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「いらっしゃいませー」

「クレディスティー」

「かしこまりました!」


 本屋併設の喫茶店の件、国に話が通ってからは早かった。

 店のリニューアルは一日かからず完成。倉庫スペースとの境の壁を壊して、カウンターを移動させるだけなんだが、それでも一日かからずってのはさすがドワーフ。

 そこから喫茶店に必要な道具の搬入、茶葉の仕入れ先確保やら新しい本の追加、娯楽小説や児童書の製作、全て国が行ったためか仕事が早かった。

 個人でやってたら年単位かかりそうだけど、さすが国家主導は違う。

 っていうかスケール大きすぎ。


 そして話が通ってから翌月にはリニューアルオープンしました。

 なぜかゴスロリ服でウェイトレスやってますが……。

 母親曰く、その格好で噂になったんだから同じ服装じゃないと宣伝にならないでしょ、だそうだ。悔しいけど納得。

 しかも新しいゴスロリの服が十着くらい届けられる始末だし、更にはこの店の運営は全て任されていたりする。いわゆる丸投げかな?


 もうやめて! 表情は笑顔だが、心の中は嵐よ!


 何が楽しくて元おっさんがこんな格好でウェイトレスやらなきゃいけないんだよ。


「お嬢ちゃん、ベスガットティーとシロップクッキーくれ」

「かしこまりましたっ!」


 ……それに、やけに売り上げ良くないか?


 喫茶店の値段は他に比べて若干割高になっている。二割増しくらいかな?

 これは本を読む代金も含んでいるからだ。

 だから余程本好きじゃないと来ないだろうな、と予想してたけど、予想を裏切る大盛況だった。

 店内には四人掛けのテーブル三つと五つのカウンター席があるけど、空いているのはカウンターの一席だけ、ほぼ満席だ。

 オープンしてまだ五日目という理由もあるだろうけど、それでもちょっと入りすぎじゃない?

 しかも本を借りてる人、一人しかいないんだけどさ。本読まないんだったら、わざわざ割高なここに来る意味あるのか?

 きちんと外には本のタイトル一覧と喫茶店のメニューを書いた立て看板があるので、店内に入らなくとも分かるはずなのだ。

 おっかしいなぁ……。


 とか言いつつ俺にはその理由がわかる。

 だって客は男しかいないんだから。そして客の視線は一人を除き全て俺に集中しているのだ。

 つまり、前の世界で言うコスプレ喫茶だと客は思っているのだ。


 なんてこったい。


 世界が違っても男の考えることなんざ一緒って訳か。

 そらコスプレした可愛い女の子を目当てに行くんだから、多少値段が高かろうが行くよな。悲しいけど俺にも理解できる。

 でもな、ここのメインは本だぞ? 喫茶店じゃないぞ?

 あと、客層はさすがにドワーフが少なく、その分人族が多い。ドワーフとエルフって仲良しじゃないからかな。


「こっちミーパルティーおかわりください!」

「はいっ! かしこまりましたっ!!」


 ふぅ……どうしようか。

 カウンターの奥にいるマスターに注文内容を伝える。


「ロヴィーナさん、こちらベスガットティーとシロップクッキーです。追加はミーパルティーね、承りました」

「お願いします、エルセさん」


 マスター……エルセは四十才くらいの人間の女性で、元々はどこかの国の貴族に仕えていた女中だったらしい。

 仕事はお茶会時の給仕がメインで、更に趣味でお菓子作りもしてて、仕えてた貴族に作ったお菓子を出したりしてたんだってさ。

 初めて彼女と会った時、彼女が煎れたお茶を飲んだけどすっげー美味かった。

 これがプロかと感心したもんだ。


「ベスガットティーとシロップクッキー、お待たせ致しました」

「おー、ありがとう! このお茶ってすごく美味しいよな」

「マスターは昔、他国で貴族にお茶を煎れていた人ですから、すごく美味しいですよ」

「ほー、そりゃすげーや。これが貴族が飲んでいる味なのか-」


 実際は茶葉が違うから同じじゃないけどね。

 こっちで取り扱ってる茶葉は一般人向けであり、貴族向けの高級茶葉ではないのだ。

 貴族向けの茶葉にしたら、多分お値段十倍くらい高くなるよ?


「ところでさ、君、すっごく可愛いよね。写真撮ってもいいかな?」

「あー……三十メル頂ければ構いませんよ。私のお小遣いになるので」

「いいよ、三十メルなら安いもんだ」


 三十メルは本当に子供のお小遣いレベルの金額だ。非常に出しやすい価格設定になっている。

 そして立て看板には写真は別料金です、と書いてあったりする。

 実はオープン初日、めちゃくちゃ写真撮られたのだ。

 当初は写真禁止にしようかと思ったんだけど、隠し撮りとかされそうなので、いっそ逆に金払えば写真OKにしたほうが管理しやすいと思ってな。

 そんな事やってるからコスプレ喫茶だと思われる、だって?

 否定はしない。

 ちなみに四日間やって、撮られた回数は既に五十回を超えている。一回三十メルでも五十回になれば一千五百メルだ。

 写真代だけで俺の食費くらい軽く稼げてるんだよなこれ。

 もうちょっと値段上げるべきか、いやでも高くしてしまうと却って回数は減るだろうし。

 まてまて、いっその事一緒に写真を撮るサービスなんかどうだ? 値段は百メルにしてちょっとお高く設定して、プレミア感を出してやるとか。


 ……あれ? 俺は一体何を考えている?


「ロヴィーナ、ホルンデリックの魔力構築法ってあるか? ついでに酒だ」

「はいっ、ありますよ! 少々お待ち下さい。あとうちは酒屋じゃないのでお酒は取り扱っていません」


 変な考えが頭を過ぎっていたら、唯一本を借りて読んでいたドワーフの宮廷魔導師、グラッピスが呼びかけてきた。

 ホルンデリックタイプの魔力構築法か。となると、グラッピスはベルガモンド方式で魔力構築をやっているのだろう。

 違う構築法を読むとは勉強熱心だな。そうか、そうなんだよな、彼こそが想定通りの正式(?)な客だよな。


 カウンターの奥へ引っ込んで、注文のあった本を取ってグラッピスに渡した。


「おう、ありがとよ。しかし最初話を聞いたときは、なんだそりゃ、って思ったが実際にやってる所を見ると、やっすい金で魔術書が読めるとは便利だな」


 あ、そっか。彼も宮廷魔導師だ。当然の事ながら今回の話はかなり前から聞いていただろう。

 となると、今日は運営状況を客目線で調べに来たって感じか。 


「ただ蔵書数が少ないのは欠点だ。それよりそもそも当初の予定だった子供に本を読ませる、という所が全く出来ていないのは、どうにかする必要があるぞ」

「一応娯楽小説はもう少しすれば数冊入ってくる予定ですし、魔術書関連も許可待ちですけど、そのうち城の図書館から二十冊ほど貸与される予定ですね。子供は……まだ児童書が少ないですから……こちらはもう少ししたら出張サービスでも始めようかと思っています」


 確かに今は本の品揃えが悪い。

 一般向けだと娯楽小説は一切ないし、俺が頑張って書いた児童書が三冊あるだけだ。それ以外は全て魔術関連である。

 大人が一人で来たとしても、魔術書以外読む本が無いのだ。

 でもそれも時間の問題だろう。

 司書が頑張って娯楽小説を書いているし、児童書もまもなくもう一冊書き上がる。

 このペースなら一年後くらいには、それなりの蔵書数になると思う。


 あとは出張サービスだ。

 これは児童書を持って子供の集まっている場所へ行き、本を朗読してあげるのだ。

 そして話の途中で切り上げて、続きが気になったらお母さんと一緒にお店に来てね、と宣伝するのだ。

 うっわ、ひでぇな俺。

 ただ俺はウェイトレスで時間がないので、他の誰かに代理を頼む必要があるんだよな。


「一年は待ってくれるだろうが、それまでに何らか成果を出さないと、資金援助は打ち切りになる。ま、お前のところは宮廷魔導師が二人もいるし、金はどうにかなりそうだがな」

「無駄遣いはよくありません。せっかく国の援助があるんですから、打ち切りを何とか回避しますよ」


 そうだよ、俺は別にコスプレ喫茶をやるためじゃなく、多少でも本が売れればいいな、と思ったのがきっかけなんだ。

 どんどん変な方向へ行ってるけどな。

 ただコスプレ喫茶もなんとなく儲かりそうな気がする。お金は大切だからね、いくら国の援助があるとはいえ儲かるならやらないとな。

 打ち切り回避するには、子供連れのお客さんが増えて、本を読んでくれる客を増やす事だ。

 その対策として出張サービスを考えたんだけど……果たしてどうなるかな。


「それとだな」

「はい? どうかしましたか?」

「入り口に水の大精霊を立たせるのはちょっと問題があるんじゃねぇのか?」


 え? そうかな。

 水の大精霊は、店内の空調担当をして貰っていて、更に万が一の護衛も兼ねている。

 金を払わず勝手に外へ出て行った奴の対処もあるし、人を雇うより大精霊にお願いしたほうが俺の魔力が減るだけで実質的にタダだし実力的に過不足ない。

 それに店番、っていったらものすごくやりたがってたから、お任せしたんだけど。


 思うに大精霊は暇なんだと思う。

 あと人のやってる事に興味があって、それでやりたがっているとかね。

 世の中適材適所だよ、やりたがってるんだし、実力があるのならやらせればいいのだ。


♪ ♪ ♪


「ねぇ……貴女、店番って本当に良いの?」


 アリッツァが入り口に立ったままの水の大精霊に精霊語で問いかけると、こくこくと頷いた。

 精霊たちは普段精霊界に住んでおり、呼びかけに応じて自分の分身を作り、それを送り出している。

 そのため本体は同一であり、娘のロヴィーナが召喚した水の大精霊でもアリッツァの事は知っている。


 だから余計に戸惑うのだ、大精霊を店番に使う娘の考えに。


 彼女の知る大精霊たちは基本的にこの界に住んでいる人種を下に見ている。

 エルフが精霊を召喚できるのは、元々エルフという種族は精霊の血を継いでいるからだ。自分たちより下だが、同じ血を分けた種族という誼があるので、力を貸しているだけに過ぎない。

 そのために、召喚し、更に何らかのお願いをすると、とてつもない魔力量を要求される。

 だからこそ迂闊には召喚しないし、切り札的な存在なのだ。軽々しく使うようなものではない。


 だが娘のロヴィーナは前回は料理を運ぶのに、今回は店番と実に軽々しく使っている。

 本を買った人に、水の大精霊の祝福を与えたとも聞いている。


 おそらくだが、自分が娘と同じような事を頼んだとしても、一蹴されるだろう。

 なぜ精霊たちがロヴィーナだけに甘いのだろうか。

 そこが理解できないのだ。

 もういっその事、ロヴィーナは実は精霊だった、と言われたほうが納得出来るレベルである。


 ロヴィーナが精霊名を授かったのは五才の時だ。

 アリッツァが娘に精霊魔法を教える際、精霊がどのような存在なのかを見せるために水の大精霊を召喚した。

 しかしここで訳の分からない事件が発生した。

 驚くべき事に何の願いもしていないにも関わらず、自分が召喚した水の大精霊が娘を見て勝手に精霊王を呼んだのだ。

 そして出現する精霊王。

 呆然としていた娘と精霊王が対面し、その後娘は精霊名を授かった。

 何が何だか分からない。

 本来精霊名を授かるには里へ出向き、ハイエルフたち数人掛かりで精霊王に願い、そして更に精霊王が気に入れば名を授けられるのだ。

 それがこんなあっさり、しかも勝手に名を授かるなど前代未聞である。

 このときどうやら精霊王が娘に話しかけていたらしいのだが、生憎と外からでは一切会話内容は聞けなかった。娘に聞いても、話の内容は秘密って言われた、と拒否された。

 精霊王に秘密と言われたのなら、問いただす事はできない。

 訳の分からないまま、このときは幕を下ろした。


 その後、六才になった娘が突然大精霊を召喚するから見てて、と言ってきた。

 本来なら十才くらいになるまで小精霊を召喚させ、意思疎通の訓練を行う。そのため娘に大精霊召喚どころか中精霊の呪すら教えた事はない。

 だから単なる子供の戯れ言だと思って、召喚できるんだーすごいねー、と軽く返事をしたのだが……。

 だがなぜか娘は大精霊の呪を正しく発音し、光の大精霊の召喚にあっさりと成功した。

 唖然とし、次に驚愕し、最期に少しばかり娘に恐怖を感じた。

 更に召喚した光の大精霊に対し、肩たたきをして貰っていた。

 それを見て先ほど感じた恐怖が一気に霧散した。

 そんな事に使うな、大精霊は気軽に召喚していい存在ではない、と教え込んでからは召喚していないと思っていたが、先日契約している水の小精霊から、水の大精霊が召喚されたと教えて貰った。

 この街で大精霊を召喚できるものはアリッツァとロヴィーナの二人しかいない。

 問い詰めたところ、本を買った人に水の大精霊の祝福を与えたという。


 本来なら娘が精霊名を授かり大精霊の召喚に成功したのならば、里に報告しなければならない。

 だがアリッツァにはそれが出来なかった。

 自分が召喚した水の大精霊が勝手に精霊王を呼んで娘に精霊名を授けた、なんて事を報告できるはずがない。嘘だと叱られるだろう。

 六才で大精霊召喚に成功した時もだ。

 大精霊に肩叩きさせた、なんて事を報告する勇気は無かった。

 そんな事を報告すれば、まず間違いなく里のエルフたちが怒鳴り込んでくる。

 その後、自分が知っている事柄だけでも、赤の他人に祝福を与えた。風、水、火、氷と四体もの大精霊を同時に召喚して、料理を運ばせた。

 更には今も店番をさせている。

 おそらくアリッツァの知らないところで勝手に召喚して、実に下らない事をさせているに違いない。

 こんな事を報告なんて出来るはずがない。


 この街にいるもう一人のエルフには口止めしてもらっている。

 ハーフエルフなのに大精霊を召喚した、なんて事を里に報告すれば娘が不幸になる未来しか見えない、という理由だ。


 この事態をどうすれば良いのかがアリッツァには判断できない。

 ロヴィーナに店の運営を任せたのは、彼女が発案者であり賢いからという理由もあるが、最大の理由は運営することにより徐々に人との関わりを増やし、常識を学んで貰うためだったのだ。

 それがいきなり大精霊に店番を頼むなんて非常識な事をやっている。

 もうどうして良いのか全く分からない。

 そもそもアリッツァは今でこそ宮廷魔導師という大層な地位にいるが、元々は里で自分の限界を感じ、挫折し、出奔したのだ。


 規格外、とも言うべき自分の娘をどう扱って良いか全く分からないのだ。


「もう、誰か助けてよ……」


 がっくりと項垂れるアリッツァを、水の大精霊は面白がるようにじっとそれを見ていた。






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― 新着の感想 ―
[一言] 漫画喫茶ならぬ読書喫茶、かと思えばコスプレ喫茶とは。 そのうち営業時間が伸びて、酒を扱うようになって、最終的には風俗店に……は、さすがにならないでしょうけれど(笑)。 お母さん、というか、周…
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