」

「ありがとうございます」


 早速お茶を飲む。

 うん、美味い。

 水の大精霊も美味しそうに飲んでいる。


「ふふっ」


 エルセは何故かお茶を飲んでいる俺と水の大精霊を見て和んでいるようだ。

 ま、煎れたお茶を美味しそうに飲んでいるのだ、作り手としては嬉しかろうて。


「それにしても……まさか私が精霊様にお茶を煎れるようになるなんて、思ってもいませんでした」

「え? だって水の精霊さんだってお茶飲みたいよね?」


――こくこく。


「ほら、全員お疲れ様なんですから、平等にお茶飲みましょう。同じ釜の飯を食べると仲間意識が強くなるらしいですよ」

「そんなお話ありましたか?」


 あるよ、前の世界での諺だけどね。

 でもなんでみんな精霊を区別するのかね。

 母親も事あるごとに、大精霊は気軽に召喚するな、って言ってくるけど、この子や他の大精霊を召喚しても特段気にしていないし、むしろもっと呼べ、みたいな事言われているのだ。

 精霊王だって、用がなくても話し相手ならするぞ、って言ってくれたし。

 そういや最近呼んでないな、精霊王。でもあれ呼ぶ時、めっちゃ魔力消費するんだよね。

 もっと少なくできないのかって言ったんだけど、なんだか難しい話をされた。

 まずこっちの界、物理界だっけ、に精霊を呼ぶために魔力で座標を指定しなきゃいけない。これは分かる。場所指定ないとどこへ行ったらいいんだよって迷子になるからな。

 次に座標指定したのち、呼ばれた精霊がそこへ自分の力の一部、分身体なのかな、それを送るんだけど、力の強い精霊になるほど送り込んだ分身体の力も大きくなるので、座標指定した時の魔力が小さいと、送った瞬間座標指定の魔力が霧散するらしい。

 だから力の強い大精霊や精霊王を召喚するには、たくさんの魔力が必要になる。

 そしてちゃんと座標指定の魔力が霧散せず分身体が到着し、場所を固定したら、ようやく自分の意識を移動させて召喚完成となるんだってさ。


 更に言えばこれは自分の一部を物理界に出現させるための魔力であり、本来ならこれとは別にお願い事を聞く分の魔力も貰うそうだ。

 うへぇ、ぼったくりだな。

 あ、でもこっちへ出現する為の魔力を交通費と思えば納得できるかな。つまり交通費と出張代は別であり、それぞれ貰うよって事だ。

 うん……それなら仕方無い、ある意味当然だ。

 俺は出張代って払った記憶はないし、精霊たちも特に出張代はいらないって言ってくれているからね。

 たまに魔力に余力があるときは、さっきのようにあげてるけどさ。


 ま、次の休みの日にでも精霊王呼ぶか。たまには構ってやらないと拗ねちゃうからな。


 しかし、母親は気軽に召喚するな、精霊側はもっと呼べよ、と言っている。

 これはこっち側と精霊側での意思疎通が上手く働いていないんじゃないかな。

 友達いない俺が言うのもなんだけど、いかんよそんな事では。まずは対話からだよ。

 

「そういえばエルセさん、新しいお菓子の施策はどうなりました?」

「レシピは考えましたので、明日の朝実際に作ってみて味を確認するつもりですよ」

「水の大精霊さんってお菓子は食べられなかったっけ?」


――ふるふる。


 あ、食べられるのか。

 でもこっちに来ているのって分身体だよな、本体は満腹にならないからちょっと可哀想。

 それでも味は共有できるか。


「じゃ、味見任せた!」


――こくこく。


「それと今日の売り上げですが、まずお客さんの人数が四十八人、全ての売り上げが写真代含めて五千百メルです」

「開店当初よりは落ちていますけど、だいたい安定して一日五千メルは行ってますね」

「はい、茶葉代を引いた純利益は三千五百メルくらいです。ほんと水の大精霊さんには感謝ですっ! もちろん光の小精霊も、非常に助かってるよ!」


 本来なら食器を洗ったりお茶を煎れたりする水代がかかるのだが、全て水の大精霊が水を作ってくれている。

 更に店内の空調や護衛まで引き受けてくれて、もう足を向けて寝られない。

 ちなみに照明は俺が契約している光の小精霊が担当している。

 精霊様々である。

 一日の純利益が三千五百メルなら、月に十万メルの儲けだ。月に一冊売れるか売れないかの本を売るより儲かっている。

 この中からエルセの給料三万メルを引いても七万メルの儲けだ。本来なら新しい娯楽小説やら魔術書にも金がかかるが、そっちは国持ちだからね。

 

 客層といえば、ちょっとだけだがファミリー層が来始めた。

 例の出張サービスを少し前から始めたけど、その効果が出始めたようだ。

 やったね!

 ちなみに母親が休みの時に行って貰ってる。


 だがファミリー層が来るようになったけど、肝心の児童書が今のところ五冊しかないのが痛い。

 一冊が短いからすぐ読み終わっちゃうので、継続して来て貰うにはもっと増やさないといけない。

 児童書をかけるような人に頼むのもありだな。俺一人じゃ限界がある。

 もしくはせっかく売り上げがあるんだから、他国の児童書でも買ってみようか?

 こっちはあとで両親に頼めば伝手を探してくれるだろう。


「お茶ごちそうさまでした」

「いえいえ、お粗末様でした」

「エルセさんは片付けたあとお部屋に戻って下さい。私は戸締まりしますので」

「はい、畏まりました」


 エルセの部屋は三階に用意している。なんと住み込みなのだ。

 そして三階の各自の研究室で寝ていた両親は二階へと引っ越し、俺の隣の部屋で寝ていたりする。

 隣に両親が移ってくるのは良いんだけど、夜中にたまーにあの声が漏れてくるんだよな。全く、俺だから良いものの本当に思春期の娘だったらどうするんだろうね。

 しっかりと防音の魔術を展開維持してください。

 それと父親よ、もう三十八だというのに頑張ってますな……弟か妹生まれたらどう接しようかな。


♪ ♪ ♪


「来ちゃった」

「ふぁっ!?」


 その夜、夕飯を食べたあと自室に戻って児童書を頑張って書いていたら、突然魔力がずわっと引かれて精霊王が出現した。

 び、びっくりした……。


「っていうか、何勝手に俺の魔力使って出現してるんだよっ!?」

「はははっ、召喚主の魔力を勝手に使って登場!」

「笑い事じゃねぇよ! っていうか、魔力殆どすっからかんになっちゃったじゃねーか。ほら、防音の魔術の維持がそろそろ解けるぞ」

「おう、任せとけ。代わりにやっといてやるよ」

「いやお前のせいだからな」


 精霊王。名はパラウスと言い、初めて出会った時は威厳たっぷりのおっさんだった。

 なお見た目はどこからどう見ても、黒髪黒目の日本人のおっさん。ちょっと腹が出ているところも似ている。なぜこんな姿を取っているのかは謎だ。

 でも(前の世界の)俺と同世代に見えたからか、気軽に声をかけるようになり、いつしかこんな友達のような感覚で話しをするようになったのだ。


「っていうか、突然何しにきたんだよ」

「最近全然呼んでくれないじゃん? そのくせ水や氷の奴はしょちゅう呼びやがるだろ。だからここは一つ王としての威厳を保つためにきたんだよ」

「だってさ、水や氷の大精霊ってすごく良い子だし、能力もこの暑い街では重宝するんだよ」

「あ? ならこの辺一帯、エルフが住むのに良い具合の気候になるようしてやろうか?」

「やめて、それやると多分生態系が崩れるから」


 暑い地方で過ごしている植物はその気候に合わせているのだ。突然気候が変わったら絶滅する可能性がある。

 今まで採れていた植物が気温が変わったせいで育たなくなり、結果それを食ってた草食動物が飢えて死に、更にそれを襲ってた肉食動物も死ぬ。食物連鎖だ。

 これが崩れたら街にとってもよろしくないので、そんな事はしたくない。


「ほー、そんな事があるのか。へぇ……知らなかったよ」

「普段こっちで暮らしてないんだから、知らなくても仕方ないよ。ああ、そういや一つ聞きたいことがあった」

「ん? なんだ?」

「精霊ってさ、物を食っても平気か?」


 俺がそう問いかけると、精霊王は口をあけて一瞬惚けたような顔を取った。

 あれ? そんなにおかしい質問だったか?


「……は? いやこっちにいるのは分身体だし、元は魔力で作られているから食ったところで影響はないぞ?」

「いやさっきさ、水の大精霊に明日お菓子を食べさせる事にしたんだけど、ちょっと心配だったんだよ。そうそう、物を食ったら味は分かるか?」

「俺らって魔力を吸収して存在しているんだぞ。その食い物を魔力に分解すれば吸収できるが、普通は食い物に魔力なんて入ってないから、分解もされないな」

「つまり、魔力を含ませた食べ物なら味が分かると」

「それなら普通に魔力をくれよ。分解する手間がなくなる」

「ごもっともだが、それじゃ風情がない。単に魔力をほいほいあげたところで、味気ないだろ。美味しそうな食べ物を口に入れる幸せも必要だ」


 前の世界でも入院したとき点滴を打たれたけど、あれは必要な栄養をを血に入れているため、食わずとも生きていける。

 でもそれで生きていくのは味気ないだろ。

 美味しいものを食べる幸せってのは必要なのだ。


「変わってるなお前。だから楽しいんだけどさ」

「そんなに変わってるかなぁ……。おっとそうだ。お前って瞬間移動って出来る?」

「……なんだそれは?」

「遠くの場所に一瞬で移動するような魔術っぽいなにか」

「空間転移か? そりゃ出来るけど……」

「ほんとに!? じゃあさ、俺を他の国へ転移してくれないか? うちの店の蔵書数を増やすのに他国の本を買いたいんだよ」

「場所指定してもらわんと跳べないぞ。適当でいいならやるけど、どこへいくかは分からんな」

「それダメやん」


 いしのなかにいる! なんて事になったら大変だ。

 場所指定ってようはアレだろ、召喚するときと同じように座標指定するやつ。


「一度行ってマーキングすれば、その場所って覚えられる?」

「ああ、出来るぞ。今回ここへ来たのはお前にマーキングしていたからだよ、人じゃなく位置にマーキングすれば可能だ」

「……こいついつの間に」


 うーん、となると一度は自分で行く必要があるのか。

 移動が面倒だ、でも風の大精霊にお願いすれば空飛んでいけるかな。

 いやむしろ、こいつに運ばせればいいか。それで位置を覚えて貰えば、次回以降は金が貯まり次第本が買える。

 これで捗る!


「よし、じゃあ他国の金を換金して準備が整ったら呼ぶよ」

「おうよ、任せとけ」

「そうだな、あとはせっかく来たんだし、ちょっとこれ食ってみな、今日余ったクッキーだ。俺の夜食にしようと思ってたけど分けてやるよ」

「お、おう……人の食い物なんて初めて口に入れたな」


 机の引き出しの中から板に乗せていたクッキーを二枚取りだした。

 そのうちの一枚を精霊王に手渡すと、そいつはおそるおそる口へクッキーをまるごと放り込む。

 おいこら、一口で食うなよ。

 こっちだと甘味は高いんだ、少しずつリスが食うように味わえ。


 でも初めて口に入れたといいつつ、ぼりぼりかみ砕いている。

 いや多分分解しているんだろう。


「どうだ、美味いか?」

「さっぱりわからん。口に入ってきたものを、単に分解しただけだなこれ」

「やっぱり魔力がないと味も分からないか。こっちはまた今度材料に魔力を含ませられるようにやってみるよ」

「期待しないで待ってるよ」


 その後も暫く精霊王と話しをしていたら、いつの間にか深夜になっていた。

 やべぇ、児童書全く進んでない。

 でも他国へ気軽に行けるようになれば、これも片付くだろう。金も国に頼めば融通してくれるだろうし。

 少しずつ本屋兼喫茶店が軌道に乗ってきた気がする。よし、頑張るか。




 なお、翌日寝坊したことは言うまでも無い。

 っていうか、あいつ明け方までいやがった。さっさと帰れよ。





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